▶4闘いと罰
コインの落ちる音がすると同時に小夜はナイフを投げる。避けきれずナイフが頬を掠める。
「っぶねぇな、ホントにゴム製かよ。」
そう語り掛けた方向に小夜はいない。どこだ、目を離す訳が無い、突如消えた。素早く周りを見渡す。後ろか!
「戦闘中におしゃべりとは随分と余裕なんだね、お兄さん」
先程投げたナイフを拾い上げた小夜と鍔迫り合いになる。
「そっちこそな!」
ナイフを持つ手に力を込め、一度小夜から距離をとる。
小夜は影の中に消える。
「影に隠れる、それがお前の持つ能力か。」
周りへの警戒を強める。
小夜が背後に現れナイフを振りかざして攻撃するのを地面を変形させて紙一重で防ぐ。
「まさか、これだけの訳が無いでしょ、こんなの一部だよ。」
小夜が再びナイフを投げる。慣れなのか何なのかナイフがさっきよりゆっくりに感じる。
また同じ手か、背後とナイフを警戒する。だが、小夜は消えない、それどころかこちらに突進してくる。
小夜はまだ飛んでいる最中の投げたナイフを掴み、回転して勢いをつけながら斬りかかってくる。
「な!?まじかよ。ナイフ掴むとかどんな速さしてんだよ!」
俺と小夜のナイフが交わろうかとする瞬間、小夜の左手から閃光が放たれる。
「っ!」
閃光で目がくらむ間も能力で手当たり次第に周りを攻撃するが、手応えは無い。そうしている間に喉にナイフが突きつけられる。少ししてようやく視力が戻る。
「私の勝ちで良いですね。」
「しかたない、ここまで叩きのめされたからな。」
俺が完全に息が上がっているのに対し、小夜は少し息切れしているだけだ。一撃先に入れるだけなら勝ち目があると思ったんだがな。
結果は勝ち目が無いどころか圧倒的な実力差をかんじさせられただけだった。
感傷に浸っていると小夜の言葉で現実に引き戻される。
「私の言うことをなんでもお願い聞いてくれるんだよね。」
「後出しのような気はするが、約束?だしな。俺に出来る範囲で頼みますよ。」
「そんな無茶苦茶言わないよ!んーとね〜、それじゃあ一緒に寝てくれない?」
「は?どうして?もっと他に無いの?」
「いや、自分で提案したけど、考えて無かったから。パッと思いついたのがこれだった。後、ベッドじゃないと眠れないんでしょ。」
「それは...そうだが、だったらベッドを譲ってくれればいいじゃないか。」
「それは嫌、それにそれでは罰ゲームにならないでしょう。」
「わかったよ」
俺たちは家に帰る。
俺は家に着いてから最後の抵抗を試みていた。
「なぁ、ホントにやるのか。」
「いざとなって逃げようとしないで。潔くしてね、」
「お前はもっと恥ずかしがれ!」
「恥ずかしがる心があれば言って無いよ。」
「だとしてもだ!」
小夜が理解したとでも言いたげな顔で言う。
「そっか!幼女趣味か~、なら納得。あ、襲わないでね」
「襲わねえよ!俺の守備範囲は同年代だ!」
「じゃあ大丈夫だよね?私みたいなガキには興味ないんでしょ?」
「ぐ.....、それはそうだが。」
「男ならつべこべ言わない!」
小夜の力強い手によって俺はベッドに引き込まれる。
「人の温もりを感じながら眠るのも案外良いものでしょう。」
小夜は微笑みを浮かべ、俺に抱きつきながら言う。
「さあな。それよりもこの状況を誰かに見られたらどうすんだよ。」
「ありのままを伝えれば?私達は愛し合ってるんだって。」
「そんなことを言えば、警察に突き出されて社会的に殺されるだろ、未成年を連れ込んだって。」
「お兄さんも未成年ですけどね 」
苦笑いしながら小夜が話す。
「それに私はお兄さん達より少し年上だからね。」
「だったらお前は中身は年増のババアってことだ。」
「言ってはならないことを言いやがりましたね、この野郎。」
小夜が僕の上に跨り首を締めてくる。
「死ぬ死ぬ死ぬ、悪かった、俺が悪かったから、だから殺さないでくれ。」
「殺すなんて生ぬるいことをする訳がないでしょう。やるなら徹底的に、じっくりといたぶってから生きていることを後悔させますよ。」
恐ろしい事を言っている上に力がドンドン強くなっていく。
「ストップ!‥マジで死ぬから!」
「あ、ゴメン...やり過ぎた。」
「いや、俺も悪かった...。」
これからは逆らわないようにしよう。
「疲れたし、もう寝てもいい?。」
「コッチのセリフだ!」
「それさ失礼しました、おやすみなさい」
そうして、俺はぐっすりと眠った.....とはならなかった。
小夜が原因だ。発展途上であるものの出る所は出ているのだ。そのくせ俺に抱きついて寝るもんだから背中にその柔らかい感触が伝わってくるのだ。後、あばらがガチで痛かった。何本か折れてるんじゃないか?
翌朝、早く起きた俺はそっとベッドから出る。立ち上がって小夜を見ると心地よさそうに眠っている。
「こうして見ると普通の可愛らしい子供なんだけどな。」
小夜のまぶたがピクリと動き、目が開く。
「もう朝か、ってまだ5時じゃないですか。」
小夜はまなこを擦りながらいう。
「朝飯の当番だから起きただけだ。まだ寝てていいぞ。」
「じゃあ、遠慮なく。」
小夜はもう一度眠る。僕は起こさないようにそっと部屋を出る。
俺は朝食を作るために台所に立つ。朝食と言っても俺のレパートリーはせいぜい10種程度しか作れない。
一人暮らしなら問題ないが、人と暮らしているのでもう少しレパートリーを増やしたい。今度姉さんにでも聞いてみるか。
そんなことを考えながら食事を盛り付けていると雪が欠伸をしながらリビングにやって来た。
「何か手伝うことある?」
「じゃあこれを机に持って行ってくれ。」
「りょーかい。」
「それにしても暇だよな。特にやることも無いし。」
「夏休みだから学校も行かなくていいからね。」
「外に行くにしても暑いし、結局家の中が一番なんだよな。」
「分かるわぁ~、でも颯太あなた今日から数学の補習でしょ。」
「え?」
「『え?』じゃないのよ、まさか忘れてたの。」
「もちろん!何時からか教えてくれ。」
「返事が良ければいいってもんじゃ……。まぁいいわ。確か8時からだったはず」
壁に掛かっている時計を見ると、時計は7時50分を示している。ヤバい遅刻しそう。
「あの、あとの準備任せてもいいですか?」
「仕方ないわね、早く行ってきて。」
「悪い、サンキュ。」
学校まで全力疾走する。サボっても良かったが留年へのカウントダウンが早まるのでやめた。
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廊下を駆け、教室のドアを勢いよく開ける。
「よし、ギリギリセーフだ!ってマジかよ。」
教壇には姉さんが立っている。
「マジですから早く座って下さい。」
教室中から笑いが起きる。
「では改めて、数学の先生は出張中なので代わりに私が補習を担当します。」
教師として教える姉さんを見るのは初めてだが、最初に思ったのが『キャラ違うな』だ。
教師として公私を混同しないことは評価するべき点だが普段から見ている者としては違和感が拭えない。
補習はつつがなく終わった。周りの反応を見るにかなり良かったようだ。途中で意識が飛んだ俺には分からないな。
どうして授業というものはこれ程眠気を誘うのだろうか、休み時間は元気に動けるのに。
帰ろうと準備しているといきなり背中をぶっ叩かれた。
「よぉ八神、久しぶり、元気してるか。」
「その元気はちょうど今失われたとこだよ。ミズアメ、もっと優しく声掛けろ」
このうるさい女は水谷亜美、通称『水飴』だ。ちなみに飴みたいな能力は持ってない。
「それで何か用があるのか。」
「よくわかったな、そうなんだよ。しばらく泊めてくれないか。」
「嫌だ」
「頼むよ〜、私の寮の人達、皆実家に帰っちゃったから寂しいんだよ〜。」
足にしがみついて懇願してくる。周りの視線が痛い。
「やめろ、普通にお前を泊めてやる部屋が無いんだよ!お前も実家に帰ればいいだろ。」
「両親は……いない」
空気が重くなる。こころなしかミズアメの顔が暗く見えた。
「わ...悪い、知らなかった」
あまりにも無神経だった。申し訳なく思っていると水飴は明るく言った。
「昔のことだし別に気にしてないよ。でもそっかー八神んとこも無理ならどうしようか?」
「聞かれても知らねぇよ。暇なら宿題代わりにやってくれ」
「旅にでも出ようかな?」
見事なまでに俺の言葉がスルーされる。それはともかくとして
「お前、金持ってんのか?」
「割とね、ちょっと投資に手を出してて、それでね。」
「それなら行ってくれば?」
「2学期までに帰るか分からないから間に合わなかったらどうにか話しといてくんない?」
「ま、考えとく。そろそろ帰るわ、じゃあな」
この時はミズアメの話すことを冗談半分に聞いていたのだが、翌日、本当に旅に出たと雪を通して聞いて驚くのであった。