記憶の糸をたぐり寄せ
どこからかミャリャウさんの声が聞こえた瞬間、時が止まる。
お部屋の中も外の雨もすべて静止した世界で、二つ返事の声が響く。
目の前に本が出現し、パラパラとページめくれ魔法陣のところで止まる。
「ミュリュリュリュリュ!ありがとうアニーちゃん。呼びかけに答えてくれて」
輝く魔法陣の中から出てきたミャリャウさんとミュリューさんと挨拶を交わす。
「やあアニーちゃん。久しぶり」
パンダのぬいぐるみを渡され抱きしめていると、ダグさんの朗らかな声がした。
「アニーちゃんがピューターさんに会えた理由が気になってね。聞きに来たよ」
「ゆゆ夢の中で会えたよ」
しゃがんで優しく話すダグさんに、ぼくはぬいぐるみを抱きしめて答える。
「夢の世界でおとねちゃんたちを助けたあとの霧の世界で出会ったんだね」
少し間を挟み、前後の話を聞いてきたミャリャウさんがまとめる。
「その前はなにかあるかい?こう……お父さんに会うためにした特別なこととか」
ミャリャウさんの肩越しから聞こえるダグさんの声で、少し前を思い出す。
「えーと……実はネズミさんのときにお父さんと暮らせたらってお願いしたよ」
「そうだね。あのときがあるから今がある」
おずおずと内緒にしていたことを話すぼくに、ダグさんは優しく言葉を返す。
「ほかにお父さんのことでなにかやったことはあるかい?」
「あとはえとえとえーと……流れ星にお願い――」
さらに記憶をさかのぼり、おとねちゃんとの会話ばかりを思い返す。
お兄ちゃんがぼくから出てきた日の前になると、記憶にノイズが走った。
お兄ちゃんの顔が思い浮かぶ。
迷路のときのことが徐々によみがえる。
(見ちゃったんだよね。お兄ちゃんの記憶)
今はもう消えたお兄ちゃんの記憶、それを見て魔法を使った。
そのときに垣間見た記憶が気になって、少しひも解く。
断片的な記憶の糸をたどっていくと、とある出来事を唐突に思い出す。
「お兄ちゃんがお薬飲んだよ。縁日の屋台で。お願いごとが叶う魔法の薬」
ぼくの言葉にダグさんの眉がピクリと動く。
「初耳だぞ、そんな薬」
「調べ――確認してきます」
ミュリューさんはミャリャウさんに肘でつつかれた。
調べてくると言おうとして言い直したのか、魔方陣を光らせ消える。
「オレは縁日の屋台について確認とってきますね」
ミャリャウさんも光の中に消えていく。
「お兄ちゃん怒られちゃう?」
「大丈夫、内内で済ませるよ」
「ないは言い換えるんだよ」
ぼくの言葉にダグさんは目をぱちくりさせると、笑みを浮かべた。
「さすがピューターさんの子だ。今のは身内で上手にやっていくって意味だよ」
身内の意味を聞こうとしたら、頭の重たさが増す。
雨の降る音が聞こえ、頭の中に霞がかかる。
水たまりの中に横になり、雨粒が落とす波がぼくを包んでいく。
「世界が滅んじゃう!」
雨の波間で霞が晴れると、くっきりとある言葉を思い出す。