花の魔法とお父さん
「すぐ終わるからね」
「待ってお父さん!あれはぼくの体にあったお兄ちゃんなの!」
靄に杖を向けるお父さんの足にしがみつき、説得する。
「そうなのかい?ならまず落ち着かせようか」
お父さんはぼくの頭に手を置く。その手に両手を重ねると、優しく動かした。
「ここに集まれ、キンセンカ」
ヒメキンセンカの花びらがお父さんの杖に集まり、剣を形作る。
お父さんがそれを靄に向け一閃すると、靄は落ち着きを取り戻す。
風に吹かれた花びらは、霧の中に消えていく。
「これでよしっと。ところでどうやってここに来たんだい?」
お父さんは持っていた小瓶に靄を入れ、ぼくに手渡すと聞いてきた。
「一緒に暮らす――だからか」
「お父さんはどうしてここに?」
抱きしめてくれたお父さんに何度もほおずりをして聞く。
「魔と戦って異世界に飛ばされたんだ」
「異世界?なんで?」
「世界を救ってくれってね。その世界を救ったらまた別の異世界でさ」
二つ目の世界を救ったらここに来た、とお父さんは言う。
「どうしよう……ぼくたち帰れるのかな?」
「アニーちゃんだけなら帰れるよ。たぶんきっとおそらくね」
なあにそれ、とぼくはお父さんの言い回しが気になって聞いてみた。
「たぶんきっとおそらくはたぶんきっとおそらくって意味だよ」
まるでなぞなぞを出された気がして、頭の中で?が踊る。
「日本語は奥ゆかしいから、たぶんきっとおそらくで伝わるよ」
お父さんはたぶんきっとおそらくで締めくくると、目の前の霧を見すえる。
「ケショウザクラよ、ここに咲け」
お父さんの魔法で杖にケショウザクラが集い、空間を切り裂くと散った。
舞い散る花びらの向こうには桜の花と桃の花が満開で、楽しげな音色を聞く。
祭囃子も聞こえてくると、お父さんがぼくに手紙を渡してきた。
「瓶とこれをお母さんに。それと『ない』の音は耳に残るから言い換えてね」
春の季節は出会いと別れ、霧も霞になるんだよ、と続く声が遠ざかる。
姿も徐々に霞んでいき、桜と桃と音の世界に吸い込まれていく。