第98話「洞窟の気配」
迷宮の神殿の先にある洞窟で遭遇した、新たな魔獣、半妖鬼。
そいつらを倒したはずが、首を切り落とした以外の奴らの傷が回復し、再生し始めている。
ナルルガ「焼き尽くすわよ。」
ナルルガが火炎陣の呪文を唱えた。
呪文を発動した一帯を焼き尽くす呪文だ。
確かに、呪文ならば、再生する前にこいつらを燃やしてしまえるだろう。
ただ、今までは、魔力の消耗が激しくて、余り使えなかったはずだが。
おや?
唱え終わったナルルガが、平気な顔をしている。
不審そうな視線に気付いたのか、
ナルルガ「こんな呪文の1つくらい、今は、何とも無いのよ。」
どうやら、魔力が強くなったナルルガには、負担にもならないようだ。
蠢いていた半妖鬼を焼き尽くした。
キオウ「あっ、お前、討伐の証をまた切り取ってないぞ。」
ナルルガ「仕方ないじゃん。もう。」
折角の強敵を討伐したのに台無しである。
仕方ないので、奴らが倒した大トカゲから証を取っておこう。
フォド「また、珍しい魔獣に遭遇しましたね。これが、結界が張られていた理由なんでしょうか?」
イルネ「そうかもしれないし、他にもまだいるのかもしれないわね。」
洞窟の先に行ってみよう。
洞窟は、かなりの広さを持っている上に、同じような広さで枝分かれしている。
これなら、少々大きな魔獣でも自由に行き来できそうだ。
次に遭遇したのは、マレイナの警告される前からその存在を感知できた。
巨大な足音に、床を擦る音。
そう、半妖鬼の餌になっていた巨大亀だ。
確か、岩殻大亀とかいう種類だ。
巨大な体故に魔獣扱いもされるが、こちらが攻撃しなければ襲って来る事は無い。
大きさは、5mを越える個体だ。
体高もあるので、水竜よりも大きい。
無理に戦う事はないので、脇に避けてやり過ごす。
だが、こんな大型の亀を半妖鬼は倒してしまうのだから、奴らは恐ろしい相手ではある。
洞窟の中をゆっくりと大亀が移動して行く。
キオウ「ここでは、あんなのが沢山うろうろしてるみたいだな。」
「ああ、大亀はいいが、大トカゲの類は厄介な相手だろうな。」
大亀の足音も、いつしか聞こえなくなった。
洞窟は、進んでも先が見えない。
「どうする? そろそろ戻るのがいいか?」
フォド「そうですね。体力に余裕のある内に戻りましょうか?」
キオウ「今日は、余り成果は無いけど、仕方ないか。誰かさんが燃やさなければな。」
ナルルガ「あの時は、仕方なかったじゃない。次は、ちゃんと首を落としてよ。」
キオウ「へいへい。」
今日は、この辺で戻る事とする。
洞窟を戻り始めてしばらくすると、頻りにマレイナが後ろを気にしている。
足を止めてはいないが、何度も振り替えっている。
「何か、あるのか?」
マレイナ「うん、妙なんだよね。何かが距離を置いて付いて来てるみたい。」
イルネ「付かず離れずという感じ?」
マレイナ「そうそう。そんな感じ。魔獣というよりも、人とか妖戦鬼に近いのかな?」
キオウ「じゃあ、妖戦鬼じゃないのか? 最近の事を考えると、余り戦いたくはない奴らだな。」
マレイナ「でも、敵対する妖戦鬼だったら、一気に距離を詰めて来ると思うよ。」
フォド「確かに、変な相手ですね? 敵対しているのか、そうではないのか?」
ナルルガ「こちらを監視してるつもりなのかしら?」
「ちょっと立ち止まって、様子を見るか?」
だが、こちらが足を止めると、向こうも止まったようだ。
マレイナ「距離は、そのまま保ったままだね。」
そして、歩き出すと、また後を付けて来る。
キオウ「何か、嫌な奴らだな。」
「こんな魔獣、他にはいないな。人じゃないんだよな?」
マレイナ「違うとも、そうとも言えないよ。気配は、人のそれに近いから。」
正体不明の相手の追跡は、いつの間にか止んだ。
それは、こちらが警戒を別の方向に向けた時から、再び奴らに注意を向けた間の事だった。
洞窟の枝分かれした場所に来た時だった。
マレイナ「横から、大きいのが来るよ。」
後ろを注意しつつ進んでいると、横合いから別の何かが接近して来た。
マレイナ「大きいのが1つ。動き早いよ。」
けたたましい足音が聞こえた。
大亀や半妖鬼ではない。
フォドが光の玉を打ち上げると、大きな影が見えた。
大トカゲだ。
大きさは、4m程。
水竜よりは、やや体が小さい。
だが、こちらは陸棲の為に、あいつよりも動きが素早いようだ。
慌ただしく、戦闘の準備をする。
今回は、まず全員の移動速度を上げてから防御力を上げる。
最後に武器にも魔法を掛けると、呪文をこいつにぶち込む。
動きが素早いが、全員が一斉に呪文を放てば、何発かは当たる。
こいつに効きそうな属性は、雷と氷辺りか?
と、奴が大きく口を開けた。
これは何か来ると感じ、口の正面を避ける。
奴の口いっぱいの大きさの火球が飛び出した。
これは、少々面倒な奴だ。
ただ、連射までは、できないようだ。
それに、火球を出す時には動きが止まる。
走りながらは、吐き出す事ができないのだろう。
走っては止まり、火球を吐き、また走る。
その動きが読めるようになる。
走る奴に呪文を放ち、止まったら、頭の動きを見て避ける。
やがて、奴の体は魔法でぼろぼろになり、その動きも鈍り始める。
そうなれば、剣で切り付けるだけだ。
息切れしたのか、火球も吐かなくなる。
こちらの攻撃の機会が増える。
火球の代わりに唾液をまき散らしていた奴に止めを刺す。
だが、その最後は大暴れだ。
そこに呪文の集中砲火で沈黙させ、止めに武器で切り裂く。
やがて、その動きは止まる。
フォド「これは、黒炎大トカゲですかね?」
確かに見てみると、体表が黒い。
イルネ「これでも、水竜くらいの強さはある奴よ。」
そうか、そんな相手だったか。
それ程に、強敵には感じなかったのは、自分達の成長か?
討伐の証に鱗を削り取る。
マレイナが周囲を気にしている。
「さっきの気配は、どうなった?」
マレイナ「う、うん。消えちゃったね。どこか、近寄って身を潜めてるのかと思ったけど、完全に気配が無くなっているよ。」
結局、何だったのだろうか?
冒険者ではないのは間違い無い。
だが、それ以外の相手ならば、妖戦鬼かと思うのだが、その確証は無いようだ。
まあ、それは次の機会にでも探れば良いか。
今は、街へ戻ろう。
洞窟を戻って行くが、帰り道は魔獣に遭遇しない。
大きい物が多い地域だが、その数は少ないのか?
結界を越え、回廊へと戻って行く。
神殿のある空間まで戻って来た。
階段を登り街へ向かおうとすると、境界の石柱の上に15cm程の石が乗せてある。
(あっ、これは合図か?)
少々疲れているが、神殿に向かう。
すると、神殿の下に数人の姿が見えた。
その中に懐かしい顔もあった。
懐かしいというか、別れて数日しか経ってはいないのだが。
石を置いたからには、何か用事があるのだろうか?
ネアンの他にも、2人の妖戦鬼がいた。
ネアン「皆さん、こんにちは。来て頂いたのがあなた達で嬉しいです。今日も奥の方に行っていたのですか?」
マレイナ「ネアン、元気にしてる? 今日も、迷宮の中を歩き回って疲れたよ。」
イルネ「今日は、半妖鬼に出会ったわ?」
ネアン「半妖鬼というと、上半身だけの奴でしょうか?」
マレイナ「そうそう、そいつ。傷が治っちゃうから面倒な奴だね。」
ネアン「あれは、私達にも厄介な連中です。見境なく襲って来ますから。」
ナルルガ「なら、あの結界は、あなた達が置いたの?」
ネアン「結界ですか? それは知りません。昔の地上の方々が置いた物かもしれません。」
「それで、今日は何かがあったのかい?」
ネアン「ええ、それは、私達とは別の部族の事を説明していなかったもので、その事についてお話ししておこうかと。」
妖戦鬼の中にも、幾つも部族があるらしい。
この神殿の周辺に棲む、ネアンの仲間らの部族は「灰の盃」という部族だという。
先日、和平が締結されたのは、この周辺の灰の盃だけで、他の妖戦鬼らとは、関係は以前のままだと言う。
イルネ「他には、どんな部族があるの?」
ネアン「それは、『黒の鼓』『影の大弓』『赤の鋭牙』などの種族がいます。皆、相応の交流はありますが、棲む場所が離れているので、それ程に交わりの無い所もあります。」
マレイナ「他の部族の人とも、地上の人は仲良くなれると思う?」
ネアン「それは難しいかと。灰の盃は、余り地上の方々との接触も少なかったからこそ、交渉ができたのかと。」
「それじゃあ、君の部族以外は、今までのように警戒した方が良いという事だね?」
ネアン「そうなりますので、ご用心を。」
ネアンらの話は終わった。
「ところで、今日、迷宮で半妖鬼が出没するような所で、人の気配に似たものを感じたのだけど、何か心当たりはあるかい?」
マレイナ「そう、人間か妖戦鬼か区別が付かなかったの。」
ネアンが仲間らと話し合っている。
何やら「半何とか」と何度も言っているようだが、意味を知らない単語だ。
ネアン「もしかしたら、それは半妖精かもしれません。」
マレイナ「半妖精? 何なの、それは?」
ネアン「迷宮においては、妖戦鬼と人間の混血です。
フォド「混血ですって?」
ネアン「はい、その多くは、ワイエン王国が滅びた後に増加したようです。」
「ワイエン王国が滅びた後に?」
ネアン「そうです。ワイエン王国の地上の人と、妖戦鬼の間に生まれた者達です。」