第97話「回廊の先」
迷宮の神殿近くに棲む、妖戦鬼らとの交渉は無事に終わった。
交渉も終わったので、ネアンは仲間の元へ戻した。
「それにしても、何で話し合いを続けるなんて提案したんだ、マレイナ?」
マレイナ「だって、これで終わりじゃ、寂しいもの。」
イルネ「確かに、彼らとの交渉する道を作ったのはいい事かと思うわ。」
ガラワン「そうだな。これで、連中からも、いろいろと情報を聞けるだろう。」
まずは、結果を伯爵に、そしてギルドにも伝えよう。
アグラム「そうか、無事に終わったか。皆の者、ご苦労であった。」
伯爵にも、今後の連絡手段を決めた事も伝えた。
アグラム「なるほど、今後も向こうと交渉が続けられるのだな。それは良かった。」
迷宮での、今までに無い情報源をこれで得た事となった。
アグラム「連中は、今後、ネアンをどう扱うのであろうな?」
その事は、気掛かりではある。
妖戦鬼との交渉もまとまったので、1つ問題が片付いた。
後は、また日常に戻るだけである。
再び、迷宮への挑戦を自分達は始めた。
どうせなら、妖戦鬼と和平がなったのだから、神殿から先の地域を探る事とした。
まだ、神殿のある空間から先の探索していない場所へと進む。
洞窟を進むと、また人工的な回廊へと到達し、そこから下方へと続く階段を見付けた。
キオウ「これは、また魔族が封印された場所とかに出るんじゃないのか?」
「さあ、どうだろうね。けど、ここもそれなりに、深い場所へと通じているみたいだな。」
マレイナ「こんなに長い階段、珍しいね。」
そう、他の場所の階段よりも、倍近くの段数がある。
それでも、やがて階段は尽き、また回廊が水平に続いている。
イルネ「また、深い所があったわね。」
フォド「この辺りでは、一番深い場所に来たようですね。用心しましょう。」
階段を降りた辺りから、独特の皮膚や感覚にピリ付く気配がする。
また、深層へと踏み入れたのだろう。
今のところ、何かがいる気配はしないのだが。
しばらく、真っすぐな回廊を進んで行くと、左側に扉がある。
石の扉だが、何故か唐突に回廊の途中に1つだけある。
マレイナ「何か、変な所に扉があるよ。」
イルネ「そうね。何か違和感のある扉ね。」
サイズ的には、人間らが使うような物だ。
調べても、罠も無く、鍵も掛けられてはいない。
金属製の取手を掴み、押してやると扉は開いた。
扉の先は、洞窟のようだ。
それも、幅がなかなかに広い。
キオウ「先が洞窟なのに、何で扉なんて作ったんだ?」
「何かの境のつもりで付けたのかな?」
洞窟の先をランタンで照らすが、奥が続いているように見えるだけだ。
キオウ「ここ、行ってみるか?」
ナルルガ「ちょっと待って、あれを見てよ。」
ナルルガが、地面の上にある石を指差した。
キオウ「あの石がどうかしたか?」
見ると、扉を中心に半円状に、幾つかの石が意味ありげに配置されている。
フォド「これは、ある種の結界ですね。」
「扉に結界がしてあるって事か?」
ナルルガ「いえ、これは多分、扉の中を守るように配置されているんだと思うわ。この洞窟側から何かが来ないように。」
フォド「拠点の結界に似てはいます。」
キオウ「迷宮内で、魔獣を避ける為にか? 魔獣が動き回るのは当たり前だろうに。」
ナルルガ「どうも、ある種の魔獣らを避ける為らしいわ。ここの回廊とか造った人が、ここに設置したと思うけど。」
「ある種の魔獣? 魔族とか?」
ナルルガ「どんな種類の魔獣かは解らないわ。ただ、結界の特性で何かに合わせてあるようなの。」
キオウ「何だ、どんな奴を避ける為なのか、そこまで解らないのかよ。」
ナルルガ「結界の種類もいろいろあるのよ。それに、ここを造った連中は、今の時代には忘れられた技術や知識が多いんだから。」
イルネ「でも、態々、選んで避けるのは、それだけ厄介な奴がいると考えるのが良いのでしょうね。」
そう思うと、ここを進んで良いのか、迷う。
ただ、どんな奴がいるのかは、気になる。
結局、この洞窟の先を見てみる事とする。
キオウ「何が出るのか、それだけでも確かめようぜ。態々、そいつらを避けるなんて、どんな奴なのか?」
広い洞窟をしばらく進んで行くが、何も反応は無い。
マレイナ「もしかして、昔の事だから、もういないんじゃないの?」
そうかもしれない。
そう思っていると、前方に何かが見えた。
近付いてみると、何かの骨だ。
少しばかり、他の組織も残ってはいるが、ほぼ白骨化している。
トカゲの類かと思うが、その全長は3m弱はある。
水竜程ではないが、それなりに大きい部類に入るだろう。
その他に、進んで行くと、似たような骨が幾つもある。
トカゲや、獣、亀や蛇など。
それのどれもが、メートル越えの大型の物だ。
中には5mもの亀の甲羅が転がっていた。
そのどれもが、死んでから、そんなに日にちも過ぎてはいないようだ。
キオウ「ここは、何か大きい奴が多いみたいだな。」
フォド「でも、そんな奴を捕食するような奴がいるのですね。」
マレイナ「大きな魔獣が、お互いに戦っているのかな?」
イルネ「そうかもしれないわ。でも、あんな大きな亀まで倒されてしまうのね。甲羅にまで傷があったわ。」
キオウ「ヤバイ所に、来ちまったのかな?」
ただ、巨大亀の甲羅は、牙や爪で傷付けたようには見えなかった。
まるで、何かで殴ったように、叩き割られていた。
もしかして、巨人の類が、棍棒などで叩きのめしたのだろうか?
そう言えば、他の骨にも、砕かれた部位があった。
骨になった奴は見たが、その他に動く気配は無い。
マレイナも、今のところは、何も感じないと言う。
そうして、数mは洞窟を進んでいただろうか?
何か、遠くで音がした。
足音ではなく、何か床を叩いたような印象を受けた。
マレイナの動きが止まったので、つられて全員の足も止まる。
マレイナが、難しい顔をしている。
マレイナ「何かがいる気配はするよ。でも、何だろう? まだこっちに気付いていないみたいだけど・・・。」
歯切れの悪い言い方をした。
マレイナ「あっ、大きな反応と、小さな反応が重なっているんだ、これは。」
何か、複数の物がいるようではある。
とりあえず、音がした方角へ近付いて行く。
近付くと、さっきよりも大きな音が聞こえた。
ああ、何かが堅い物を叩いているような音だ。
距離は、まだ100mは先だろうか?
マレイナ「さっきまでと、反応が変わったよ。大きな反応が消えて、小さな反応だけになった。小さいのは、幾つかいるよ。」
もしかして、今まで見て来た死骸の原因かもしれない。
大きな獲物を小さい奴らが倒したのではないか?
もう少し近付いてみよう。
ランタンの灯りも、何か前方に捉えた。
何か大きな体が、ちょっとした丘のように洞窟の床に横たわっているように見える。
距離が近付いたので、フォドが魔法で光の玉をその後方辺りに複数個放った。
暗い洞窟の一部が呪文で照らし出された。
前方に、大型のトカゲが横たわっている。
その大きさも4mは越えていそうだ。
そんな大型の魔獣を仕留めるような奴らは、どんな相手かと思うと、小さなのが幾つか動いている。
いや、横たわるトカゲが大きいので、小さく見えるのだ。
そいつらは、人間並の大きさはある。
そいつらが、トカゲの周りに何匹かいる。
(妙な姿だな。)
そいつらの形が、変わった物に見えた。
それも、そのはずである。
奴らは、人間の体で言えば、上半身しか無い。
まるで、腰の下からがすっぱり切り取ってしまったような。
でも、人間の半分くらいの大きさしか無い訳でもない。
下半身の無い巨人とでも言っても良いのだろう。
服などは着ていない。
そいつらが、直接に顔を大型トカゲの体に寄せ、その死体に噛み付いていた。
どうやら、この上半身しか無い奴らが、このトカゲを倒し、今は食事中のようだ。
こいつらは、見た事も無い奴らだ。
フォド「これは、多分、半妖鬼とか言う奴でしょう。腕で、移動も攻撃もして来ます。なかなかに大食漢な奴で、勿論、友好的な物ではありません。」
それは、そうだろう。
奴ら、食事を中止して、こちらを見ている。
その様子も、穏やかには見えない。
これは、戦闘を避けられはしないようだ。
各自にナルルガとフォドが呪文を急いで掛けて、防御力や攻撃力を強化する。
更に、移動速度も上げてくれた。
半妖鬼が、トカゲから離れて、こちらへと近付いて来る。
その大きな2本腕を足代わりに使いながら。
握った拳を器用に使い、ふらつく事も無く。
それが連中の普段からの移動手段なのだから、当たり前なのかもしれないが。
上半身しかないが、その身長は150cm近くあるようだ。
足代わりに使うからか、その拳は大きい。
武器を構え、その異形の魔獣を迎え撃つ。
その数は、5匹。
ただ、こちらも待つだけではない。
まずは、魔法で先制攻撃である。
ナルルガも、自分達も、呪文を放ち、半妖鬼を撃つ。
奴らの肌に呪文が突き刺さる。
叫び声を上げる半妖鬼。
呪文も効果があるようだが、奴らは速度を上げて近付いて来る。
あんな移動方法で、案外早い。
そして、近付くと、器用に片腕で体を支え、反対の腕を振り上げて来た。
多分、相当な怪力であろう。
これで、大型の亀の甲羅も叩き割ったに違いない。
その腕の攻撃を避けながら、剣で切り裂く。
手応えはある。
だが、その切り付けた傷が、急速に塞がっている。
先程の呪文の当たった跡も、既に消え始めている。
こいつら、傷の再生も早い。
深層の魔獣らは、こんな輩が多い。
こちらも、傷が治りきる前に次々とダメージを与え続けていかないと。
キオウ「また、傷が治るぞ。こいつも、クソ面倒な奴らだな。」
こいつらの攻撃手段と言えば、腕だけで、それを切断しようと試みる。
が、意外に素早く、狙いがつけられない。
また、切り刻まれるのもお構いなしに、こちらの攻撃を腕で受け止める。
そして、その傷がまた回復して行く。
と、イルネが一瞬止まって集中したと思うと、連続で切り付けて行く。
雷属性の連続技、雷火連操。
多段攻撃が、半妖鬼を切り裂いて行く。
奴の振り上げた手首を切り落とし、腕も切断した。
攻撃手段を失った奴の首にも連続で叩き込み、それを切断した。
流石は、イルネ。
自分も随分と腕を上げたつもりだが、イルネにはまだ敵わない。
そして、イルネは別の目標に向かう。
自分らも負けてはいられない。
自分も地属性の呪文で打撃力を上げた長剣で、半妖鬼を切り裂く。
腕の動きを避け、その体を切る。
腕を胸を肩を。
そして、深く飛び込んで、その喉を切る。
この攻撃は効いたようだ。
傷が治る前に、更なる致命傷を与える。
腕にダメージを与え、奴の攻撃を封じると、その胸に深く切り込む。
後ろに倒れた半妖鬼、そこへ、更に追い打ちを掛け、確実に止めを刺す。
ここまで、打撃を与えれば、再生はしないだろう。
仲間らも、それぞれの獲物を仕留め始めた。
キオウも止めをさし、マレイナとイルネも仕留めた。
キオウ「ふう、終わったな。結構、タフな相手だな。」
マレイナ「こいつらが、他の魔獣も倒しているみたいだね。」
もう一度、死んだ大トカゲを見た。
その頭が、多分、こいつらの拳で叩き潰されていた。
あの拳を受けずに倒せたのは、幸いだ。
ナルルガ「あれ、見て!」
急に、ナルルガが、声を上げた。
何かと思っていると、死んだと思った半妖鬼の胴体が動いている。
(こいつら、不死身なのか?)
傷が塞がりつつある。
その動きに、恐れを感じた。