第96話「妖戦鬼との対話」
妖戦鬼との交渉は、大詰めを迎えようとしていた。
妖戦鬼らは、ネアンの返還を求めている。
そして、こちらが求める双方の闘争の中止も実現しそうになって来た。
交渉の結果をアグラム伯爵へと伝えた。
アグラム「そうか、あちらも休戦には前向きなのだな。」
後は、ネアンをどのタイミングで返すかどうかだ。
アグラム「次の交渉で、彼女も連れて行け。結果次第で、その場で彼女を返しても構わない。」
ガラワン「向こうが、彼女を返しても、約束を守らない場合は、どうします?」
アグラム「そうなるならば、徹底的にやるまでの事さ。」
アグラム伯爵は、にやりと笑う。
アグラム「交渉できる相手なら、それをする。だが、それができない奴らと、話し合いなどは無用さ。」
その足で、ネアンの部屋へ行く。
マレイナ「ねえ、ネアン、次に私達が迷宮に行く時に、あなたも一緒にいかない?」
ネアンは、自分達の顔を見回した。
ネアン「良いのですか?」
「実は、君の仲間らと交渉をしていて、休戦が叶いそうなんだ。向こうは、君が帰って来る事を条件にしている。」
ネアン「そうでしたか。」
イルネ「あなたが、私達に言葉を教えてくれたから、話し合う事ができたのよ。」
ネアン「それが役に立ったならば、嬉しいです。」
マレイナ「ネアンの方が、言葉が上手くなったけどね。」
次回の交渉時に、ネアンも同行する事を彼女も了承してくれた。
ただ、再度の交渉は、数日先にする事とし、その間に自分達は、また迷宮に通っていた。
マレイナ「ねえ。もし、ネアン達の仲間と休戦できたとして、迷宮の他の場所で妖戦鬼に会った時はどうするの?」
確かに、今、交渉中なのは、あの神殿の付近だけなのだ。
フォド「迷宮も広いですから、もしも、他の妖戦鬼がいたとしても、それはネアンらと同族とは限らないでしょう。」
フォドの話では、妖精族が幾つも部族や種族があるように、妖戦鬼も同じように幾つも部族があるかもしれないと言う。
ならば、今まで、迷宮で戦ったのは、ネアンらとは別の部族の奴らだったのだろうか?
その辺りの事を、次に確かめておくと良いだろう。
迷宮内で出会った、数多くの妖戦鬼の全てとの交渉は難しく思えるのだが。
そして、交渉の日が来た。
ネアンには、支度を済ませると、ケルアンにも会いに行かせた。
ケルアン「おお、元気そうじゃな。そうか、仲間の元へ戻るのじゃな。ところで、儂とそなたが会ってから、どのくらいの年月が経っていたかな?」
ネアン「そうですね。かれこれ、15年にもなるかと。」
ケルアン「おお、そんな時間が過ぎていたか。この石の中では、時間の経過がどうも解り難くてな。そう言えば、そなたも成長していたのだな。さらば、友よ。」
ネアン「さようなら、ケルアン。また、会えるといいですね。」
ケルアンとネアンの別れが済んだ。
ネアン「では、皆さん、参りましょう。」
ネアンは、背中にバックパックを背負っている。
中には、地上での生活で使っていた衣服などが入っていた。
そのほとんどは、伯爵が彼女に与えた品である。
ネアンとガラワンと共に、自分達は迷宮の神殿を目指す。
今日で、この交渉が終わり、彼らと友好的な関係を築けるのだろうか?
通路を通り、シダの林に到達した。
ネアン「ああ、懐かしい場所です。でも、ここの明るさは、地上の陽の光に比べると、こんなにも弱々しかったのですね。ここが、昔は眩しくさえ思えていたのですが。」
マレイナ「やっぱり、太陽の光の方が良かった?」
ネアン「はい、ここの光には、温かさもありませんから。それに、ここの植物も元気が無いように思えます。」
イルネ「地上の事を知らない方が良かった?」
ネアン「いいえ、そんな事は。そんな世界がある事を、自分で確かめられたのは良かったですよ。」
神殿の下に達した時、妖戦鬼らも姿を現した。
さて、交渉の開始だ。
マレイナ「ハナシ、スル、イイカ。」
「ハナシ、シヨウ。」
イルネ「ネアン、ツレテ、キタ。」
ネアンも今回は、前に出て交渉に参加している。
「ネアン、モドル。」
マレイナ「ソレ、ハナシ、オワッタラ。」
ネアン「チカ、チジョウ、ナカヨク、デキル。」
「デキルカ? ホントニ?」
イルネ「ソレ、キョウ、ヤクソク、スル。」
「オマエラ、タタカイ、ノゾマナイ?」
マレイナ「タタカイ、ワタシラ、ノゾマナイ。」
「ホント、ノゾマナイカ?」
イルネ「ノゾマナイ。アナタタチ、ドウ?」
「ワレラモ、ノゾマナイ、オナジ。」
マレイナ「ナラ、タタカイ、ヤメル、ヤクソク。」
イルネ「タタカイ、ナイ、バショ、キメル。」
「タタカイ、ナイ、バショ、イシ、オク、キメル。」
マレイナ「イシ、バショ、キメヨウ。」
休戦する場所を決める石の置き場の交渉に移った。
石を置く場所は、2ヶ所。
これは、前回にガラワンの指示で決めた事である。
「イシ、オマエタチ、コナイ、バショ、キメテ、オク。」
イルネ「イシ、ハイキョ、オク? ドウ?」
「ソコ、ワレラ、ナワバリ、チカイ、ダメ。」
マレイナ「イシ、ハイキョ、ムカウ、ツウロ、オク。」
妖戦鬼らが小声で相談している。
「ヨシ、イシ、ツウロ、イリグチ、オク、キメル。」
妖戦鬼らは、地上の者が近付ける限界を、この神殿のある空間から奥の廃墟まで続いている通路の入口までとし、そこへ交渉の証である石を設置する事を了承してくれた。
次は、妖戦鬼らが、こちらへ近付く境界を決める。
妖戦鬼らが地上に近付く限界、当然、地上からできるだけ離れた場所に抑えたい。
だが、少なくとも、ここの神殿を含んだ場所になる。
ここから、迷宮のどの辺りに置くべきなのだろうか?
マレイナ「チカ、アナタタチ、シンデンマデ、ナワバリ、イイカ?」
「ソレ、セマイ、モット、オク、イク。」
イルネ「ナラ、イシ、コノ、シンデン、アル、ツウロ、カイダン、ウエ、オク。」
イルネは、ここの空間の地上に向かう通路へ向かう階段の上を妖戦鬼らが近付く境界と提案した。
よし、その辺りならいいだろう。
また、妖戦鬼らが囁き合っている。
「ワカッタ、カイダン、ウエ、ワレラ、ナワバリ、サカイ。」
妖戦鬼らも納得してくれたようだ。
それから、境界となる石の設置が始まった。
石と言っても、高さは1m、幅は30cm程ある。
石畳を削り、その内の50cm程は埋めた。
こんなに重い石を運ぶのは、魔法の力である。
地上の我々の境界は、神殿から廃墟に向かう通路の入口に。
妖戦鬼らの境界は、この空間から地上に向かう通路へと続く階段の上に設置した。
互いに、その先には進まない。
そして、この神殿とシダ林は、互いに自由に行き来できる空間とした。
交渉は終わった。
ネアンの役目もここまでであろう。
ガラワンが、小声で言った。
ガラワン(これで、彼女を返しても良いだろう。)
ガラワンは、マレイナの肩に手を置いた。
ガラワン「お前が伝えてやれ」
マレイナ「ありがとう、ガラワン。ねえ、ネアン。」
ネアン「本当に、私は仲間の元に帰ってもいいの?」
マレイナ「そうだよ。今まで、寂しい思いさせて、ごめんね。」
ネアン「そんな事ありません。皆さん、優しい人ばかりで、楽しかったですよ。」
イルネ「ネアン、元気でね。」
ネアン「皆さんも、お元気で。」
マレイナが、妖戦鬼らに、話し掛ける。
マレイナ「ネアン、カエス。」
「ホント、カエスカ?」
イルネ「ネアン、カエス、ホント。」
そして、ネアンが妖戦鬼らの元へと向かった。
彼らもネアンに親しげに話し掛けている。
(ああ、その姿は、自分達と同じだな。)
マレイナ「ワタシ、アナタタチ、ハナシ、ツヅケタイ。」
交渉は終わったはずだが、マレイナが急に話し始めた。
「ハナシ、ツヅケル、ノゾムカ?」
マレイナ「ハナシ、ノゾム、シルシ、キメタイ。」
「ドウスル、ハナス、シルシ?」
マレイナ「タガイ、イシノ、ウエ、シルシ、オク、ソレ、ハナス、シルシ。」
「ワカッタ、シルシノ、イシ、ツクル。ソノイシ、ナワバリ、イシ、チカク、オク。」
マレイナ「ソノ、イシ、ナワバリ、イシノ、ウエ、オク、ハナシシタイ、アイズ。」
マレイナは、境界の石の上に、双方が話し合いを望む時に別の小さな石を置く事を提案した。
「ソレ、イイ、イシ、ウエ、ハナシ、ノゾム。タガイ、ナワバリ、イシノ、ウエ。」
地上側が対話を望む時には、地上側の境界の通路の入口の石に合図を置く。
そして、妖戦鬼らが望む時は、階段の上のの彼らの境界の石に合図を置く事となった。
今度こそ、交渉は終わりか?
双方、その場を離れた。
マレイナらも、ネアンも手を振り合っている。
自分も、最後にネアンに手を振った。