第95話「交渉開始」
妖戦鬼と、交渉を正式に始める事になった。
向こうは、ネアンの返還を求めているようだが、他に要望は無いのだろうか?
こちら側としては、相手と無暗な戦いになる事を望まないだけだ。
迷宮内の通行が脅かされないのであれば、相手を攻める必要も無いのだ。
交渉時の手土産には何が良いのか、ネアンに相談してみた。
前回は、貴金属などを渡したのだが、他に妖戦鬼らが喜ぶ物があるのだろうか?
ネアン「そうですね、塩や香辛料などは喜ばれるかもしれませんね。食料ですと、警戒するかもしれませんし。」
彼女の言葉に従い、塩や香辛料を買い求めて、迷宮へと向かった。
迷宮内のシダ林は、特に変わりはなかった。
今日も、天井の謎の光は、地下であるのに曇天程の明るさで辺りを照らしている。
いきなり、神殿に真っすぐに向かうようにはせずに、少し円を描くように神殿へとシダの間を進む。
マレイナも、向こうの動きを探知している。
向こうが近付いて来ると、こちらは動きを止める。
前回のように、自分とマレイナ、イルネが前に立ち、顔を隠したフォドらは、少しばかり後ろで佇む。
シダを掻き分けて、幾人かの妖戦鬼が顔を出して来た。
距離は、10m程先だ。
マレイナ「コンニチハ、マタ、キタ、ハナシシタイ。」
妖戦鬼らは、こちらの様子を伺っているらしい。
イルネ「コレ、ツカウ、シオ、コウリョウ。」
イルネが、塩などが入った容器をゆっくりと地面に置いた。
妖戦鬼が、顔を見合わせている。
「ナニシニ、キタ、オマエタチ?」
マレイナ「ハナシ、シタイダケ。」
「ナニ、ハナシ、スル?」
イルネ「ワタシタチ、タタカイ、サケタイ。」
「タタカイ、オマエタチ、ハジメタ。」
マレイナ「ソレデモ、タタカイ、サケタイ。」
幾人かの妖戦鬼が、シダの後ろに顔を引っ込めた。
その後ろで、何やら小声で話し合っている。
他の妖戦鬼は、こちらへの警戒を続けている。
時間の経過が長く感じられる。
隠れていた妖戦鬼らが、再び顔を出す。
「オマエラ、ネアン、カエスカ?」
イルネ「ネアン、カエスナラ、タタカイ、サケルカ?」
また、妖戦鬼らが隠れて話し合っている。
今回は、随分と長い。
ようやく妖戦鬼らが、顔を出した。
「ハナシ、ナカマト、スル、マタ、オマエラト、ハナシスル。」
マレイナ「アリガト、マタ、ハナシ、シタイ。」
シダの林に、妖戦鬼らが消えて行った。
「上手く行くのかな?」
イルネ「さあ、まだ解らないわ。でも、話を向こうも、次にはまとめて来るでしょう。」
マレイナ「きっと、上手く行くよ。」
「そうなると、いいよな。」
今日のところは、このまま街へと引き上げよう。
伯爵へ、今回の事を報告した。
アグラム「・・・、そうか、向こうも検討中と言う訳らしいな。では、こちらも、そろそろ本腰を入れよう。」
呼び出されたのは、ガラワンだった。
アグラム「次からは、ガラワンを連れて行け。彼が、交渉のまとめ役になる。」
ガラワン「えっ? 自分がですか? サダ達に任せて来たんですから、最後までやらせましょうよ。」
アグラム「サダやキオウでは、まだ荷が重い。最後は、貴殿が面倒を見てやれ。」
ガラワン「了解しました。という訳だ、お前ら、よろしくな。俺は、連中の言葉も解らないから、頼んだぜ。」
イルネ「よろしくお願いします。ガラワン殿。」
ガラワン「お前も、こういう時だけ殿を付けるな。」
直ぐに交渉を求めるのでがなく、数日の間を置いた。
それまでは、迷宮の他の場所を歩き回る。
しばらく、手強い魔獣と戦ってはいないので、少々手応えのある連中を探す。
大角鬼や鰐人と幾度か戦い、相応の討伐報酬も受取る。
今は、妖戦鬼らとは戦いたくはないので、彼らが出没しそうな場所は避けるようにした。
前の接触から5日が経過した。
そろそろ、交渉に出掛けようか。
ガラワンとも何度か行動を共にしていたが、迷宮に彼と共に向かうのは初めてである。
交渉に大人数を連れて行く訳にもいかないので、今回は自分達、西方の炎風にガラワン1人を加えただけである。
ガラワン「迷宮に入るのは、久し振りだよ。もう5年は来てないな?」
キオウ「前は、ここで活動を?」
ガラワン「ああ。まだ冒険者をしていた頃だな。深層の入口までは、潜ったもんさ。」
「その頃の迷宮は、そうでした?」
ガラワン「そうだな。そんなに今とは変わらんと思うぞ。ただ、その頃に冒険者をやっていた半数は、今はこの街にはいないだろう。」
キオウ「そんなに、変わってます?」
ガラワン「そうだな。引退したのか、他に移ったのか。顔を見なくなった奴が多いぞ。まあ、それが冒険者って奴らだな。」
話ながら進んで行くと、神殿のある空洞に来た。
ガラワン「本当に、ここは明るいんだな。あの光っているのは、魂とかじゃないよな?」
マレイナ「魂? あんなに光るものなの?」
ガラワン「いや、俺には解らんよ。ただ、誰の物なのか知らんが、夜空に魂みたいな物が登って行くのは何度も見たもんだ。あの光に似ている気もするんだよ。」
「魂が夜空に?」
ガラワン「そうさ。戦場では、何度も見たもんさ。戦が終った後の戦場でな。」
神殿の方角に少しばかり近付くと、妖戦鬼らがやって来た。
今回は、ガラワンと、自分、マレイナ、イルネで交渉役を務める。
ガラワンは、言葉が解らないので、ただ立っているだけなのだが。
マレイナ「コンニチハ、ハナシ、キタ。」
「ハナシ、スルカ。」
イルネ「ワタシタチ、タタカイ、ヤメタイ。」
「ホント、ヤメルカ?」
マレイナ「ココ、シンデン、タタカイシナイ、トコロシタイ。」
「ココ、タタカワナイ、ワレモ、ノゾム。ダカラ、ネアン、カエス。」
イルネ「ネアン、カエス、イイ。デモ、ヤクソク、ドウスル?」
「ヤクソク、イシデ、キメル。」
マレイナ「イシ、ドウスル?」
「ヤクソクノ、イシ、サカイ、オク。」
イルネ「チジョウ、チカ、ソノサカイ?」
「ソウ、チカ、チジョウ、ソノアイダ、サカイオク、イシ。」
ガラワン(おい、どうなってるんだ?)
小声でガラワンが聞いてきた。
(休戦の証にネアンを返すように言ってます。それから、休戦の印の石を境界に置こうと。)
ガラワン(そうか、解った。)
マレイナ「イシ、ドンナ、イシ?」
「ワレラ、サカイ、シメス、オオキ、イシ。」
イルネ「オオキ、イシ、ドコ?」
「オオキ、イシ、ワレラ、アル。」
また、ガラワンに説明する。
(境界の石は、向こうが用意するそうです。)
ガラワン(そうか、なら2つ用意しろと伝えろ。)
(2つですか?)
ガラワン(ああ、ここの神殿の周囲は、共用の場所にしたい。向こうが行ける限界と、こちらの行ける限界の印に2つ用意させろ。)
(なるほど、了解です。)
マレイナ「オオキ、イシ、2ツ、イル。」
「2ツカ?」
イルネ「ソウ、2ツ、チカノサカイ、チジョウノサカイ、ベツニオク。」
「ヨシ、2ツ、イシ、ヨウイ、スル。」
何とか、交渉はまとまりそうだ。
マレイナ「コレ、シオ、コウリョウ。」
マレイナが、地面に土産の容器を置いた。
「ソレ、モッテ、コイ。」
塩などを持って来いと言っている。
(まさか、害意は無いよな。)
マレイナは、迷わず、容器を持ち上げると、妖戦鬼らに近付いて行く。
その姿を固唾を飲んで見守る。
容器を受け取る妖戦鬼。
「コレ、モッテ、イケ。」
妖戦鬼が、マレイナに箱のような物を差し出した。
それを受け取るマレイナ。
マレイナが、戻って来た。
(良かった。)
「ツギ、イシ、2ツ、ヨウイスル。ネアン、ツレテ、コイ。」
シダの中に、妖戦鬼らが消えて行った。
キオウ「ふぅ~。何とか終わったな。」
ナルルガ「あんたは何もしてないでしょ。何疲れた顔してんのよ。」
キオウ「いや、だって、マレイナに何かあったらって。」
「マレイナ、よく渡しに行ったよな。えらく緊張したよ。」
マレイナ「ここで、迷ったら、上手く行かないと思ったから。」
イルネ「そういう思い切りの良さは、マレイナらしいわね。」
ガラワン「お前ら、立派に交渉してたじゃないか。まあ、最後まで行かないと結果は解らんが、ここまでは合格点よ。」
キオウ「ところで、連中が渡して来たのは、何だ?」
マレイナが箱を開けると、
マレイナ「奇麗だね、これ。」
中には金属なのか鉱石なのか解らないが、光を発する物が入っていた。
フォド「ああ、これは洞穴珊瑚ですね。貴重な物ですよ。」
交渉は、最終段階になったようだ。