第93話「迷い」
妖戦鬼と、初めて意思の疎通はできた。
だが、彼らは、自分達がネアンに言葉を習った事を知ると、彼女の返還を求めて来た。
それは当然の事ではあるが、今直ぐに、彼女を返せるものなのだろうか?
この事は、まずアグラム伯爵へと報告した。
アグラム「・・・、そうか。こちらも、彼女を返すつもりが無い訳でもないが、どうだろう?」
イルネ「そうですね。彼女が、我々の言葉を充分に使いこなせるようになっています。そんな人物を、仲間の元に返しても良いのでしょうか?」
アグラム「返してやりたいとは思う。だが、それが、我々の利益を害する事にはならないのだろうか?」
別に、ネアンが、こちら側の兵力や街の防御態勢を知っている訳でもない。
彼女の行動は、この城館でも限られた範囲での事で、ハノガナの街の中の事も知らないはずだ。
アグラム「彼女の事は、もう少し検討する時間が必要だろう。君達も、彼女がどう考えているのか、探ってみてくれ。」
この件の解決は、まだ先になりそうだ。
何の進展も無い状態で、妖戦鬼に接しても、意味はないだろう。
また、続けざまに接触を計る事も、良い方向に向かうのかも不明だ。
しばらく、神殿の周辺には、近付かないようにした。
そうなると、迷宮での行先に迷う。
「どうする? 神殿以外で、どこかいい所はあるかな?」
キオウ「そうだな。しばらく他には行ってなかったからな。」
マレイナ「なら、拠点の先に、また行ってみない?」
そう言えば、拠点自体にも、数週間は顔を出してはいない。
ついでに、覗いてみるのもいいかもしれない。
早速、拠点に向かい、迷宮内を進む。
途中は、拠点を築いた影響か、余り魔獣に接触しない。
たまに、少数の魔獣の群れに遭遇する程度だ。
キオウ「あれ? この辺りの魔獣って、こんなに少なかったか?」
ナルルガ「そうね。減っているみたいね。もう、毒吐きマダラヘビみたいな大きな奴は出て来ないのかも。」
そうかもしれない。
あのような大きな魔獣は、もっと深い場所に移動してしまったのかもしれない。
拠点に到着した。
今は、ギルドの職員くらいしかいないようだ。
彼らに話を聞いてみると、利用する冒険者の数は多いらしい。
今日も、ここに泊まり、再度迷宮の奥に向かったパーティーもいるのだとか。
依頼の行き帰りに利用する冒険者も多いようだ。
ここの設置自体、成功だったようだ。
そんな話を聞いてから、自分達は先へと向かう。
この辺りも何度も来た場所だ。
拠点を過ぎると、魔獣との遭遇も前と同じように増えて来た。
魔獣を切り倒し、進んで行くと、
キオウ「おい、こんな場所はあったか?」
洞窟の途中に枝分かれした場所がある。
迷宮内ではよくある光景だが、前に来た時には確か無かったように思える。
マレイナ「また、誰かが掘ったのかな?」
そうとも思える。
他の洞窟には比べると、やや狭い。
高さは、1m強はあるが、体を屈めて進まないと歩けないような場所だ。
だが、10mも進むと、中は広がり、立って進む事はできるようになった。
キオウ「魔獣の抜け道か?」
確かに、そんな印象を受ける場所だ。
そして、その先に何故か扉があった。
ナルルガ「こんな場所に、誰が作ったの? おかしくない?」
イルネ「そうね。不思議ね。それに、そんなに新しい物でもない。」
扉は、木製であり、やや古びたようにも見えた。
マレイナが、気配を探ってみる。
マレイナ「うん、向こう側に気配も無いし、鍵や罠も無いよ、これは。」
扉を開けてみる。
その中は、
イルネ「また、通路ね。ここ、あの神殿につながってはいないわよね?」
神殿のあった場所とは距離もあるから、直接につながってはいないだろう。
だが、あそこと同じような通路が、扉の向こう側にはあった。
通路は、一本道で、先に続いている。
キオウ「行ってみるか。」
その先を進む。
今のところ、通路に気配は無い。
進む事、数十m、下りの階段がある。
そこを降ると、また通路が水平に続く。
マレイナ「前から、何か来るよ。」
マレイナの警告が出たので、武器を構えて待ち受けると、大食い鬼が4匹現れた。
それらを切り倒す。
キオウ「奴らの巣穴か? ここは?」
フォド「そうかもしれませんね。この先に、あるのでしょうか?」
また、進むと、大食い鬼だ。
「これは、奴らの巣窟に向かっているみたいだな。どうする?」
キオウ「とりあえず、その場所だけ確認しておこう。やばそうなら、引き上げよう。」
大食い鬼の巣窟を探す為に、先へと進む事にした。
だが、予想に反した事が起きる。
イルネ「今度は、狗毛鬼ね。ここは、大食い鬼の巣につながっているのではないの?」
そう、狗毛鬼が5匹現れたのだ。
キオウ「こいつら、仲良しって訳じゃないよな。」
狗毛鬼を切り抜けると、その先には広間に達した。
「ここが、連中の集落って訳では無さそうだな。」
広い場所ではあるが、ここに体を休める場所などは見当たらない。
見ていると、
マレイナ「また、大食い鬼が来るよ。」
キオウ「当たりみたいだけど、忙しいな、ここは。」
そいつらも切り倒す。
イルネ「まだ、進んでみる?」
「そうだな、まだ何も見付けられてない。何があるのか、少しは知りたい。」
その広場を進む。
その後も、狗毛鬼や大食い鬼を倒して進むが、たまに一角鬼も混ざって来た。
キオウ「いろいろ出て来るな。」
フォド「相当な魔獣が、この通路にはいるようですね。」
そして、通路の行き止まりに、石の扉があった。
キオウ「いよいよ、奴らの集落か? でも、ここに住んでるのは、どの魔獣なんだ?」
両開きの石の扉をキオウと2人で開けた。
扉の大きさは、2m強。
人のサイズよりも、やや大きい物だ。
扉を引くと、抵抗も無く、開いた。
反対側を警戒して開けたが、先には何もいない。
マレイナ「この先も気配は、今はしないよ。」
ただ、大きな空洞がそこにはあった。
いや、遠くの方に光が見えた。
100mは先に、その光はあるようだ。
キオウ「随分と、ここも広い空間だな。」
上も左右も、広い空間だ。
そして、前方の光を見詰める。
「あの光、見覚えが無いか?」
ナルルガ「そうね。前にも、見たわね。」
イルネ「そう、あれに似ているわね。」
光を目指して、進んで行く。
皆、自然と無口になっていた。
光る場所に来た。
白い光が、床から発している。
それも、5ヶ所。
それを囲むように、床に魔法陣のような物が描かれていた。
そして、5つの光の中に、そいつが浮いていた。
ナルルガ「黒の魔人・・・」
そう、光の中に浮いていたのは、以前、自分達も戦った事があった、黒の魔人の姿だった。