第92話「第一の接触」
この前、迷宮内で、作り掛けの魔族を封印する装置を見付けた。
その後も、何度か、周囲を探り、同じような物が他に無いのか探し求めた。
だが、残念ながら、そのような物は無かった。
代わりに、幾つかの遺物を発見し、それを納品して稼ぎとしていた。
それからも、神殿のある空洞から分岐した場所を調べ続けた。
中には、他の迷宮の場所に続く所もあれば、全く知らない場所へと出る事もあった。
キオウ「段々、先が見えて来たな。」
マレイナ「うん、後は、あの廃墟の先くらいかな?」
フォド「けれど、その先は、間違い無く妖戦鬼らの集落でしょうね。」
「あそこを進めば、相当な抵抗に遭うだろうな。」
イルネ「あそこに、向かう前に、他をもう少し探ってみましょうか?」
マレイナ「無理に、大変な場所に向かう事もないよね。」
それもそうだ。
結局、迷宮内の神殿に向かい、そこから分岐した洞窟へ入ると、見落とした場所は無いかと探る。
同じ場所へ向かっても、多少の変化もある。
例えば、水のあった場所では、水位が下がっており、立ち入れる場所ができたりもする。
また、隠し扉が無いのか、再度探るなどもしながら、迷宮を歩き周る。
すると、また新たに進めそうな場所が見付かる。
キオウ「見落とした場所も多いな。」
「ああ、今までは、目の前に見える場所しか進んでいなかったからな。」
隠し扉の先には、何かしらがある。
別の通路につながっていたり、ちょっとした遺物が置いてあったりと。
ただ、今の段階で、大発見と呼べるような物には出会ってはいないのだが。
そう、思っていると、変わった場所へと出た。
キオウ「これは、集落か?」
「そうかもしれないな。」
通路を辿って行くと、住居のような場所がある。
天井が高く、その下に幾つもの家屋が並ぶ。
マレイナ「何の反応も無いよ。」
何者かが住んでいたり、隠れてはいないようだ。
立っている家も石造りで、迷宮内の為か、それ程に劣化している訳でもない。
中には、家財も残っていた。
だが、埃が所々に積もり、長年使ってはいないようだ。
イルネ「本当に、地下で生活してたのね。」
「そうみたいだな。」
地下に逃げ込む程に、魔族らが脅威だったのだろうか?
だが、魔族を恐れていたワイエン王国は、人間に国を滅ぼされてしまった。
皮肉なものだ。
家屋の中を調べてみても、余り目ぼしい物は無い。
僅かながら、換金できそうな調度品を見付けた程度だ。
キオウ「ハズレって訳でもないが、当たりとも言えないな。」
「微妙な所かな? 見付からないならば、魔獣を探した方がいいかもしれない。」
幸い、うろついている魔獣に、それなりに遭遇はする。
廃棄された集落から離れ、また先を探る。
先に行くと、また集落を見付けた。
ただ、中を探っても、同じような物だ。
その辺りをぐるりと回ってみると、同じような建物が4つ並んでいた。
キオウ「結構な規模で作っていたみたいだな。」
4ヶ所の集落が、四角形の対角に建設されている。
「全部で、500人くらいは生活してたみたいだな。」
4ヶ所合わせて、ちょっとした村に匹敵するような人が暮らしていたようだ。
こんな場所が、まだ他にもあるのだろう。
マレイナ「もしかして、妖戦鬼の集落も、こんな所なのかな?」
イルネ「そうかもしれないわね。」
マレイナ「でも、こんな暗い場所で暮らすのは嫌だな。」
ナルルガ「だから、神殿のある所が明るいのは、その為なのかしら。」
確かに、神殿の先の廃屋のある場所は、明るくなっていた。
ここでは、あそこのようには作る事は、できなかったのだろうか?
他の集落でも、それなりに遺物が集められたので、街へと戻る事とする。
帰り道に、神殿の所まで戻って来た。
今回もあの空洞まで来ているが、神殿は避けて階段の方へと向かう。
マレイナ「何か来るよ。」
立ち止まり、シダ林の方を見る。
すると、「かさり」と音を立てて、1つ顔が見えた。
妖戦鬼だ。
互いに、目があった。
マレイナ「コンニチハ」
咄嗟に、マレイナが、ネアンから習った妖戦鬼の言葉で話し掛けた。
向こうも、驚いたようである。
マレイナ「コンニチハ、ワタシ、タタカイ、ナイ」
その妖戦鬼は、しばらくこちらを見ていたが、顔を引っ込めて去って行った。
戦いは避けられたようだ。
キオウ「マレイナの妖戦鬼語が下手だから、帰ったんじゃないのか?」
マレイナ「それ、酷いよ。」
「でも、答えは返って来なかったけど、通じたんじゃないのか?」
イルネ「そうね、そうかもしれないわ。でなければ、攻撃されていたでしょう。」
そうなのか? ならば、そろそろいいのかもしれない。
街へ帰ると、伯爵の城館に向かった。
城館で、ネアンに会いに行く。
ネアン「そうですね。皆さんの言葉は、前よりも上手くなっていると思いますよ。」
いや、それは君の方だろう。
今は、普通に、彼女の共通語が聞ける。
マレイナ「それなら、妖戦鬼の人達と、会話できるのかな?」
ネアン「少なくとも、意思を伝える事はできるかもしれません。」
イルネ「そうね、まだ聞き取りの方は、自信が無いわ。」
フォド「私は大丈夫ですが、私が前に出るのは良くないですね。」
そうだろう。奴らは妖精族を毛嫌いしているから、言葉以前の問題で戦いになるかもしれない。
だが、そろそろ、ネアンに習った事を活かしても良さそうである。
念の為、もう数日は、言葉の練習に努めた。
準備は、できたであろう。
ネアンにも、お墨付きを頂いた。
それは、オマケ的な物なのかもしれないが。
今回は、迷宮に入ると、そのままあの神殿を目指した。
今日こそ、妖戦鬼に接触を計る。
この事は、伯爵やギルドとも話し合った結果である。
神殿の周囲に棲む妖戦鬼らに接触を計る。
そして、彼らの縄張りを犯さない代わりに、周辺の通過を求める交渉をしてみる。
最初から上手くは行かないであろうが、まずは互いに意思の疎通ができるか試してみる事とする。
妖精族のフォドには、フードを被り、容姿が見えないように細工もしてある。
これで、彼らを誤魔化せるのかは解らないが。
シダの林を進むと、神殿が少しづつ見えて来た。
マレイナ「来たよ。こっちに気付いたみたい。」
マレイナが、相手の動きを察知した。
自分達は、歩みを止めた。
今回は、仲間の中でも、妖戦鬼の言葉が上達しているマレイナとイルネが中心に交渉を行う。
マレイナとイルネ、そして自分が前に立ち、少し離れた場所で、キオウ、ナルルガ、フォドが待機している。
勿論、こちらは、武器を手にしてはいない。
シダの間から、妖戦鬼が幾人か顔を出した。
マレイナ「コンニチハ、ハジメマシテ」
奴らの足が止まる。
マレイナ「ハナシ、シタイ」
イルネ「コンニチハ、ハナシ、ノゾム」
連中が、顔を見合わせている。
そして、頷いた。
「オマエラ、ナゼ、コトバ、ワカル」
話し掛けて来た。
意味も何となく解かる。
まだ、連中も武器を手にしたままだが、それを下げてくれはした。
マレイナ「オシエテ、モラウ、ダカラ、ワカル」
「ダレニ、オシエ、ウケタ」
マレイナらと顔を見合わせた。
イルネ「ネアン、オシエテ、クレタ」
妖戦鬼らが、何か小声で早口で話し合っている。
そして、こちらを向いた。
「ネアン、イキテ、イルカ」
マレイナ「ネアン、イキテル、ナカヨシ」
また、妖戦鬼が話し合う。
「オマエラ、ネアン、ツカマエタカ?」
イルネ「ネアン、オキャク、ブジ、イル」
「ネアン、カエス」
ネアンを彼らの元に帰すのかは、まだ伯爵らの許可を得てはいない。
彼女は、もう既に、共通語を完璧に理解もしてる。
そんな人物を仲間の元に帰しても良いのだろうか?
マレイナ「ネアン、カエス、カンガエル、ジカン、ホシイ」
マレイナが急に答えた。
マレイナ、それはまだ話が決まっていないだろう。
イルネ「ネアン、カエス、モウスコシ、マツ、ホシイ」
妖戦鬼は、また顔を見合わせていた。
そして、去って行った。
マレイナ「コレ、オイテ、イク、ツカウ」
マレイナが、彼らの背に声を掛けた。
今回は、彼らへの土産物の貴金属を持って来ていた。
それが入った小箱を、そこの地面に置いた。
「上手く行ったのかな?」
イルネ「少なくとも、戦闘は回避できたわ。」
マレイナ「きっと、上手く行ったんだよ。」
「それにしても、マレイナ、ネアンの事は。」
マレイナ「ネアンも、いつまでも街に置いておく訳にはいかないよ。やっぱり仲間の所に返してあげないと。」
それもそうか。
イルネ「今回は、ここまでにしましょう。交渉は、始まったばかりよ。」