第90話「地下の湖」
地下迷宮の地底湖で、またしても面倒な相手、響音貝に遭遇した。
こいつ自体は、そんなに厄介な相手ではない。
ただ、気配が他の魔獣とは違い、事前に察知できない事、その発生させる音が気力を萎えさせるのが面倒なのだ。
気力が萎え、武技や魔法が使えない状況で、他の魔獣に襲われたくはないものだ。
膝上まで水に浸かりながら、その巨大な貝殻の隙間へと剣を刺し込む。
こいつには、他に攻撃する手段など無いのだから、取り付いてしまえば楽なものである。
ただ、柔らかい中身を殻の中に仕舞い込まれると、こいつを倒すのに苦労する。
剣を殻の間に突き刺すと、多少の抵抗は感じるがずぶずぶと中に入って行く。
そして、その中身を抉るように剣を引っ搔き回すと、少し痙攣したような反応があり、やがてだらりと力の抜けた感覚が腕に伝わって来る。
そうなったら、剣を引き抜く。
それでも、止めを刺せたのか不安ならば、だらしなく開いた殻の隙間に火炎矢を撃ち込む。
周囲では、仲間らも同じように巨大な二枚貝へと飛び掛かっている。
貝を処理したら、水中の他の魔獣に備えて素早く岸へと上がる。
地底湖の水面をランプで照らしてみるが、今のところは他に怪しい気配は無い。
「ふう、何とか倒せたな。」
マレイナ「ごめんね。また、貝、見落としちゃった。」
イルネ「貝だけは、本当に解らないわね。いつの間にか、近くに忍び寄ってる。」
キオウ「今回は、水の音がしなかったら、やばかったかもな。でも、こいつらにやられるのは、何か癪だな。」
こんな所に、洞穴貝がいるような場所があったのだな。
進む正面と、地底湖の水面をランプで照らしながら、歩いて行く。
たまに、水面近くを白っぽい何かが蠢く。
ヒレのような物が見えたので、魚のようだ。
大きさもそれ程に大きな物ではないので、害のある物ではないようだ。
イルネ「こんな地下にも、魚が沢山いるわね。」
マレイナ「どっかから流れ込んで、住み着いたのかな?」
イルネ「そうね、そして何十年もの時が過ぎたのかもしれないわね。」
また、水中を何かが動いた。
茶色の何かが水の中で動いている。
魚ではないようだ。
と、思っていると、何かが水面に突き出してきた。
丸みがあるが、先端が尖っている物が。
そんな物が、岸近くの水面に顔(?)を出した。
その数が増えて行く。
最初に突き出た物から、同じ形をした物が、2つ、3つと出ている。
サイズは、50cmは越えているか?
これは、何かの体の一部なのだろうか?
そして、その突き出た物がどんどん岸へ向かって水面を移動して来る。
それが、段々と、姿を水の中から現わす。
(これは、蟹だ。)
巨大な1mを越えた蟹が3匹、地底湖から這い出して来た。
そして、その巨大な爪鋏をこちらに突き付けて来る。
その硬そうな爪へ衝撃打を加える。
「ごきゅいんっ!」
派手な音を立て、その鋏を叩き割る。
そして、その胴体も砕く。
仲間らも、次々と大蟹の甲羅を叩き割っているが、水面にまた幾つもの爪鋏の先端が見え始めた。
ナルルガ「水の中のは任せて!」
水面に向け、ナルルガは呪文を連射して行く。
「黒針」、闇属性の呪文だが、針なんて穏やかな物ではなく、黒い槍のような物が水中にいる大蟹を串刺しにして行く。
大蟹の上陸も止み、這いがった奴らも処理した。
砕いた、大蟹を観察した。
フォド「何でしょう、ブショウ蟹とか、そんな種類でしょうか?」
キオウ「また、囲まれても面倒だな。先を急ぐか。」
地底湖の周辺を調べると、また幾つかの分岐路があり、どこも別の場所に続いているようだ。
「この先は、長そうだな。」
キオウ「とりあえず、1ヶ所だけ覗いてみるか?」
分岐した、少しばかり狭くなった洞窟を進んでみる。
しばらく、進んで行くと、ランプが洞窟いっぱいに広がる水溜まりを照らし出す。
マレイナ「行き止まりだね。」
ランプで水中を照らす。
水中を更に洞窟が伸びて行っているようだ。
「ダメだな。この先は続いているみたいだが、水の中だ。」
どこかに通じているのかもしれないが、それを確かめるのも難しそうである。
水中で、魔獣に遭遇しても対処は難しい。
この先は諦めるしかない。
マレイナ「あの先が、どこかの川とかにつながってるのかな?」
イルネ「そうかもしれないわね。蟹や貝も、そこから来たのかしら?」
今日の探索はここまでとし、地底湖へ、そして神殿のある空間へと引き返す。
途中、また大蟹の襲撃を受けて、それを撃退し、神殿の辺りまで引き返して来た。
シダ林の向こう、神殿の方角から戦闘の音が聞こえて来る。
剣戟に叫び声、呪文の炸裂音などが響いている。
誰かが戦っているようだ。
冒険者と妖戦鬼だろうか?
キオウ「結構、派手にやってるな。」
イルネ「神殿の方角ね。」
気になりはするが、他のパーティーの邪魔をする事も無い。
街へと引き返す為に、空洞から出る通路へと向かおう。
その通路へとつながる階段を登っていた時の事だった。
「おお~い、助けてくれないか?」
声のした方向を見ると、階段の下に見覚えのある冒険者が1人、肩で息をしていた。
「頼む、敵が多過ぎて、対処ができなくなっているんだ。」
仕方なく、その冒険者の後に付いて神殿の方角へ向かう。
神殿の下で、冒険者と妖戦鬼らの戦闘が続いている。
冒険者は4人、妖戦鬼は10匹以上もいる。
やや向こうの方が多いので、ここは冒険者らを引かせた方が良さそうだ。
「加勢する。少しづつ階段の所まで下がるぞ。」
「ああ、解った。助かるよ。」
冒険者らを庇いつつ、妖戦鬼と剣を交えながら、少しづつシダ林の中を後退して通路に続く階段を目指す。
最初は、激しく追い縋ってきた妖戦鬼も、やがてその手を緩め始めた。
妖戦鬼らへ、ナルルガが火炎弾を叩き込み炸裂させると、一気に引く。
更に、通路に達しても、後方に火炎弾を何度か撃ち込み、追撃を振り切る。
やがて、通路を過ぎ去り、迷宮の中まで後退できた。
「ありがとう、助かったよ。」
キオウ「何があったんだ?」
「ああ、神殿の先を探索した帰りに、奴らに待ち伏せを喰らったんだ。」
そうか、やはり神殿に近寄るのは、危険なようだ。
妖戦鬼らの気配を察知できなければ、彼らと同じような目に遭う。
負傷した冒険者らの回復をフォドが手伝う。
フォド「怪我は治りましたが、用心は忘れないように。」
「すまない。回復まで、ありがとう。」
彼らと一緒に、街へと引き上げた。
ギルドに戻って来た。
ヘルガ「そう、また待ち伏せされたのね。あそこは、今は危険地帯の1つだから、各パーティーには警告を出しているのだけどね。その、魅力もある場所だから、いろいろと問題も起きてるのよ。」
このままでは、妖戦鬼らと全面的に争う事に発展してしまうかもしれない。
ヘルガ「そうなると、また大変ね。ギルドも、拠点を作ったばかりで余裕も少ないのよ。」
ギルドが本格的な対処をしないのも、財政的な問題を抱えているかららしい。
これがいつものギルドならば、妖戦鬼の大討伐を計画してもおかしくはないであろう。
ヘルガ「何か、衝突を回避する方法は無いのかしら?」
アグラム伯爵へも、たまに挨拶に行く。
最近は、伯爵への報告だけでなく、ネアンに会いに行くのも目的の1つである。
彼女には、地上での顔見知りも限られているから、たまに顔を見せるようにしている。
ネアン「ああ、サダ達、こんにちは、今日も迷宮行たの。」
彼女の共通語も、流暢になりつつある。
ネアン「少しづつ、言葉もうまくなてる?」
「ああ、大分慣れて来たね。」
ネアン「そ、嬉しいよ。」
彼女も、城館で地上の人々との接する時間が長くなっているから、上達したのだろうな。
そうだ。自分達も、習ってみるか?
「ねえ、ネアン、簡単な物だけでいいのだけど、君達の言葉を教えてくれないかな?」
ネアン「言葉、いいよ。」
マレイナ「私にも教えてよ。」
イルネ「そうね。ネアンという先生がいるのだから、教えて貰おうかしら?」
もしかしたら、彼女らの言葉を理解できれば、彼女の仲間らとの衝突を回避できるかもしれない。