第87話「捕虜と石」
迷宮内で見付けた古神殿、その先にも同じような場所を発見した。
そこは、廃墟となった町がある空洞であった。
廃墟を見回っていた自分達は、今、何者かに遭遇しようとしていた。
相手を警戒し、そっと建物の影に身を隠した。
マレイナ「近付いて来るけど、まだ向こうは気付いてないみたい。」
キオウ「数は、どのくらいだ?」
マレイナ「そうね、4、5匹はいるわ。歩き方からすると、人型の何かみたい。」
「妖戦鬼かな?」
イルネ「その可能性が高そうね。」
相手が、こちらを通り過ぎるのを待ち、後ろ側へと回り込む事にした。
何者かが自分達の隠れている建物を通り過ぎるのを待ち、その背後へと飛び出した。
「‼」
驚く、相手。
こいつらは、妖戦鬼だ。
4匹の武器を携えた妖戦鬼、それと、先日に出会ったマントに身を包んだ妖戦鬼も1匹いる。
武器を抜くと、武器を持った4匹の妖戦鬼を仲間らと切り捨てた。
だが、マントの妖戦鬼は両手を上げている。
どうやら、降参の意思を示しているようだ。
キオウ「どうする? こいつも切るか?」
「どうしよう。相手は、抵抗する意思は無いようだけど。」
フォド「ダメですよ。こいつらも魔獣です。ここで倒しましょう。」
すると、マントの妖戦鬼が口を開いた。
「もう、抵抗しない。武器納めてれ。頼む。」
やや、たどたどしいが、共通語を話す。
イルネ「あなた、言葉が解るの?」
「はい、少し解りるますね。話すできす。」
魔獣が話をできるとは驚きではあるが、妖戦鬼は妖精族と関わりのあった連中らしいから、そんな事もあるのかもしれない。
フォドは、妖戦鬼への警戒を解いていないが、降伏の意思を示し言葉も交わしてしまうと、なかなか戦意を抱く事は難しい。
ここは、捕虜にして調べてみよう。
「フードを外して顔を見せてくれないか? それから、武器など持っていないか調べさせて貰う。」
キオウ「おかしな真似をしたら、直ぐに切るからな。変な事はするなよ。」
「解てます。変なのしません。安心お願い。」
捕らえた妖戦鬼が、マントのフードを頭の後ろにずらした。
妖戦鬼特有の額から飛び出た左右の2本角、そして、優しげな表情に切れ長の目。
キオウ「お前、女なのか?」
キオウも自分も驚いた。
フードをめくると、そこには美しいと思える角の生えた女性の顔が現れた。
「はい、私、女です。乱暴しないでくだね。」
女性と解ると、どうも扱いが難しく感じた。
イルネとマレイナに、彼女の身体検査をお願いした。
イルネらが、彼女の体に触れて、何か隠し持っていないか探る。
小さな木の杖と、ナイフだけが持っている武器のようだ。
イルネ「もっと詳しく調べる?」
イルネが、ちょっと怖い事を言い出す。
兵士として訓練も受けているイルネとしては、そのような調べ方も当然熟知しているようだ。
「いや、そこまではしなくても。でも、腕は縛っておこう。」
彼女の両腕を体の前面でロープで縛った。
その手際もイルネは良い。
先程、倒した妖戦鬼の遺体を廃墟の1つに隠すと、別の建物へ入り捕虜の簡単な尋問を始める。
「ええと、君は、ここで何をしているんだ。」
「はい、私、神官、神殿でお祈りしる。そは、仕事。」
キオウ「神殿? この先にある林の中の奴か?」
「そそ、神殿、神様祈る。」
マレイナ「ねえ、あなた、名前あるのかな? 教えてよ。」
「はい、名前あり。ネアンいうわ。よろひく。」
妖戦鬼にも、名前はあるようだ。
イルネ「ところで、あなた達は、みんな、あなたのように話せるの?」
ネアン「違い。私は習た。だから、話しできう。」
どうやら、全ての妖戦鬼が言葉を理解できる訳ではないようだ。
もしも、理解できるなら、冒険者らの会話も筒抜けになってしまう。
だが、習えば言葉が理解できるのだから、今後は用心すべき事なのだろう。
マレイナ「ネアン、どこで言葉を習ったのかな? 教えてくれる?」
ネアン「教えてくれる人、ここにいう。この先の建物わ。」
どうやら、その人物は、この廃墟内にいるようだ。
「その人以外にも、仲間はいるのか?」
ネアン「人ではない。石の中にいう。」
石の中? どういう意味だ? まさか、ネアンは罠にでも掛けるつもりなのか?
ネアンに、石の中の人の所へ案内させる。
マレイナが先頭に立ち、警戒をしてくれている。
マレイナ「この近くには、何も気配が無いよ。」
そして、ネアンが示した建物に近付く。
ネアン「ここ、中は石あろ。」
マレイナ「誰の気配も中からしないよ。」
武器を構えて、建物の中へと突入した。
だが、屋内には何者も潜んではいない。
もしかして、ネアンに騙されたか。
振り返り、ネアンの顔を見る。
ネアン「そこ、台、上に置いてあろ、石の中。」
確かに、室内にまるで小さな祭壇のような台がある。
その上を見てみると。
(おや? あれは?)
何か、石のような物がある。
人の頭と同じような大きさの見覚えのある物が。
ネアン「来た。出て来る、また。」
ネアンが、その石に向かって話し掛けた。
すると、白っぽい石の表面に、顔が浮かび上がった。
「何じゃ、ネアン。どうしたんだ?」
その石の中の人物が、話し始めた。
そう、あの石は、無面石だ。
「おや、妖精、人間、それに獣人もいるようだな。ネアン、何があったのか?」
石の中の人物、高齢の男性で、しかも妖精族のようだ。
フォド「私達は、冒険者ですが、あなたはどなたでしょうか?」
「冒険者、そうか。じゃがネアンらとは敵対しているはずじゃろう。どうしてここに?」
自分達は、ここまのいきさつを石の中の人物、ケルアンに説明した。
ケルアン「そうか、ネアンとは、そんな事に。できる事なら、彼女には手荒な事をせんで貰いたいのだが、頼めないかな?」
イルネ「本来は、彼女らとは敵対関係にありますが、彼女は敵意を示していません。ご安心ください。」
ケルアン「ああ、よろしくお願いする。彼女は私には、今となっては唯一の友人なのじゃ。」
ナルルガ「ところで、ケルアンさん、あなた自身は、どちらにおいでなのですか?」
ケルアン「この石の中に意識を移すと、時間の流れが解らなくなる。だが、ここから見える変化を考えると、私自身はとうの昔に死んでいるだろう。今、話しているのは、意識を移した時の儂の物で、そこから歳はとっておらん。少なくとも、数百年は経っているのではないか?」
ナルルガ「そんな昔から? じゃあ、ここの神殿とか迷宮が作られた時の事も知っています?」
ナルルガだけでなく、全員が興奮して石の中のケルアンの言葉を聞いた。
ケルアン「神殿は解るが、迷宮とは何じゃ? そんな物があるのか?」
ケルアン、彼は大昔に無面石に意識を移し、それから何百年もの月日が過ぎたらしい。
意識を移す前の事、石から眺めた来た変化などは記憶しているようだ。
多分、その知識には、様々な有益な物も含まれているに違いない。
ケルアンの意識の入った無面石、それからネアンを街へと連れて行く事にした。
ネアンを解放するという選択もあるのだが、共通語を理解できる彼女を仲間の元に戻すのも、また危険な事に思えたのだ。
ケルアンの知識があれば、もしかして迷宮やその他の謎が解けるのかもしれない。
ネアンを街に連れて行くのは、騒ぎになる事は明白だ。
念の為、彼女の頭の角を包帯でぐるぐる巻きにして隠す。
これに、マントのフードを目深に被せておけば、妖戦鬼には見えないだろう。
両腕を縛ったロープもマントの中に隠す。
「騒がれると面倒だから、大人しくしてくれ。」
ネアン「はい。静かしてまう。」
ギルドの中に入ると、ヘルガへ話し掛ける。
ヘルガ「あら、サダ君達、お疲れ様。あら? その方は?」
見慣れないネアンが気になるようだ。
「あの、ギルマスのナガムノに取り次いで貰いたいんだけど。」
ヘルガ「ギルマスにですか? ええ、ちょっと待ってください。」
そして、これがまた、新たな騒動につながって行くのだが、その時の自分達は、新たな発見をした程度にしか思ってもいなかった。