第86話「神殿の向こう側」
朝、目覚めると、自分はまず顔を洗う。
自室を出て1階に降りると、庭の井戸から水を組み上げて、身支度をする。
自分が一番先に起きる事が多いかと思う。
そして、一度、庭の薬草園を覗きに行く。
薬草園には、ハーブなども植えてあるので、その中から何本かを採取すると、それを台所へと持って行く。
「おはよう、マレイナ。ハーブ、今朝はこれでいいかな?」
マレイナ「おはよ、サダ。ありがとう。」
その頃には起きて来るマレイナに、先程採取したハーブを渡す。
これから、マレイナの食事の支度が始まる。
自分は、薬草園に戻ると、その手入れを本格的に始める。
雑草取りや水撒き、新しく野菜などを作る時には種蒔きなどもするのが、このタイミングだ。
しばらく、遠征が続いていて、畑の手入れもできていなかったが、この数週間はハノガナの街にいたので、奇麗にしてある。
遠征から戻った時には、相当に荒れていたのであるが。
一通り畑仕事が終ると、居間へと移動する。
キオウ「おう、サダ、おはよう。」
「おはよう、キオウ。」
キオウも起き出しており、食卓に食器やらを並べ始めている。
マレイナ「そろそろ出来上がるから、ナルルガを起こして来て。」
キオウ「ああ、行って来る。」
キオウが2階のナルルガの部屋に、彼女を起こしに行く。
フォド「おはようございます。サダ。」
フォドは、マレイナの調理の手伝いをしている。
「フォド、おはよう。」
フォド「今日もいい天気ですね。」
「ああ、本当は、こんな日は迷宮なんかに潜りたくないな。」
フォド「はは、そうですね。」
食卓に料理が並び始めると、キオウが2階から降りて来た。
少し、遅れて、ナルルガも降りて来ると、顔を洗いに行く。
「おはよう。ナルルガ。」
ナルルガ「・・・・・・。」
フォド「おはよう、ナルルガさん。今日も、いい天気ですよ。」
ナルルガ「・・・・・・。」
キオウ「まったく、毎朝、これだ。せめて、起こしたら、寝台から出て来いよ。」
ナルルガ「・・・・・・。」
マレイナ「おはよう、ナルルガ、さあ、早く食べて。」
ナルルガ「・・・、おはよ。みんな・・・。」
やっと、ナルルガの目が覚めたらしい。
「さて、今日は、どうする?」
キオウ「やっぱり、あの神殿のある広場の先の洞窟かな? あそこを探ってみよう。」
マレイナ「それがいいね。あの先、どこにつながってるのかな?」
フォド「深層へ、あそこから入れるのでしょうか?」
ナルルガ「・・・・・・。」
これが、毎朝、何度も繰り返して来た、我が家の光景である。
そして、食後に装備を整えると、ギルドへと向かう。
イルネとは、ギルドで待ち合わせる事が多い。
彼女は、アグラム伯爵の城館に住んでいる。
朝は、ガラワンら、伯爵の配下と一緒に食事をする事が多いそうだ。
迷宮へと入ると、あの林の中の神殿を目指す。
今日は、そこの更に先、あの空洞から分岐する洞窟の先へ行ってみよう。
シダの林に来ると、早速、妖戦鬼の一団と遭遇した。
奴らの中に、昨日のマントを着けた神官風の相手はいない。
皆、剣や槍で武装した奴ばかりだ。
互いに魔法で先制した後に、接近して切り合う。
数がほぼ互角だが、最近の自分達の実力は、彼らを上回っている。
拠点設営時の激戦が、自分達の腕を更に磨いたようである。
それは、ナルルガも同じで、魔法陣への呪文詠唱で魔力が更に増えているそうだ。
妖戦鬼の剣を槍を避け、こちらも剣先を突き付ける。
最近、奴らの動きが少しばかり遅く感じる。
そう思えるだけでも、こちらの気持ちに余裕が出て来る。
こんな同人数の相手など、あの拠点作りの連戦に比べたら遥かに楽なものだ。
仲間らが、そして自分も、1匹2匹と、奴らを葬って行く。
最後まで立っているのは、自分達の方だ。
シダ林の中で、少しばかり休憩する。
相変わらず、ここの天井を正体不明の明かりが覆い林全体を明るく照らしている。
イルネ「何度見ても不思議ね。ここが地下なんて信じられなくなる。」
マレイナ「そうだね。ここは、何だか、他の迷宮の中とは違って、変なぴり付いた感覚がしないよ。」
フォド「変わった場所ですね。何か時間の中に取り残された場所のような。それは、あの神殿もそうですが。」
休んでいると、林の中から小型なヘビやトカゲが顔を出しては、またシダの間に消えて行く。
こうしていると、地上にいるように思えて来る。
「さて、そろそろ行くか。」
この神殿のある空洞から、枝分かれした箇所は幾つかある。
昨日、空洞の外周を探ってみて、それを確認した。
ほとんどの枝道は、天然の洞窟のようになっていたが、1つだけ、ここに来きた通路のように人工的に作られた場所があった。
まずは、そこの先へと行ってみる事とする。
明るい空洞から、暗い通路へと足を踏み入れて行く。
この先に、何が待つのであろうか?
通路は、入って来た場所と同じような、人間のサイズにはやや大きい幅、高さの路だ。
作られたのも、同じ時期らしい。
埃などが積もっていないのは、ここも何かしらの物が行き来しているからだろう。
一本道の通路をランタンの光を頼りに進んで行く。
すると、また階段があり、下へと降っている。
キオウ「また、下か。こりゃ、どんどん深く潜って行くぞ。」
階段を降り始めると、あの迷宮の奥へと入って行く、ある種の圧力を肌や五感が覚え始める。
(これは、深層へと、どんどんと近付いているな。)
階段を降り、進んで行くと、曲がり角に達する。
そこを曲がると、通路の先が、ぼんやりとまた明るくなっている。
暗闇の中、皆で顔を見合わせる。
キオウ「おい、また明るくなっているぜ。」
イルネ「また、あの空洞みたいな場所なのかしら?」
「どうだろう? でも、あんなのが幾つもあってもおかしくはないだろうね。」
マレイナ「行ってみようよ。」
ナルルガ「今度こそ、何か見付かるかも。」
フォド「そうですね。遺物の1つでもあるといいですね。」
通路の先、明かりを目指して進む。
そして、その先にあったのは。
キオウ「何だ、こりゃ。」
フォド「これはまた、壮観ですね。」
そこはまたしても、天井が明るくなった空間であった。
だが、そこはシダ林ではなく、石造りの建物が幾つも並んだ町のような場所であった。
その町を少しばかり高くなった通路の端から、自分達は見下ろしていた。
妖戦鬼らの住処か?
いや、建物はどれも古く、ツタなどが絡み付いている。
路地には、ツタや樹木が生えている。
迷宮内の廃棄された集落、そんな印象を与える光景が広がっていた。
通路から続く階段を降り、集落へと向かう。
どこも傷んでおり、最近の物では勿論ない。
だが、かつてこの場所で、何者かが暮らしていたのは間違いないのだろう。
あの神殿を造ったのと、同じ者らが建設したのであろうか?
マレイナ「何でまた、こんな所に。」
イルネ「そうね。私達が思い至らない程の文明が迷宮の中にあったのかしら。」
「あの魔族のいた場所とか考えると、そうなのかもしれない。今よりも、優れた文明があったのかも。」
キオウ「それって、造ったのは、人間とかだよな。魔獣とか魔族じゃないよな。」
ナルルガ「それは、解らないわね。魔法だって、どうして生まれたのかよく解らないのよ。誰が作って、誰が伝えて来たのかも。解っているのは、その途中から。」
フォド「ここもまた、大発見ですね。」
「放棄されてから、どのくらいの時間が過ぎているのかな?」
イルネ「100年、200年、もっとかしら?」
フォド「迷宮内ですから、余り傷みが進んでいないのでしょうね。」
廃墟を眺めていると、マレイナが声を上げる。
マレイナ「みんな、何かこっちに来るよ。注意して。」
建物の陰に身を隠し、周囲の様子を探る。
マレイナ「あの路地の方から、何かが近付いて来る。」
廃墟の中、緊張が走る。