第81話「最後の死闘」
迷宮内での拠点作り、その最終段階である魔法陣を敷く作業はまだ続いている。
それを守る、自分達、冒険者らの戦いも。
今、目の前に、巨大な生物が姿を現した。
長いうねる何本ものイボが無数に付いた腕のような物。
丸い頭なのか、胴体なのか、よく解らない巨大な本体?
その両側に、巨大な丸い目玉もある。
その体色は、周囲の洞窟と同じだ。
こんな生き物、今まで見た事はない。
ある冒険者は、それがタコという生き物に似ていると言う。
腕の長さは3mくらいで、全体では6mを越えるだろうか?
そいつが、床を這うように、魔法陣へとゆっくりと近付いて来る。
改めて観察すると、奇妙な生き物であるが、これも魔獣故の事か?
滑った体表が、巨大なナメクジのようにも見えるが、形状がまるで違う。
本来、海に生きる物らしいが、迷宮にも海があるのだろうか?
それとも、水竜らと同じく、地下水脈にも棲めるのか?
腕のような物は、8本ある。
それを器用に使いながら、床を這っている。
得体が知れない相手なので、まずは魔法で攻撃してみる。
海や水の生き物ならば、火に弱いのではと思い火炎矢を唱えて放ってみる。
「効いたか?」
火炎矢が体に当たると、体を縮めるようにして反応した。
続けざまに、火炎矢を放つ。
大きなタコが、自分達へ方向を変えて進んで来る。
キオウ「効いているのか、よく解らないな。」
「いや、このまま呪文の攻撃を続けよう。」
だが、呪文が当たる度に、少しだけ動きを止めるが、そのまま進み続けている。
他の冒険者らも、呪文を使うが変わらない。
すると、1本の腕を高々と上げて来た。
それを床へと、そのままに叩き付ける。
床の岩が砕けた。
体がデカいだけに、その威力も大きい。
これに当たる訳にはいかない。
だが、呪文が効いているようにも思えないので、武器の攻撃に切り替える。
剣に火属性の魔法を付与して、切り付ける。
「どうだ?」
腕を切ると、案外、簡単に傷が付く。
だが、これを切断するとなると難しそうだ。
すると、大タコが、2本の腕を同時に持ち上げた。
「ばだばだばだっ!」
腕が連続で叩き付けられる。
堪らず、それを避けて距離を取る。
キオウ「何だ、これじゃあ近付けないぞ。」
いや、よく見ると、腕の様に使えるのは正面の2本だけで、残りの6本は足のように使うだけだ。
左右と後ろから、複数の冒険者が忍び寄る。
その動きを大タコの目玉が、ぎょろりと追う。
一斉に囲む、冒険者らが切り掛かる。
が、それを移動に使っていた6本の腕が受け止めると、前側の腕が周囲を薙ぎ払う。
吹き飛ばされる、冒険者ら。
奴の2本腕の動きが早い上に、その攻撃範囲が広い。
キオウ「これじゃあ、接近戦は難しいぞ。」
「正に、死角なしだな。」
イルネ「あの腕だか足を切断するしかないわね。」
吹き飛ばされて冒険者らもダメージを負っているようだが、起き上がった。
後方に下がり、神官らが彼らを回復させる。
やはり、あの足を切るしかない。
数を減らせば、奴の防御も攻撃も無力化できる。
イルネ「あれをやるしかないようね。」
「付き合うよ。」
イルネと自分が剣を構える。
そして、念を剣に込めると、大タコの側面に駆け寄る。
離れた位置からキオウも奴の正面に突き進むが、それは囮だ。
2本腕がキオウに襲い掛かるが、辛うじてそれを避ける。
イルネと2人で、更に大タコへ近付くと、剣を振るう。
念と魔力を込めた切断技、名付けて「斬気閃」、唸るような剣魄が足目掛けて放たれる。
この技は、剣を触れさせる事無く、相手を切断できる。
ただ、気力、魔力の消耗が激しく、そう何度も使える技ではない。
イルネとは別の足を狙ったが、変化は無い。
だが、2本の足から青い体液が吹き出し、足の根本近くを切り落とした。
流石に、この攻撃が効いたか、大タコがこちらへと2本腕を振り回して来る。
そこへ、キオウの槍の突きが、大タコの片目を襲う。
タコの片目を潰した。
そこへ、冒険者らの呪文の集中。
それに自分らも加わる。
火炎矢、風の刃、あらゆる呪文を無数に叩き込む。
大タコも足を縮め、防御を固めたようだが、その体表がぼろぼろだ。
「やった。」
キオウ「いや、まだだ。」
タコが、管のような口を正面に伸ばした。
嫌な予感がして、一斉に大タコとの距離を取る。
すると、管状の口の中から塊のような物を吹き出す。
洞窟の床に落ちた塊が、「べちょり」と散る。
すると、その潰れた塊が燃え上がる。
可燃性の液体のようだ。
口が、左右に動き、冒険者らへ目掛けて液体を吹き出す。
必死に避けるが、幾人かは火炎に包まれた。
彼らに目掛けて、周囲から水塊が放たれる。
火は水塊で消せるが、ダメージは大きいようだ。
と、その正面へイルネが飛んだ。
飛んで、剣を振るう。
大タコの口の管が、胴体の一部と共に水平に切り裂かれた。
斬気閃が、口ごと切断したのだ。
液体が、零れ、大タコの体が燃え始めた。
残った足をばたつかせ、暴れ回る火に包まれた大タコ。
ここまで足を振り回されては、手に負えない。
そこへ、キオウが槍を突き付ける。
槍が風を纏い大タコに襲い掛かる。
風神閃、その技も以前の物よりも遥かに強力な威力を秘めている。
更に大タコの体を引き裂くと、足の動きも弱まる。
ならば、自分も前へと出ると、再び斬気閃を放つ。
ばっくりと、その胴体を切った。
後は、ほぼ動きを止めた大タコに止めを入れるだけだ。
複数の冒険者らの必殺の一撃が動きを止めた獲物に襲い掛かる。
キオウ「何とか終ったな。」
「ああ、こんな奴が迷宮の奥にはいるのか。」
イルネ「こんなのが、うじゃうじゃいるのかしら?」
マレイナ「もう、二度と会いたくない相手ね。」
フォド「皆さん、怪我はありませんか、今のうちに回復させましょう。」
大タコは退治した。
だが、まだ呪文の詠唱は終っていない。
まだ、この戦いは続くようだ。
しばらく、魔獣の動きも止まった。
そろそろ、魔法陣も完成が近いはずだ。
詠唱を続ける魔術師らも疲労が顔に浮かんでいる。
ナルルガが表情も無く呪文を唱えているが、相当に苦しいはずだ。
しかし、また何者かが近付く気配がある。
狗毛鬼?
そう、狗毛鬼が現れた。
複数の洞窟から、ぞろぞろと現れる。
ほとんどが、普通の狗毛鬼だが、黒狗毛鬼も何匹も混ざっている。
そして、大型の湾刀を持つ、奴もその中にはいた。
白色の狗毛鬼も。
キオウ「やれやれ、今頃、登場かよ。」
マレイナ「随分と遅い登場ね。」
残り少ない、体力と気力を振り絞るしかない。
「よし、行くぞ!」
もう、空元気に近い。
手近な狗毛鬼へと切り掛かる。
白狗毛鬼へと向かいたいが、奴は後ろで全体を見ているようだ。
向かって来るのは、並の狗毛鬼に黒狗毛鬼だけだ。
黒狗毛鬼と剣を交えて、切り倒す。
歯を食いしばり、気合いで切るだけだ。
そこかしこで、消耗した冒険者らが、それでも気迫で狗毛鬼を押し返す。
だが、その囲みが徐々に魔法陣へと追いやられ始める。
一歩下がった。
そして、また一歩。
最後の力を振り絞り、魔法陣と詠唱を無心に続ける魔術師らを守る。
だが、徐々に魔術師らへと後退を続けてしまう。
既に、予備の冒険者らの投入も終わり、余力は無い。
冒険者らも、傷を負い始めている。
手に持つ盾もぼろぼろになり、兜や鎧が破損した者もいた。
武器が折れ、予備の物に持ち替えた者もいた。
やがて、冒険者らが力尽きようとしていると判断したか、白狗毛鬼が前に出て来た。
白狗毛鬼の湾刀が、目の前の冒険者を一刀した。
彼も、その一撃を避ける体力も無かったか、床に崩れる。
その開いた穴を塞ごうと、周囲の冒険者が向かうが、また湾刀の前に倒れる。
「マズい、あそこから崩される!」
破られた防衛線を塞ぎたいが、自分の目の前にも敵はいる。
イルネ「ここは、お願い。」
そこへ、イルネが向かう。
「頼んだ。」
代わりに、イルネと向き合った狗毛鬼をキオウとマレイナで支える。
だが、奴ら、切っても切っても新手と交代して来る。
「ガキッン!」
イルネの黒雷と、白狗毛鬼の湾刀が正面からぶつかる。
普段のイルネならば心配ないが、彼女も戦い続けている。
彼女も、剣技を使う余力はあるのか?
自分は、もうただ剣を振るう力しか無い。
そして、また1人1人、傷付いた冒険者が戦列を離れて行く。
既に、半数以上の冒険者らが脱落していた。
自分も、キオウも、マレイナも、そしてフォドも無傷ではない。
それでも、狗毛鬼の群れは迫って来る。
と、背後に風が生じたような気がした。
いや、風ではなく、何かの圧力が背中から腹の方向に走り抜けたようだ。
ちらりと横目で、後ろを見た。
そこには、倒れた数人の魔術師の姿が見えた。
(まさか、どこかで突破されたのか?)
いや、違う。
ナルルガが、振り向くと、大手を上げた。
ナルルガ「やったは、私達の勝ちよ!」
ああ、魔法陣が完成したのだ。
冒険者らも歓声を上げた。
既に、体力も尽きているはずの冒険者らが。
自分も無意識のうちに、声を張り上げる。
「うおおおぅ~!」
その声に圧倒されたのか、狗毛鬼らが後退し始めた。
一歩、二歩と。
そして、洞窟の中に消えて行く。
白狗毛鬼も、それに続く。
やがて、目の前の敵は姿を消した。
少しづつ、投稿済みの話を修正し始めました。
今現在は、1話~5話まで変えました。
以後の話も入れ替えて行く予定です。
よろしくお願いします。