第80話「魔獣の波」
魔法陣の呪文の詠唱が続く。
そして、それを守る自分達の戦いも。
妖戦鬼とも何度も戦った。
その他の魔獣らとも。
そんな永遠の戦いが続くかと思えたが、最後の交代要員らが来る。
自分達も、しばしの休憩を取る。
魔法陣を見ると、今は薄く魔鉱石全体が白く光っているように見える。
それを囲むように、より濃い白色の光の線が見えるが、あれがナルルガらが作り出した魔法陣そのものなのか?
明らかに魔力が蓄積されているが、それが効力を発揮するのはあと数時間後、術式が完成した時のようだ。
それまで、魔術師らの作業は続き、それを守り通すのだ。
魔獣の出現が止む事無く続く。
今、現れるのは、獣悪鬼に妖戦鬼、それにたまに混ざる灰白巨人だ。
交代したばかりの冒険者らの体力、気力は充分なようだ。
けれど、自分達は、消耗が見えつつある。
ちらりと、ナルルガの様子を見ると、彼女はまだ耐えて詠唱を続けている。
その姿を見ると、自分達も気を抜くには早い。
「よし、あと少し。ここを支えるぞ。」
疲れはあるが、気合いを振り絞る。
キオウ「終ったら、食事より睡眠だな。寝台が恋しいよ。」
マレイナ「私は、たっぷり食べてから眠りたい。」
フォド「私も、寝台の方がいいです。」
イルネ「どちらが先か、迷うわね。」
まだまだ、仲間もいけそうだ。
気合いを入れたが、魔獣らに変化が現れる。
あれだけ、出て来ていた奴らの姿が消えた。
「? 終ったのか?」
最後の妖戦鬼を切り倒してから、奴らの動きが止まった。
迷宮内に、呪文の詠唱だけが低く響いている。
久し振りに訪れた静寂。
冒険者らは、この機に休憩を取るのだが、皆、不安な表情を浮かべた。
何かがおかしい。
魔獣の姿が消えた。
でも、その静けさが、次の何かへと変わる前兆としか思えない。
迷宮の奥へと続く、幾つかの分岐する洞窟。
今まで、魔獣が現れ続けた暗い長い空洞。
十数分の沈黙を破るように、何かの音がそこから聞こえて来る。
足音とは違うようだ。
何かが擦れるような音。
そして、それが洞窟から出て来た。
人の歩みよりも、やや遅い動き。
まるで、ゆっくりと洞窟の床を這って来るような。
周囲に置かれた松明の灯りに照らし出されたそれは、巨大な人の等身よりもやや大きい物。表面は、つるんとして、突起など無い灰色の物。
体表(?)なのか、それは突起の無い卵の殻のようにも見える。
いや、どちらかと言えば、二枚貝の殻のようだ。
巨大な二枚貝が、まるで立ちあがったような形をしている。
床を這っているのは、その貝殻の間からはみ出た白い巨大なナメクジの胴体を思わせる足と言って良い物だろうか?
見た事も無い姿だが、これも魔獣か?
そいつが、1匹、2匹と次々と姿を現した。
数は多くは無い。
洞窟の中から、5匹程が這い出して来た。
見た事の無い相手で、戸惑う冒険者達。
これは、何だ?
フォドも首を傾げていたが、ぽつりとつぶやく。
フォド「これは、洞穴貝の仲間でしょうか? 何種類かいるようですが、どのような相手かは。多分、迷宮の深層から来た物かと。」
洞穴貝? やっぱり、巨大な貝なのだな。
貝にしては、動きが早いな。
と、その貝殻が正中線で左右へとゆっくりと開いている。
その巨大な二枚の貝殻の間から、水管のような2つの穴が開いた管状の物がにょきりと出て来た。
何かの攻撃かと思い構える。
それが、周囲の空気を吸い込んだような気がした。
そして、続いて、その管から大音響が響き出した。
叫び声とも違う。
言い現せない、単なる騒音のような大音響。
思わず、耳を塞ごうとするが、被った兜が邪魔をする。
音が、迷宮の壁全体に反響している。
その音を聞くと、足腰の力が抜けて行くような感覚がある。
あっ、こいつの発する音を聞くと、気力が萎えて行くのだ。
という事は、呪文の詠唱にも影響するはずだ。
横目で、魔法陣に魔力を注ぎ込む魔術師らを見たが、まだ変化は無いようだ。
だが、それもいつまで持つのか。
気力を振り絞り、巨大な貝へ剣を叩き付ける。
だが、その貝殻は硬く、弾かれた。
ならばと、僅かに開く貝殻の間に剣先を差し込む。
突然、剣を柔らかい部位分に差し込まれて、こいつも焦ったのかもしれない。
水管を引っ込めると、左右の貝殻を閉じようとしたが、そこを更に剣を深く差し込んでやった。
差し込んだ剣を回すようにして、中身を抉る。
それを繰り返している内に、びくんと震えたと思うと、力が抜けたようだ。
剣を引き抜くと、その中身に火炎矢を数発叩き込んでやった。
周囲でも、巨大な貝へと止めを刺している。
こいつ単独では、余り脅威は無い相手だが、他の魔獣に混ざって来ると厄介な相手かもしれない。
続いて、何か別の形をした物が、もぞもぞ這いながら洞窟から現れる。
これも明らかに貝だ。
今度は、茶色や様々な色の混ざった巻貝のような物が出て来る。
これは、床を這うようにしているので、高さはそれ程ではないが、長さは1.5mを越えている。
それが、貝殻の開口部から、にゅっと長い口吻のような物を突き出す。
何か、嫌な気がする。
その巻貝に近付いた冒険者が1人、短く叫び声を上げると、その場に倒れた。
彼は、首の下の辺りを手で抑えている。
何か、あの口吻から撃ち出して来たようだ。
その冒険者が、痙攣を起こしたかと思うと、地面にぐったりと倒れた。
何か、毒でも回ったのか?
その口吻の向きに注意しながら駆け寄ると、横からその管を叩き切る。
中程から口吻を切断すると、殻の中に残った部分を仕舞い込んだ。
殻から飛び出た貝の柔らかい体に、火炎矢を連続で撃ち込むと、ころんと開口部を上にして貝が転がった。
その体へ目掛けて剣をずぶりと突き刺す。
柔らかい貝の肉を切り裂く感触が手に伝わる。
その後も貝の群れがぞろぞろと出て来るが、その動きは遅いので対処は難しくはない。
ただ、こんな物が迷宮の奥にいたのかと思うと、妙な気分になる。
更に気になる事は、その貝に対して、
マレイナ「こいつら、気配が感じられない。」と、言う事だ。
他の魔獣らと違い、この貝には魔獣や他の生き物と同じような気配を感知できないようだ。
だが、それで終わりではない。
気配は無いが、何かが洞窟の奥から這って来る音がする。
何かか、洞窟の中を体を擦りながら進んで来るような音が。
そして、それが姿を現す。
貝よりも、遥かに動きが素早いようだ。
最初に、その細長い先端が見えて。
何かにょろりにょろりと、その先端が動く。
その長く太い物が、洞窟から何本も出て来る。
(何だろう?)
くねくねと動きながら、少しづつ姿を現すのだが、なかなかその本体が姿を出さない。
にょろりと突き出した長い物に、丸いイボのような物が無数に付いているのが見える。
こちらも、姿を現すのを待つ必要の無い。
そのうねる物に切り付ける。
だが、傷は付けられても、切断までは至らない。
どこかで、他の冒険者が呟いた。
「何だ? タコの足か?」
タコ? そんな海の生き物の名前を聞いた事があった気もするが。
自分は、生まれてから海を見た事はない。
故郷にも周辺にも、海は無いからだ。
ただ、そう思うと、何か膨大な水のある風景が頭の中をよぎるのだが、それは自分の記憶ではないとも思う。
うねりながら、その足だか腕が、どんどん洞窟から出て来る。
そして、洞窟のサイズよりも大きな頭が姿を現した。
丸い頭に、複数の手足。
巨大なタコとか言う生き物が姿を現す。
これが、タコなのか?
1日で、ブックマークの人数が100人を一気に超えました。
1日で、ここまで増えるのは初めてです。
皆様、ありがとうございます。
今後も、可能な限り更新と、あと投稿済みの原稿の手直しをして行こうと思います。
これからも、よろしくお願いします。
また、18禁、男性向け作品ではありますが、ミッドナイトノベルズにも同名で投稿している作品も1つありますので、そちらもよろしくお願いします。