第78話「拠点の設営」
開拓村に鉱夫らの家も、ほぼ完成した。
続いて、鉱山の開発へと掛かる。
まず、初めに掘り始めるのは、最初に見付けた洞窟だ。
ここを掘り進めながら、安全に採掘が出来るように坑道なども整備して行くそうだ。
鉱山の事は解らないので、鉱夫らに任せるしかない。
掘り出した岩石などを運び出す手助けをするのが、精々である。
後は、周囲の警戒を忘れないようにする。
もしかして、今まではただの開拓村であったから何も起きなかったのかもしれないが、ここを鉱山として利用するならば、妨害して来るかもしれない。
例のフードの武装集団が。
マレイナ「今日も、何も反応は無いよ。魔獣も近くにはいないみたい。」
マレイナが周囲を探ってみたが、特に反応は無いようだ。
キオウ「いつぞやに、見張られていた事があったけど、それ以降は気配無しか。」
「もしかしたら、この辺りからは引き上げたのかな?」
イルネ「伯爵の掃討作戦のお陰かしら?」
そう言えば、自分達がケリナの街で魔法を習っていた時の作戦には、イルネも参加していたらしい。
ガラワンが隊長で、その副長の1人がイルネだったそうだ。
だから、イルネがここに来るのは、今回の採掘絡みの件が初めての事ではない。
あの遺体が動き回っていた廃都市にも、彼女は行ったそうだ。
今は、動きは無いが、警戒は続けておいた方が良いだろう。
開拓村近くの洞窟は、なかなかに良い鉱脈だったようである。
順調に掘り出しが進み、迷宮内での発掘と合せて休憩拠点の設営に必要な鉱石の数が揃った。
鉱山からの掘り出しは途中からであったので、全体の1/4程しか貢献は出来なかったが、次の拠点作りには、有効的に活用が可能だろう。
拠点作りは第二段階に入り、集めた鉱石の加工と調整を進める。
それは、石工や、魔術師の仕事である。
その魔術師は、魔工術師と呼ばれる、魔道具の制作、修理、調整などを行う専門の人達だ。
これだけの大量の鉱石を一度に加工するのは、魔工術師らにも滅多に無い事だそうだ。
それぞれの鉱石を魔道具となるべく調整するそうだが、自分の魔法の知識はそれを理解するまでは達していないので、説明を聞いても解らない。
ただ、自分達、冒険者には関わりの無い作業なので、加工作業の間は、迷宮に潜ったり、開拓村へ行ったりと、様々な活動をしていた。
鉱石集めに1ヵ月強、鉱石の加工に更に約1ヵ月、いよいよ第三段階、休憩拠点の設営が始まる。
まずは、冒険者らが手分けして加工済みの鉱石を設営予定地点まで運び、それを石工らが定められた形に組んで行く。
場所は、以前、狗毛鬼らが迷宮内で集落を作っていた場所である。
狗毛鬼の集落ができる程の広さがある事、迷宮に消えた白狗毛鬼の出没地点に近い事などが、この場所を選んだ理由でもある。
日頃、冒険者らの多くが通過する場所であるのも大きい。
当然、設営作業を冒険者が警戒、警護に当たる。
石の配置が決まったら、魔工術師らが、それを巨大な魔道具として調整に入る。
石は、高さ30cm程の低い石垣を円形に積み上げたような形になった。
直径は30m強。
出入り口は、対角線上に2つ作ってある。
この円形の石垣の内側が拠点となるのだ。
ここまでで、更に3週間程が過ぎたが、まだ完成では無い。
その次の対処が、最も困難な作業であり、魔獣との戦いも厳しさを増すと予想されているのだ。
最後の仕上げとも言えるのは、組まれ巨大魔道具と化した拠点に魔法陣を敷き、完璧な安全地帯とする作業だ。
この作業を行うのは、魔工術師らとは別の魔術師だ。
それも、魔法陣の作成に長けた魔術師である。
それを担当する魔術師を誰にするかで、鉱石集めの段階から論議がされていた。
いや、話し合う必要など無いだろう。
魔法陣に詳しい魔術師と言えば、適任者がいる。
アグラム伯爵直々の命令が出る。
「ナルルガ、君は、ケリナ魔法学院で、魔法陣の事も習ったそうだね?」
ナルルガ「はい、先日に修得し終えております。」
「では、拠点設営の仕上げを、君に頼んでも良いだろうか?」
ナルルガ「今回の魔法陣は、また特殊な物ですが、適切な資料と他の魔術師らの協力があれば可能と思います。」
「よし、君が中心になり、思うようにやるが良い。責任は、私が持つ。」
ナルルガ「お任せください。」
「イルネとフォドも、ナルルガを支えてやれ。」
イルネ「はっ、お任せください。」
フォド「拝命しました。」
ナルルガは、いつも以上に気合いが入っているように見えた。
最後の魔法陣を敷く作業の主任は、ナルルガに命じられた。
そして、この魔法陣を作る過程が、魔獣を呼び込む可能性が高いのだ。
ナルルガら魔術師を魔獣から守り抜くのが、次の自分達の役割でもある。
自分達、冒険者らが、ナルルガを含めた魔術師らを護衛して設営場所へと向かう。
魔法陣を敷く時間は、1日程は掛かるそうだ。
その間、冒険者らは作業を妨害しに来る魔獣らを退ける必要がある。
1日も時間が掛かるので、作業する魔術師も警護の冒険者らも、途中で交代する事になっている。
だが、魔法陣の責任者となったナルルガは、常時、その作業を関わる事となっていた。
当然、自分達も仲間にずっと付き合うつもりでいる。
作業の前日は、休養し、睡眠も食事も充分に摂ったナルルガ。
ナルルガ「よし、行くわよ。」
気合いも充分である。
まずは、迷宮へ入ると、設営場所を目指す。
現場を他の冒険者らが警護しているはずで、彼らと交代する事となっている。
魔法陣を敷く魔術師は、ナルルガを含めて8名。
それを30人程の冒険者らが、警護する。
途中まで作業が進行した段階で、魔術師と冒険者らを2回交代を行う予定だ。
念の為に、予備の交代要員も待機させている。
今まで迷宮内に築けなかった、大きな一歩を踏み込む最終段階へと突入した。
敷かれた魔鉱石の大きな輪の周囲に、ナルルガを含めた8人の魔術師らが、均等な位置へ立った。
その更に外周を、冒険者が見守る。
大きく深呼吸をするナルルガ。
ナルルガ「では、皆さん、準備はいい?」
7人の魔術師らも準備は良いようで、返事が返る。
ナルルガ「では、参ります。」
ナルルガが頭上に一度、彼女の杖を上げてから、胸の前方に突き出し、呪文の詠唱を始めた。
低く、ゆっくりと始まったその呪文は、彼女の普段の可愛らしい声とは違い、どこか厳かな印象を抱く響きだった。
迷宮内の空気が、彼女らに集まって行くような気がした。
そして、彼女ら魔術師の周囲をゆっくりと回り始めた。
8人の魔術師の詠唱は続く。
変化は、まだ空気の流れしか感じない。
だが、その他にも変わった事が起き始めた。
迷宮のどこか奥の方で、声がする。
いや、鳴き声や咆哮のようだ。
遥か遠く、聞こえるか聞こえないかの小さな物だ。
だが、それが次には少しばかり近い場所から、もっと大きな鳴き声が聞こえた。
その数が、増えて行く。
その声が右から、左から、また奥から、そして手前から。
鳴き方も声の質も様々だ。
その種類も、数種、いや十数種も聞こえ始めた。
魔獣の発する鳴き声に違いない。
魔法陣の呪文を唱える前に、ナルルガは言っていた。
ナルルガ「この魔法陣は退魔陣の一種で、魔獣らが嫌って寄せ付けない効果があるの。でも、それを作る時に、魔獣らには不快な魔力を発散する事になるわ。それで、この不快な物を妨害しようと、連中は襲い掛かって来るはず。その数も、半端な物では無いと思うわ。」
鳴き声は、魔獣らが苦痛を感じての物だろう。
これから、1日の間、その苦痛から逃れる為に来る魔獣から、ナルルガらを守り抜くのが、今の自分達の役割である。
呪文を唱え始めてから、15分程経っただろうか?
マレイナ「来た。奥から何かが。」
マレイナが探知した方向へ、半弓を構える。
他の冒険者らも、臨戦態勢を取る。
微かに響いて来た、何かが駆けて来る音。
視界の中に、人型の何かの姿が見えた。
最初に現れたのは、4匹の一角鬼であった。
冒険者らから、矢や呪文が飛び、一瞬で倒れる一角鬼ら。
長い一日が始まったようだ。