第74話「黒の魔人」
黒い魔族とバロの魔犬に、囲まれてしまっている。
魔犬を呼び出した魔族は、何やら手を動かしているが、それが魔犬への指示なのだろうか?
唸り声を上げながら、10匹の魔犬達が自分達に近付いて来る。
光の円陣に触れたのだろうか?
少し躊躇う魔犬達。
だが、それは最初の一歩だけのようで、また進んで来る。
馬上から、光の尖槍の呪文を魔犬に放つと、それを喰らった奴が吹き飛んだ。
だが、一撃では倒せないようで、再び起き上がると距離を詰めて来る。
魔犬にも光属性の魔法は有効のようだが、効き目が弱いようだ。
先日の赤の魔人程に、効いているようには見えない。
ならばと、ナルルガは、火炎矢を何発も連続で唱え、魔犬へと叩き付けて行く。
炎の矢が、1つ2つと、1匹の魔犬を捉えた。
そして、3つ4つと更に当たり続ける。
流石の魔犬も炎に包まれ、息絶えたようだ。
更に、ナルルガは、今度は黒い玉を生み出すと、それを3発程、別の魔犬へとぶち当てて行く。
これは、闇属性の魔術のようだが、それも魔犬には有効らしい。
2匹目の魔犬も、呪文によって倒された。
けれど、それで怯む魔犬ではない。
仲間が呪文に倒れても、戦意を失わない。
囲む数匹が、こちらへ飛び掛かって来る。
それを武器で撃退する。
イルネがまず1匹を長剣で両断。
キオウの槍も1匹を捉え、その横腹を貫いた。
自分も、魔犬の前脚を切断し、そこへ光の尖槍を叩き込み仕留める。
残りは、5匹と黒い魔族のみだ。
魔犬の唸りが、馬達を動揺させている。
馬を制御するのにも気を使う。
武器を振るうよりも、今は呪文に頼るべきかもしれない。
自分も、火炎矢を魔犬に放つ。
その幾つかは外れたが、仲間らと共に魔犬を呪文で追い詰める。
魔法学院での研修は、無駄では無い。
ナルルガも、火炎鞭を使い始め、炎の鞭を伸ばし魔犬を打ち付けて行く。
それらの攻撃で、更に魔犬の数が減って行く。
やがて、10匹の魔犬を全滅させた。
その様子を見ていた黒い魔族は、不服のようだ。
だが、すっと高度を上げたと思うと、ケシュリの村とは別の方向へと飛び去って行く。
その背に光の尖槍を何発も放つが、器用に左右に避けながら、やがて黒い魔族は視界から消えた。
折角、見付けた奴を取り逃がしてしまう。
日も暮れて来た。
今夜は、ケシュリの村の村に泊まろう。
翌日、起きると、一番近くにある冒険者ギルドのある町へと向かった。
そうなると、向かうは、バロの町であった。
ケシュリの村で、見た事の無い魔族に遭遇した事。
その魔族が、バロの魔犬を呼び出した事などをギルドに報告した。
魔犬が、魔族と関りがある事は間違い無い。
以前、この町に出現したのも、自分の故郷ニナサの村に魔犬が出たのも魔族が関わったと考えても良いだろう。
その情報は、ギルドを通して、各地へと広がって行く事となるだろう。
今回遭遇した魔族は、「黒の魔人」と命名された。
オレ達は、また地図を開くと、次の行先を予測する。
次の場所は、今回もマレイナとイルネの勘に従い、また馬を走らせる。
今度こそ、黒の魔人を倒す。
そんな決意を固めていた。
やや、馬を急がせ、とある町の方向へと向かう。
午後には、そこに到着するであろう。
今回も、魔人の出現にマレイナは自信があるようだが、その根拠は不明だ。
イルネも、何故思うかは女の勘だというが、その当たる確率はどの程度なのだろうか?
自分やキオウには解らないので、互いに顔を見合わせて肩をすくませるだけである。
町へは着いたが、魔族の影は無い。
これは、外したかと思ったが、ギルドへと向かう。
ギルドで聞くが、今日は魔族と遭遇したという情報は無いようだ。
念の為、ここのギルドにも、黒の魔人と魔犬の事を報告しておく。
折角、ここまで来たのでギルドに馬を預け、町の周囲を探索する事とする。
マレイナらの勘が、今回も当たってくれると良いのだが。
1時間程、町の周囲を回り、近くの街道や畑などの見回りをする。
人々の往来や、畑仕事をする人など、町の日常を眺めるだけであった。
もうそろそろ、日が傾くであろうと思っていると、ぽつんと空に黒い点が見えた。
その点を見詰めていると、徐々に近付いて来るようで、それが視界の中で大きくなって来た。
羽ばたきながらやって来る物、その羽根も手足も次第にはっきりと見えて来た。
黒の魔人との再会である。
奴の出現に、マレイナは少々はしゃいでいる。
イルネは涼しい顔で「ほらね」と一言。
2人の女の勘には、脱帽である。
昨日と同じく、光魔法の保護、強化を行い、奴が更に向かって来るのを待つ。
周囲にまだ残っている町人には声を掛け、町へ退避もさせた。
町へ奴が向かっているのは間違い無いだろう。
それを街道上で待つ。
武器を構えると、呪文を唱える準備もする。
勿論、武器に光属性を付与する事も忘れない。
先制は、光の尖槍である。
皆で、呪文を放つと、奴もこちらを意識したようだ。
すっと、空中を近付くと、こちらの前方30m程の地面に降り立った。
今回は、地上に降りて戦うつもりか?
奴の口が、またしても忙しく動き始めた。
奴の左右に、また黒い煙が立ち込め始める。
また、魔犬を呼び出すのか?
だが、今回の煙は、別の形へと固まり始めた。
どこか、奴に似た形状へと変わって行く。
その煙が、小魔人へと形を整えた。
こいつ、他の魔族も呼び出せるのか?
黒の魔人の口が止まった。
3匹の魔族が、歩いて来る。
そこへ、光の尖槍を放つ。
向こうも、黒い呪文を幾つも放って来る。
黒い稲光、黒い半円の刃。
こちらは、光の円陣などで守っているが、あちらには防ぐ手は無い。
だが、そう簡単には倒れてくれはしないようだ。
奴らが、光の円陣の外縁まで近付いたが、それから先に踏み込んで来る様子は無い。
ならば、こちらから切り込んでやる。
イルネとマレイナが、黒の魔人へと踊り掛かる。
キオウと自分は、それぞれ小魔人に切り付けた。
黒の魔人は、武器らしき物を持ってはいない。
だが、その指が伸び始めている。
両手の指が、丁度、長剣の刃程の長さに真っすぐ伸びたかと思えば、イルネとマレイナの剣をその指が防いだ。
伸びた指が剣の代わりになっているようだ。
しかも、その腕が関節が無いのかぐにゃぐにゃ曲がりながら、イルネらと鍔税り合いを繰り広げている。
魔族は、その戦い方も予想が付かないようだ。
だが、小魔人にはそのような芸当は無いようである。
武器と言えば、その手の長い爪だけである。
それ以外に、口から闇属性の矢のような物をたまに吐き出す。
黒い矢は連射はできないようだが、至近距離から吐き出されると避けるのが難しい。
故に、こいつの口の動きにも注意する。
大きく口を開けたタイミングが、矢を吐き出す時だ。
矢を警戒しつつも、小魔人を追い込んで行く。
こちらの光属性を付与した剣の攻撃は、相当に辛いようで、剣が当たる度に奴が叫ぶ。
そこを畳み掛けて切り付ける。
剣を受ける奴の爪の動きが鈍ったところへ、強打を胴体に叩き込む。
苦悶の声を上げると、小魔人は崩れるように地に伏した。
キオウも小魔人へと止めを刺している。
後は、黒の魔人だけである。
黒の魔人の腕を自在に曲げて繰り出す腕の攻撃は続いている。
流石のイルネもマレイナも攻め切れないようである。
そこへ、自分とキオウも加勢し、奴を追い込む。
黒の魔人の腕の動きの速度が上がる。
だが、それでも4人からの斬撃は防ぎきれないようだ。
やがて、奴の体へこちらの攻撃が当たり始める。
魔人も、少しづつ後退し始めている。
それを更に追い詰める。
不利を悟ったか、奴が地面を蹴るような動作をしたかと思えば、飛び上がる。
そこへ、光の帯が奴へ伸び、その右足を捉えた。
ナルルガが、光輝鞭の呪文を唱え、奴を捕捉したのだ。
だが、黒の魔人は、ナルルガさえも空中へと運び去ろうとする。
慌てて自分とキオウがナルルガの体を抑え込む。
3人を引き連れたままで空へ逃げる事はできない。
そこをイルネらが光の尖槍を連続して発し、奴を滅多打ちにする。
その攻撃は利いたようで、奴も地面へと墜落する。
そこへ全員で呪文を叩き付けた。
ナルルガが、もう1本光輝鞭を奴の胴体へと巻き付けると、そのまま締め上げて行く。
黒の魔人の口が最大限に開いているようだ。
これは、こいつの苦悶の表情だろうか。
がくりと、奴の首が落ちた。
そこをイルネの長剣が首へと刺さり切断した。
崩れ落ちた魔人。
これで終ったのか?
魔人らの地面に転がる骸を無言で眺めていた。
と、いきなり足に痛みが走る。
振り向くと、ナルルガがいた。
横ではキオウも、足の痛みを訴える。
「触った!」
ナルルガは、先程、自分とキオウが体を抑え込んだのが不満らしい。
いや、咄嗟にやったけど、あのまま何もしなかったら、ナルルガは連れ去られただろうに。
また、蹴りを喰らった。
はいはい。申し訳ありませんでした。