第73話「魔族を追って」
魔族の行方が解らない。
地図を広げて出没した場所を見ても、今の所、その出現に法則は無いように思える。
奴を追うのではなく、奴の行先を予想して先回りするしかない。
他にも、魔族を追うパーティーはあるようだから、彼らとの競争だ。
ここまで来たからには、自分達で討伐したいという気持ちもある。
やがて、魔族の目撃情報を追って、ある地域へと着いた。
その周囲の町村のどこかに、次に現れるかもしれない。
地図を眺めていると、見覚えのある町名がある。
バロの町だ。
これは、何かの予兆かと思い、バロの町へと向かう事とした。
バロの町、極ありふれた町である。
町の規模は中くらい。
周囲は、畑と牧草地。
町の中には、ギルドも様々な店もあるが、特に変わった物も無い。
普通の町としか、表現ができない所である。
そう表現するのは、失礼かもしれないが、他に言いようが無いのだ。
肝心の魔族はと言えば、まだここには現れてはいないようだ。
折角来たのだから、ギルドに向かい話を聞く。
受付嬢に話を聞いたが、魔族の噂を聞いてはいるが、ここには現れてはいないそうだ。
空振りになってしまったようなので、バロの魔犬について聞いてみた。
それは、今から5年程前の話だそうだ。
始まりは、町の周辺で町人が襲われた事であった。
日が傾き始め、周囲の森や畑から帰る途中の町人が襲われ、また街道を行き来する人も襲われ始めた。
人々は警戒し、余り遅い時間に少人数では出歩かないようにしていたらしい。
すると、昼間に家畜が襲われるようになる。
最初は、狼か何かと思えたが、どうも違うらしいとの事で、ギルドに討伐の依頼が出されたそうだ。
だが、幾度か冒険者らが討伐しても、数が減らない。
最初は数匹かと思われていたが、討伐数は20を越えたそうだ。
それが、始まりと同じく、終わりもぴたりと被害が止んだのだとか。
それ以降、バロの町の周辺に魔犬の目撃は無い。
突然現れ、また消える。
それは自分の体験とも同じだ。
けれど、ニナサの村には二度出現した。
ここでも、またあいつが来る事もあるのではないのか?
バロの町では、魔犬を何物かが呼び寄せたのではという噂もあるらしい。
魔犬を呼び寄せる事が、できるのだろうか?
それは、ハルム王国での一角鬼と同じ方法でなのか?
5年前の事。
そう言えば、自分や両親が襲われたのも、同じ時期なのでは?
魔犬の話が聞けたのは良いが、それでも奴らの正体も解らない。
そして、今、追い掛けている魔族の事も。
この日は、バロの町に泊まる事にした。
宿を取り、出発は明日にする。
このところ、魔族を追うだけで、他の依頼は受けていない。
拠点を魔族討伐で依頼を受けたヒルドイの町のままにしてあるので、他では新しい依頼を受けられないのだ。
出費ばかりで、今回は痛い遠征である。
翌日、昼頃にバロの町を出る。
この辺りで、まだ魔族の目撃の無い町村へと向かう事とする。
どこに進むかは、もう勘だけである。
皆にどこが良いのか聞いてみるが、意見が割れた。
いや、マレイナとイルネの2人が、同じ村を指示した。
もう、これは勘でしかない。
その村に試しに向かってみよう。
何故に彼女らが、その村を選んだのか、道中の雑談で聞いてみた。
マレイナには確信が何故かあるようで、「絶対、ここだよ」と言い張る。
イルネは、「何か、感じる」とあやふやな事を言う。
ここは、2人の占い師の話に乗る事としよう。
その他に、手掛かりは無いのだ。
その村、ケシュリの村に近付いたのは、丁度、奴らが活動する夕方頃であった。
日が傾き、空を赤く染めている。
鳥たちが、数羽、巣に帰るのか飛んで行く。
村の形がはっきりと見え始めた頃に、空に鳥とは別の姿が浮かんでいた。
鳥の飛び方とは違う、大きな物が。
そいつを追い、馬を急がせる。
それは、間違い無く村へと向かっているのだ。
そいつに追い付いた時、それは村の様子を上空から伺っているようだった。
黒い体に黒い羽根。
小魔人に、似ては見える。
「ほら、いたでしょ?」マレイナは得意げに相手を指差す。
イルネは、微笑んでいるだけだ。
全員で各種呪文を発動し、対魔族戦の準備を始める。
そして、馬上から一斉に光の尖槍を放つ。
これらの呪文も、新たにケリナ魔法学院で編み出した、新呪文だ。
不意を付けたのか、数発の尖槍が奴に当たった。
それなりのダメージはあったはずだが、奴を地面に叩き落とすまでは行かなかったようだ。
奴が、こちらに方向を変え、ゆっくりと空中を近付いて来る。
距離が縮まり、相手が少しづつ観察できる。
大きさは人間と差ほどに変わりはないようだ。
羽根が生えていて、全身が黒く、頭には、昆虫の触覚のような物が2本突き出ている。
黒い顔に、目などは見当たらない。
だが、その口だけが顔の部分の半分から下、全体に広がっている。
今まで見た魔族とは、また違うタイプの奴のようだ。
その大きな口が何か言っている。
言葉の意味は解らない。
いや、これは呪文を唱えているのか? それとも、これが奴らの言葉なのか?
奴の体の周囲に、半円形の体の大きさくらいの黒い何かが幾つも発生する。
それが回転しながら、複数、こちらへと向かって来る。
これも、闇属性の呪文か?
奴の黒い半円を光の円陣と光の御符が無力化したが、まともに受けていればどんな被害になる事やら。
奴が、更に近付いて来る。
その口がまた動いている。
今度は、自分達の周囲に無数の黒い稲光のような物が降り注ぐ。
それも、こちらの光の呪文が防ぎきる。
呪文が効かない事が、奴にも不思議に思えるらしい。
何度も、こちらを伺うように頭を向けているようだ。
使う呪文も、また違う。
赤の魔人よりも、強力な相手なのだろうか?
今の段階では、奴の呪文をこちらは防いではいるが。
すると、今度は、こちらに右腕を差し出すような仕草を始めた。
掌をこちらに向けるように。
いや、丁度、光の円陣の外側の地面に手を向けているようだ。
その向けられた地面に、黒い小さな円ができている。
直径は、20cm程の円だ。
小さな円ができると、奴は少しかざす手の方向を変えて行く。
そして、その黒い円が自分達の周囲を囲むように次々に作られている。
(何だ? また、別の呪文か?)
黒い円の数は、10個、それがこちらの展開した光の円陣を取り囲むように出現した。
奴の大きな口が慌ただしく動き、何やら唸り声のような物が聞こえてくる。
「グギャラ、・・・、ソ、クティム、・・・、コンコロン・・・」
そんなように聞こえるが、所々は聞き取れない。
ナルルガも、それが呪文なのか解らないようだ。
未知の呪文に、彼女の顔も緊張しているように見える。
やがて、地面の黒い円から、黒い煙のような物が湧き出して来る。
いよいよ、呪文が発動か?
そして、煙を出しながら、少しづつ、その円が大きく膨らんで行く。
黒い奴の呪文のような唸り声も止まらない。
やがて、その円が1m程の大きさに成長した。
発する煙が、地面に集まり、何かの形へと変わり始めた。
黒い体を持った何かに。
形が固まりつつあり、何か動物のような物が生み出されているようだ。
そして、その黒い体の正面、顔の位置に何か別の物が見え始めた。
赤い光。
それが、2つ見える。
それは、この新たに生み出された物の目に見える。
黒い体に、2つの赤い目。
その体は、犬か狼のように見える。
煙が、どんどんと、その獣のような体へと変化して行く。
赤い目以外にも、犬に似た頭、4本の足、尾も形へと変わる。
こいつを自分は何度も見た事がある。
それは、仲間ら共、出会った事もあった。
背中に汗をかく感覚が生じる。
そう、今、自分達の周囲に、再び会いたくも無い相手、バロの魔犬が10匹出現した。
黒い奴の唸り声が止んだ。
投稿、1ヵ月が過ぎました。
初期に書いた部分が、自分でも気になる所が幾つもあります。
今、改訂版を書いていますので、順次、変えて行く予定です。
話の流れ自体は、それ程に変わらないと思います。