第72話「懐かしき故郷」
翌日も、村の周囲を探ったが、赤の魔人と接する事はない。
その次の日は、最寄りの町へ戻り、ギルドで情報集めをする。
だが、こちらでも、赤の魔人の情報は途絶えた。
念の為に、もう1日、この町で時間を潰し周囲を警戒したが、問題は無さそうだ。
その頃には、雷光の戦乙女や騎士らが魔族を倒したという噂が周囲に広がり始めた。
イルネの綽名は、ここら辺でも知られているらしい。
魔人らは倒したと判断し、ハノガナの街へと向かう事とした。
ああ、ハノガナの街の城壁を目にすると、何か安心した。
城門を潜り抜けると、そのままアグラム伯爵の城館を目指す。
馬丁に馬を預け、伯爵の執務室へと向かった。
部屋に入り、しばらくすると、伯爵が入って来た。
伯爵と会うのも数ヵ月振りになる。
「今回も、いろいろと活躍したそうだな。帰り道での事も、こちらに噂が届いているぞ。雷光の戦乙女が魔王を討伐したというのは、こちらも少々違うと思うがな。」
そこまで噂に尾ヒレが付いている事が驚きだ。
今回の旅の報告が、長々と続いた。
ハルム王国での再び起きた動く遺体の発生、その後に続いた一角鬼の集団、そして、フードを被った武装集団の事。
遺体と一角鬼の件も、同一の相手が引き起こしたのは、間違いないだろう。
その後ろで動くのは、その武装集団であるのも疑いの余地もない。
だが、彼らは、何を意図しているかまだ見えて来ない。
一時期、妙な動きの見えた、西方の無国籍地帯での動きは途絶えたままらしい。
今、動いているのは、遥か東方、しかもそれは国境の外側である。
それらと、先日の赤の魔人の出現も関わりがあるのか?
そことのつながりは、現時点では、まだ見えていない。
しばらくは、東の方に注意すべきなのかと。
幸い、今回の旅で、ハルム王国内にフランというつながりができたのは大きい。
彼女とは、文を交換する事を約束してある。
それは、当人の希望もあり、マレイナが行う事になっている。
数日は、伯爵の城館へ話し合いの為に通う事となり、今日は帰された。
久し振りに、我が家である借家へと戻る。
ああ、掃除やら何やらする事はあるが、皆、無事に戻れた事が嬉しい。
翌日から、家から城館へ向かう日々が続く。
それが済んだのは、旅から戻って1週間程が経過していた。
1日中、城館にいたのではないので、自宅の掃除やら薬草園の手入れなどもできていた。
伯爵からも、しばらくは自由にしていろとの事なので、ギルドへと向かう。
ギルドでは、多少の冒険者の入れ替わりはあるが、相変わらずなようだ。
ハノガナの街に戻ったからには、やはり迷宮へと向かう。
迷宮で、魔獣と戦い、新たな地域へ足を踏み込み、遺物を探し求める。
それが、この街での冒険者のありふれた日常でもある。
1ヵ月も過ぎた頃、1通の文が届き、また伯爵に呼ばれた。
文は、フランからである。
その後も、周辺での捜索を続けているそうだ。
武装集団も鳴りを潜めており、あの一角鬼の集団も姿を見せないという。
今は、平穏そのものだそうだ。
伯爵から呼び出されたのは、ケリナ魔法学院からの報せで、呪文の強化ができたので、その新しい呪文を報せてくれた。
しばらく、何の変化も無いかと思っていたが、妙な噂が聞こえて来た。
それはギルド内での事であった。
何でも、国内各地で魔族の目撃数が増えているのだとか。
アデレード地方では、この前の赤の魔人以降は魔族の噂は絶えていたのだが、周囲の地方で魔族騒動が何件も起きているようだ。
魔族の出現など、数年に一度起きる程度のはずだが、何が起きているのだろうか?
そんな疑問を感じていると、伯爵からの呼び出しが掛かる。
何かと思えば、魔族の話だ。
伯爵の知り合いの治める地方でも、魔族は出没しているらしい。
その討伐を今回は命じられる。
伯爵に馬を借りると、自分達6人は、国内ではあるがまた旅に出る。
まず、目指すは、東隣のラバン地方である。
ラバン地方の各所で、魔族の被害が出始めているらしい。
その調査と討伐を伯爵から、命じられている。
ラバン地方、そこに自分が行くのは初めての事ではあるが、マレイナとイルネは行った事もあるそうだ。
そして、ラバン地方には、忘れられない町がある。
それは、この地方にある小さな町なのだが、名前はバロの町と言う。
そう、かつてバロの魔犬が現れたという町だ。
バロの町に魔犬が出たのは、もう何年か前のはずだ。
当時、現地の冒険者らによって全滅させたという話ではある。
だが、その生き残りはいないのだろうか?
場合によっては、そのバロの町にも寄ってみよう。
まずは、ラバン地方の中心都市、ゲイナの街を目指している。
ハノガナの街からは、馬で6日の距離である。
ゲイナの街のギルドで情報を集め、その後の方針を決める予定である。
道中の町村の飯屋にいても、魔族の噂を耳にする。
周囲の卓からも、魔族の噂話が聞こえて来るのだ。
だが、噂程度で、どこで何が起きたのかなどの具体的な話は聞こえて来ない。
ほとんどが、興味本位で珍しい話題を口にしている範囲で終っている。
普通は、魔族などはその程度の関わりしか持たないのである。
やがて、ゲイナの街へと到着した。
ここの街は、この地方の中心となっており、領主の城館もここにある。
いろいろと、街の中を見て歩きたい気持ちもあるが、今は優先すべき事がある。
ギルドに向かい、登録を済ませると魔族の情報を求める。
すると、ここから北に向かったヒルドイの町で、魔族の目撃が多いという話を聞く。
次は、その町へと向かう事にした。
今回は移動ばかりが多いが、2日後にヒルドイの町に着いた。
この町のギルドに向かい、魔族の事を尋ねると、討伐依頼が出ていた。
数日前、町の郊外で家畜を連れた町人が、魔族らしき物に襲われたらしい。
その魔族の討伐が、出されたばかりだと言う。
登録を済ませると、その依頼を受けて自分達は町人が襲われた場所へと向かった。
現場に行っても、魔族に会える訳ではない。
その周囲を探る。
ここらの地形なども、頭に入れておかなければ活動するのも難しい。
何日掛かるのかは解らないが、しばらくはここを拠点に魔族を探すしかない。
魔族の目撃はあるが、その正体はよく解らない。
また、羽根のある奴のようだが、その他は黒っぽい姿を見たという話しか聞こえて来ない。襲われた町人から話を直接に聞ければ良いのだが、既に彼はこの世にはいないのだ。
町の周囲を一回りした。
本格的な活動は、明日からにしよう。
だが、今回の判断は間違っていたようだ。
ヒルドイの町を中心に周囲を警戒して回ってみたが、魔族の痕跡は途絶えた。
町人や、街道を行く様々な人に声を掛け、魔族の話を聞いたが何も新たな情報が入って来ない。
その内、少しばかり離れた町村で、それらしき魔族を見たという声が聞こえて来る。
その噂を追って、自分達はその町や村に向かうのだが、そこに着くとまたもや姿が無い。ラバン地方のそれなりの範囲をうろついているのだろうか?
噂を聞いては、追い掛けるを数日繰り返していた。
しかも、それは時に行って、時に引き返す事となる。
相手の動きが全く読めない日々が続いた。
そんなある日、魔族を他の冒険者が倒したと言う話を聞いた。
その町へ行き倒した魔族の話を聞くと、相手は小魔人らしい。
今まで、騒動を起こしていたのは、そいつが原因だったのか?
けれど、魔族出没の噂はそれで終わりではなかった。
他にも魔族の目撃情報が続き、被害も少しづつ増えつつあった。
討伐の依頼者らからは、各ギルドへの不満も伝えられてもいるようだ。
対処を急がねばならない。