第71話「赤い魔族」
赤の魔人、魔法にも武技にも長けた魔族である。
奴は、こちらに近付きながらも、呪文を放って来る。
黒い光を発しながら、槍のような呪文が幾つも飛んで来る。
だが、光の円陣が、その全てを無力化している。
各自、光の御符の呪文を使っているので、奴が使う闇属性の呪文の威力もかなり軽減できるはずだ。
奴は、勝手が違う自分達との戦い方を迷っているようだが、意を決めたか地上へと降りて来た。
こいつが握る得物は、槍だ。
大型の槍で、突きでも切り裂く事にも適した穂先が付いている。
こちらは、武器にも光属性の魔法を込めて戦う。
奴の槍捌きは、なかなかに手強い。
けれど、数々の闇魔法対策をして当たれば、ただの怪力の魔獣と変わらない。
それでも、牛頭巨人くらいの体力はあるので油断はしない。
だが、そんな程度の相手では、イルネと戦うのは難しいようだ。
イルネが奴の槍を剣で弾くと、そのまま切り込んで行く。
まずは、右腕を肘の辺りで断ち切ると、その胴へも切り込んで行く。
攻撃を避けようと飛び上がりかかったが、そこへ光の尖槍の呪文を叩き込む。
堪らず苦悶の表情を浮かべる奴に、全員で光の尖槍を放つ。
6人全員が呪文を放つのだから、避けようも無い。
ついに、奴は動きを止めた。
周囲を警戒しつつ、宿を取った村へと引き返す。
その後、村の周辺を警戒していたが、日が暮れて視界が悪くなったので宿へと引き上げる。
まずは、1匹倒したが、他に何匹いるのであろうか?
数日は、周囲の警戒を続けるのが良いだろう。
翌朝、遅めの朝飯を宿の食堂で食べていると、村長が挨拶に来てくれた。
昨日、赤の魔人を1匹倒した事が、宿の主人の口から伝わっていたらしい。
まあ、こちらとしては、ただついでの仕事で倒しただけなのだが。
それでも、感謝されるのは悪くない。
数日は、ここを拠点に警戒を続ける事を伝えておいた。
夕方までは、暇なので、村の中でゆっくりする。
そして、日が傾き始めたので、再び周囲の警戒を始める。
だが、この日は空振りであった。
村の周囲を見張り、更には昨日、赤の魔人と遭遇した辺りまで足を延ばしたが、姿は見えない。
村に戻って、村人らに話を聞いてみたが、目撃した者もいない。
このような小さな村では、ギルドも無いので情報も集まって来ないので手掛かりが無いのだ。
そうこうするうちに、日も暮れたので宿へと戻る。
あとは、また明日だな。
翌日、昼頃に村を出発した。
今回は、2日前に遭遇した辺りへ向かい、奴が飛んで来たと思しき場所を探る。
ただ、そこは森の中で、視界が余り良くない。
奴が飛んでいるのを見落とさないか、心配はある。
森も、特に異変は感じない。
姿を見せはしないが、獣らが生息している痕跡もある。
至って普通の森としか言いようが無い。
やがて、森が途切れると、岩山が見えて来た。
高さは、それ程にある訳ではない。
150m程のごつごつとした岩山が、森の外れにあった。
どこかに洞窟や、何かの建物が無いのか探ってみるが、それらしき物は見当たらない。
だが、それでも念の為に、岩山を登ってみる。
多少の低木や草は生えているが、岩肌が剥き出しの山である。
岩を足がかりにし、腕で掴み、多少の苦労はあったが、頂上付近に到達できた。
岩山からの眺めは良い。
森の周囲が見渡せ、出発して来た村も小さく見えた。
村の方角を見ていた時であった。
何かが空中にある。
そいつは、羽ばたきながら村の方角に飛んでいるようだ。
その数は、2つ。
もしかして、奴か?
赤の魔人らしき物が2匹、村の方角に飛んでいるようだ。
今から駆け付けても、間に合うかは解らない。
だが、急いで岩山を下ると、村へ向かう。
間に合えば良いのだが。
戦闘を想定して、馬を村に置いて来た事を後悔しても、今更遅い。
奴に遭遇して、呪文を多用されては、幾ら防御方法があっても馬までは庇うのは難しいのだ。
できるだけ、速度を上げ、森の中を抜けて行く。
だが、急いでも30分以上は掛かるであろう。
被害が最小限である事を願うのみである。
やっと、村に着いたが、火が上がっている。
村へと飛び込むようにして入ると、中は混乱している。
何軒かの家屋が燃えている。
村人達は、必死に消火している。
奴の姿を探すが、見当たらない。
村人の話では、既に去ったようだ。
それを追おうと思うが、どこに去ったのかは解らない。
宿へ向かうと、馬屋から馬を引き出した。
ここが無事だったのは、幸いである。
馬に跨がると、周囲の警戒を始める。
まずは、近くの町へ向かう街道を進む事とした。
街道上に、馬車があった。
無人の馬車が止まっているのだ。
馬車を見ると、死体がある。
馬も人も、何物かに襲われたのであろう。
更に、その先を進む。
すると、街道の横から呪文がいきなり放たれる。
光の御符の呪文を掛けていなければ、大きな被害を受けたかもしれない。
街道横から、赤い何かが出現した。
赤の魔人だ。
それも、2匹。
こちらも、光の尖槍で、応戦を始める。
互いに呪文を放ち合うが、こちらは御符の力で、相手の呪文の威力を半減以下に抑えられる。
ダメージは、あちらの方が大きいはずだ。
呪文の攻撃を諦めたか、距離を詰めて来る赤の魔人達。
その手には、大剣と槍が握られている。
槍を持つ赤の魔人と打ち合うイルネ。
大剣の赤の魔人には、自分とキオウで立ち向かう。
あとは、武器の腕の差だけの勝負だ。
ナルルガとフォドが、自分達へ魔法の力を次々と付与して行く。
時間が経つ程に、こちらの保護の力も増す。
更には、周囲に光の円陣の呪文を掛けると、それだけで赤の魔人も苦しそうにしている。
奴らも逃げ出そうとするが、それを許さない。
飛び立つ素振りを見せれば、手に空いた者が光の尖槍を容赦なく放つ。
やがて、イルネの剣が赤の魔人を切り裂く。
こちらも、キオウの槍の一突きを受けたところを、自分の剣が薙いだ。
終れば、一方的な戦いであった。
対処法もあれば、魔族も多少手強い魔獣でしかない。
村へと駒を返した。
村の消火は終っていた。
村長には、赤の魔人を2匹倒した事、街道の途中で被害を受けた馬車が放置されている事を伝えた。
これで、全ての赤の魔人を討伐し終ったのだろうか?
もう数日は、様子を見る事としよう。