第63話「ハルム王国」
ラッカムラン王国とハルム王国の国境は、この辺りでは河で隔てられている。
両国間を流れるカンダー川が国境線になっているのだ。
今は、カンダー川には橋が架かっているので、馬で渡る事もできる。
両国の交流が始まってから造られた橋である。
橋の手前でラッカムラン王国側の検問を受け、あちら側でハルム王国側の検問を受けた。
ここでも、出国はスムーズに行くが、入国の審査がやや長い。
それでも、咎められる事もなく、入国する事はできた。
川向うも、景色は差ほどに変わらず、国境を越えたイメージはほぼ無い。
馬を進めて行くと、ハルム王国の国境の街であるケダントの街が見えて来た。
ここも、城壁などの防御が物々しい。
だが、この街は一時期、ラッカムラン王国の領土であった時代もあったのだ。
それ故に、どこか対岸のカンダリアの街に似ているような気もする。
自分達は、ケダントの街の城門を潜った。
馬もいる事だし、まずは宿屋に向かい部屋を取る。
荷を部屋に運び込むと、この街の冒険者ギルドに向かった。
ここのギルドも規模が大きく、建物も立派だ。
だが、今の時間は冒険者らは、やや少ないようだ。
空いている室内を横切り、受付への向かう。
対応してくれたのは、獣人の女性だ。
そう言えば、街中も冒険者らも、獣人の数が多いように感じる。
街で擦れ違う人の内、半数程が獣人だった。
自分達の仲間にもマレイナがいるし、ハノガナの街にも多くの獣人がいるから余り気にもしていなかったが、一度気付くと獣人らの姿が目立つ。
獣人の比率は、ハルム王国の方が多いのかもしれない。
何となく、自分は獣人が好きな気がしているから、何の問題も無いが。
登録を行ったが、特に怪しまれる訳でもない。
まるで、ラッカムラン王国の隣町で申請した時と、何ら変わる事はない。
なので、動く遺体について聞いてみた。
受付嬢の反応も、それで変化が現れる事も無かった。
ただ、その時の様々な対応をここのギルドでも行ったので、愚痴のような話は聞かされた。
ここからも、冒険者を複数人、鎮圧の為に派遣したようだ。
だが、情報が錯綜する中、ここの街も襲われるのではという流言も飛び、彼女も不安な日々を過ごしたらしい。
最初に襲われた村は壊滅し、今は廃墟になっているそうだ。
詳しく知りたいならば、村の近くで対策の拠点になった、パシコの町に行けばいろいろ聞けるのではと教えてくれた。
こういう時には、フレンドリーな性格の多い獣人とは話し易い。
彼女には、礼を言って別れた。
後は、飯屋に立ち寄り、噂話に聞き耳を立てようという事になる。
少々、晩飯の時間には早いが、既に客が集まりつつある店を探す。
店の外からも中の賑やかさが解かる店を選び、飛び込んだ。
既に、半数近くの卓が埋まっているその店は、なかなかに繁盛しているようだった。
自分達も卓に付いた所、急に声を掛けられた。
「よう、珍しいなこんな所で。」
声のした方を向くと、そこには意外な人物がいた。
まさか、ここで彼に出会うとは、予想もしていなかった。
そこには、既に何杯か飲んで出来上がりつつある、マディオンの姿があったのだ。
マディオンが、ハノガナの街から姿を消し、1ヵ月以上は経過しているだろう。
どこに行ったのかと思っていたが、まさかここで出会うとは。
早速、動く遺体について、何か知らないか聞いてみた。
すると、動く遺体がアデレード地方の西側国境外で目撃されていた事も知っていた。
ただ、その件に関して、伯爵や自分達が関わっていた事は知らないようだ。
伯爵の事は伏せ、依頼でその辺りの調査をしている時に、遺体に自分達も遭遇した事だけは話した。
今回も、さる筋から、ギルド経由で噂を確かめに来たと説明しておく。
すると、マディオンは、札やそれを扱う連中の事はよく知らないが、そんな大それた事をやるような相手は限られていると言う。
それもそうだろう。
相手は、国家レベルになる可能性もあるから、気を付けろと逆に忠告された。
自分達も薄々感じてはいたが、この国で当てにする人物もいない。
これから先は、特に注意が必要となるであろう。
国家と太古の魔術が結び付いた相手とは、どんな連中なのだろうか?
マディオンの方は、方々を歩き回っている内に、ここに足が向いたらしい。
ここに来たのも、ただの偶然のようだ。
翌日、宿を引き払うと、ギルドの受付嬢に聞いたパシコの町へ向けて進む。
ここからは、馬で3日も掛ければ到着するであろう。
マディオンには、昨夜の飯屋以降は顔を合せてはいない。
途中の集落を経由しながら、パシコの町に到着した。
規模はそれ程に大きな町ではない。
だが、応急に作った障害物などが、今も町の周囲には残されている。
動く遺体との戦いの最前線だったのが、この町なのである。
宿に立ち寄り、この町のギルドに登録を済ませる。
飽くまでも、自分達は通りすがりの冒険者という事にしておく。
ダミーの為にも、しばらくは、ここを拠点に依頼を受けて様子見をするつもりである。
ここの受付嬢も、獣人だった。
そう言えば、宿の主人と女将もそうだった。
ここのギルドはそれ程に大きくないが、冒険者の中でも獣人が目立つ。
翌朝、宿からギルドへと向かう。
どんな依頼があるか聞いてみると、町周辺での魔獣の討伐などがあると言う。
ある程度、町の周囲を見て回れそうな依頼を選んでみる。
選んだのは、角狼の討伐である。
家畜などが襲われる事があるので依頼が出ていた。
手応えの無い相手ではあるが、町の周囲をいろいろと歩けると思いこれにした。
町から出ると、近場の森や林の境の辺りを進む。
町の周辺に、特に変わった所は無い。
町から出ると、畑が広がり、牧草地などがある。
放たれた家畜は、牛や羊が多い。
牧草地は柵に囲まれ、飼い主らも家畜を見守っている。
どこにでもある、普通の村の光景だ。
そして、町人らが薪などを採りに行く林が近場にある。
昼間ならば、そこに入り込む人もそれなりにいる。
自分が育ったニナサの村やオルタナの町と差ほどに変わらない風景だ。
動く遺体などという異質な存在などなければ、平和そのものであっただろう。
その騒動の痕跡も、町から離れると何も残ってはいない。
まばらな林の木々の密度が変わりかけた場所で、角狼の小集団に遭遇した。
それをマレイナとイルネの弓が撃ち抜く。
10頭に満たない程度の群れならば、彼女らに任せればあっという間に片付く。
そんな事を幾度か繰り返し、町の外縁をぐるりと回った。
日が傾き始める頃には14頭の角狼を狩っていた。
初日は、このくらいで戻ろう。
角狼の討伐の証の角をギルドに納品した。
その後は、飯屋に寄る。
ここらの店で食べられる物は、特に珍しい物は無い。
肉も野菜も普段から目にする物が多い。
ただ、味付けが違うのが、ラッカムラン王国とは若干違うようだ。
こちらの方が、やや辛みのある味が好まれるようである。
だが、別に口に合わない事はない。
これも、なかなかの美味である。