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第60話「抜かれた心」

結局、見付けた無面石むめんいしは、ギルドに納品した。

やはり、自分の都合だけで、貴重な遺物を手元に置いたままにするのは気が引ける。

今度、父母らの顔を見るのは、次に石を見付けた時まで待てば良いのだから。

次の無面石を迷宮で探す事、それを迷宮に向かう動機の1つと密かに決めた。


何となく、無面石に念を込めてから、ぼーっとする感覚がある。

何だか、頭の隅に隙間があるような、妙な感覚なのだ。

気のせいなのか?

それとも、迷宮内で寝泊まりした疲れが取り切れていないのだろうか?

しばらくは、少しばかり早めに寝床に入るようにした。


迷宮に潜る日々が続いた。

迷宮内で見付けた休憩場所で休み、その更に奥へ続く場所へと向かう。

徐々に、迷宮の深層を手探りながら探索場所を広げつつあった。

相変わらず、その辺りで遭遇する魔獣は手強い。

だが、その分、討伐した報酬も美味しいのだ。

貯蓄が増えて行く事が、その日暮しな冒険者の心を安定させる事にもつながる。

けれど、今まで以上に過酷な環境になっているのか、それとも迷宮の中では休養が完全ではないのか、どうもどこか調子がおかしい。

仲間らは、以前と変わらないようだが。

最近、夢を見なくなっているが、それはよくある事だろう。

その自分の変調を、仲間らは気付いていたようだが。


そんなある日、ギルドに納品をした後に、受付嬢のヘルガに声を掛けられる。

「サダさん、以前に納品して頂いた無面石の事で、お聞きしたいのですが。」

あれ? 何だろ?

「誰か、あの石を使った人がいますか?」

ああ、バレてしまったか。

「実は自分で使ってしまったのですが。」

「そうでしたか。でも、サダさんがお使いになったのですか?」

石を使った事は知られている。でも、それを誰が使ったのかまでは、解らないのだろうか?

詳細は、アデト魔法学校で聞いて欲しいと言われ、1人の人物を紹介された。


その翌日、自分達はアデト魔法学校へと向かった。

ハノガナの街にある魔法学校である。

実は、ここはナルルガの母校でもある。

彼女が最初に魔法を習ったのは、この学校であった。

それは4年程前の事だそうだ。

通っていたのは、初級魔法講座の3ヵ月の間だけなのだが。

しかし、最近も彼女は、休日にちょくちょくここへ顔を出しているらしい。

自分達は、紹介されたフーデル教授の研究室を尋ねた。


フーデル教授、意外と若く、まだ30代中程に見える。

がっちり体形で、余り魔術師にも見えない人物であった。

魔術師らしく、長衣を羽織り、頭の上にはつばの無い帽子を被っているが。

彼が無面石の研究責任者だそうだ。

挨拶が済むと、早速フーデル教授は無面石を取り出した。

それは、自分達がギルドに納品した物らしい。

教授の机の上に置かれた無面石が、自分達の方向に顔の部分が向けられている。

勿論、誰も念を込めていないから、石には誰の顔も写ってはいないはずが、

「あれ? サダ君達、どうしたの?」

そこに急にモリタの顔が浮かび上がった。


モリタは、そこにいる仲間達に、べらべらと話し掛ける。

「キオウ君、やっほー。元気?」

「マレイナちゃん、やっぱ可愛いね。」

「フォド君、イケメン♡ タイプだわ~。」

「ナルルガちゃん、ちゃんと気持ちの整理はついたの? 自分から言わないとダメだよ。」

いきなり現れた見知らぬ顔が、自分達に向かって親しげに話し掛けて来て、皆、唖然である。

ただ、ナルルガだけは、何故か大慌てである。

必死にモリタの口を塞ごうとしているようだが、モリタは気にもしていないようだ。

だが、その顔が別人の顔に変わる。

そこには、母さんの顔が浮かんだ。

そして、何故か母さんは仲間らに挨拶を始め、また驚いていた仲間らだが、それに応じている。


「この石は、こんな状態なんだよ。」

フーデル教授は話し始めた。

常に、誰かの顔が出ている訳ではないが、入れ替わりで4人の顔が時々浮かび上がるそうだ。

こんな事は、他の石では起きていない現象である。

これも、まだ解明されていない石の持つ機能の1つなのかもしれないが、前例が無いと言う。

確かに、何度も石に念を込めると、自分の心に何かしら悪い影響があるのか、言動に変化がある事は別の石でも確認されているらしい。

だが、それは石の使用を止めて、しばらくすると回復すると言う。

しかし、、この石に浮かぶ顔は、既に2週間余りが過ぎてもこのままだと言う。

何か心当たりはないかと聞かれたので、自分はこれまでの事を教授に語った。


3年前の故郷で、バロの魔犬まけんに襲われた事。

その後の2年程の記憶が無い事。

占いで言われた、複数の人間が自分の中にいる事。

その人物は、自分の両親と、どこか別の世界の人らしい事。

そして、自分が迷宮内で石を使ってしまった事。

教授は黙って話を聞き、それから話し始めた。

「そうか、君の中に複数の人が。それで念を込めたら、そのまま石に乗り移ってしまったのではないのかな?」

えっ? 今、自分の中に父さんらはいないのか?

「他の人も、長時間使えば、その心の一部が移ってしまうのかもしれない。だが、それが複数の心を持つ人物。それも明らかに別人同士の心ならば、1つの心よりも分裂し易いのではないのかな? 勿論、これはまだ仮説に過ぎないが。」

言われてみれば、納得してしまいそうだ。

自分という入れ物の中に、幾つも入っていた心が、石という別の容器に入れ替わってしまったと。


「そうか、それで最近のサダは」

キオウが語り出すと、マレイナとフォドも同調する。

ナルルガは、再び顔を出したモリタと、また何かやり合っている。

キオウらは、最近の自分の言動がおかしかったと言い出す。

自分には、そんな自覚が無いのだが。

皆、どこか荒っぽくなり、イラついているように思えたと。

そうなのか? もしも、そうだとしても、最近の疲れのせいなのかな? 皆に迷惑を掛けていたのならば申し訳ない。


「このままでは、君の心への負担が大きいのかもしれない。そこで、効果はあるのか不明だが、試してみたい事がある。」

フーデル教授は石を持ち、自分達を別の場所に案内する。

そこは、魔法陣を描いた部屋であった。

大きな口の開いた甕が陣の中央に置いてあり、そこに水が溜められている。

「この無面石は、無属性の魔法で造られた物なのだよ。」

無属性? 聞いた事も無い属性である。

ナルルガの目が爛々と輝き始める。

「無属性、それは太古の魔術の系統で、今のように各属性に別れる前の時代の物だ。」

そして、石を甕の中の水に沈めた。

教授が、低く渋い声で、何やら呪文を唱え始めた。


しばらくすると、魔法陣が白く輝き始めた。

何故か、泡立ち始める甕の水。

まるで、沸騰を始めたようだ。

やがて、光は消え、煮え立つように見えた水も鎮まった。

と、躊躇もせずに教授が甕の中に手を入れて石を取り出した。

教授の手は何とも無いようだ。

水の温度が上がっていた訳ではないのか。

「どうだい、サダ君? 何か変化はあったかい?」

そう言われてみれば、水が沸騰し始めた頃から、何かが頭というか体に入り込んで来た感覚があった気もする。

父さんらは、また自分の中に戻ったのだろうか?

「これで石から君の両親らは解放されたとは思う。何か変化があれば報せて欲しい。こちらも、この石の研究は続けて行くから。」

ナルルガが呪文の事を聞くと、先程のは無属性の物だったそうだ。


フーデル教授に、別れを告げた。

今は昼過ぎだが、今日は昼飯を外で食べて、あとは買い出しでもするか。

皆で、店の方に向かって歩き始める。

すると、すっとナルルガが、自分に近付いて来た。

「ね、ねえ、サダ。ちょっと聞きたいんだけど。」

何だろう? 改まって。

「そのサダには、モリタの考えている事とか解かるの?」

いや、断片的に彼女の記憶が蘇る事はあるけど、話したり考えを聞くには石が無いと。

「そ、そうなんだ。話もできないのね。」

それだけ聞くと満足したのか、ナルルガは離れて行った。


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