第6話「後始末と遭遇と」
廃屋は、あの日のままで、特に変化も無かった。
周囲も探索したが、一角鬼が再び出現した痕跡も無い。
キオウ「何も変わらないな。あん時のまんまだ。」
「そうだけど、何か変じゃないか?」
付近の森の中が、何か違う。
何故だか鳥のさえずりも、生き物の気配も無い。
「森が静か過ぎる。」
圧力を感じさせる何かが、比較的近くにいるように思える。
「これは、魔獣が潜んでいる気配なのか? だとしたら、ヤバい奴かも。」
キオウ「サダも感じるか? 何か、嫌な気分がするな。」
その何かが、廃屋を処理している時に出て来る可能性もある。
しかし、廃屋の焼き払いも、そのまま放置する訳にもいかず、延焼しないか見ておく事も必要だ。
とりあえず、廃屋に油を撒き火を掛けて、以前一角鬼を監視した丘の上から周囲の様子を見守る事にする。
持参して来た油瓶の油を廃屋に撒き、火を放つ。
最初は燻っていた火も盛大に上がり、廃墟全体が火に包まれた。
ぱちぱちと、音を立てて燃える廃屋。
それを皆で眺めていた。
「ん? あれは?」
しばらくすると、付近の森の中から何か黒っぽい塊が這い出て来た。
それは黒というよりも、濃い灰色の毛皮に覆われた生き物であった。
数十mは先にいるが、人間よりも大きな物である事は解かる。
その生き物は、廃屋の煙や自分達の気配に誘われたのか、4本の足でゆっくりと歩きながら周囲の匂いを嗅いでいるようだ。
マルナ「岩熊よ。みんな隠れて。」
全員に緊張が走ったように、ぴんと空気が張り詰める。
岩熊、別に岩石を覆っている訳ではないが、岩のように大きく、森や山の中では岩と見間違える事もあるので、その名がある。
獣系の魔獣で、人に出会えば襲い掛かって来る事もある。
どちらかと言えば人里近くには余り出ないが、時として人家の近くにも迷い出て来る事もある。
燃え盛る廃墟の周りをうろつく岩熊。
ふいに、丘のこちら側を向く。
隠れているのが、見付かったようだ。
走って逃げるとしても、あいつの方が素早い。
キオウ「どうやら、見付かったようだな。」
マルナ「仕方ないわ。戦うから準備してちょうだい。」
4本脚で歩いていた岩熊が、後ろ脚で立ち上がり、上体を起こした。
目の前、約30m、その大きさは岩熊としては小柄な方だが、2mはある。
遠距離武器を皆、装備していないが、魔法の使える者達は、近付く岩熊に少しでも打撃を与えようと精神を集中させる。
マルナの光弾が岩熊の頭にヒットするが、動きは止められない。
自分も水塊や石礫を打ち出すが、ダメージが通っているのだろうか?
キオウの風の刃も毛を切り裂いているが、その下の皮膚にも届いているのか?
迫り来る岩熊、唸り声と荒い息が聞こえ、獣独特の臭いを感じる。
マルナ「みんな、固まらずに広がって、あいつを囲んで。」
キオウ「よし、やるぞ!」
経験のあるマルナは、岩熊と幾度も戦った事はあるが、自分を含めて他のメンバーは初めての対戦である。
一角鬼や他の魔獣よりも遥かに大きく、背丈を越えるような相手に圧力と恐怖を感じる。
キオウ「けっこうデカいな。こいつは。」
「ああ、一角鬼の方が遥かにマシだよ。」
繰り出すその前脚は、まともに喰らえば致命傷だろう。
鉄斧を大きく振り回せば、その隙を突かれるかもしれない。
今までに出会った、どの魔獣よりも危険な相手である事は明白だ。
ただ、攻撃の為に後脚で立ち上がった岩熊の動作は、さほどに素早くはない。
無理をせず、数で押し込んで行けば、叶わぬ相手でもないはずだ。
どこかダメージが通りそうな所は無いかと観察してみると、振り切った前脚が一瞬止まる。
そこを狙い鉄斧の一撃を爪に叩き付ける。
「ブゥワッ!」と、岩熊の腕が振り切られるタイミングに合せる。
「ガチンッ!」と、音を立てて斧は弾かれるが、こちらの方が爪より弱いはずはない。
何度も繰り返していると、爪を砕く事に成功する。
前脚の先端も岩熊の血液に塗れている。
岩熊の攻撃が、緩慢になって来る。
威嚇するように吠え、突進するように見せ掛けているが、どこか引くタイミングを計っているようにも見える。
今まで、前へと迫っていた岩熊が、少しづつ森の方向へと後ずさる。
すかさず、全員が距離を詰めるが、警戒を忘れず安易に近付く事はしない。
何度目かの咆哮のタイミングに合せて、マルナの光弾がその口の中に飛び込む。
飛び散る血飛沫。
「がぎゃあうわっ!」
岩熊は、苦悶の声を上げる。
キオウ「利いたぞ。あと一息だ。」
「手負いを逃がすと、後が面倒だ、一気に倒そう。」
全力で止めを刺しに掛かる。
よたよたと、逃げる岩熊の後脚を背中を狙って責め立てる。
岩熊も観念して再び立ち向かって来るが、その爪も牙もこちらの攻撃を受け続けてボロボロになっている。
脅威なのは、その巨体だけだ。
遂に、岩熊の動きが止まる。
キオウ「やったのか?」
「いや、まだ解らないよ。」
岩熊は、その巨体を腹ばいにして地に伏している。
その体をマルナが調べた。
マルナ「大丈夫。もう息はしていないわ。」
その息遣いも、既にこと切れていた。
緊張の糸が切れたのか、一気に疲労感が襲って来る。
致命傷は無いが、打撲や切り傷が何か所か出来ている。
皆、疲れてはいるが、ある種の高揚感に憑かれているような少々はしゃいだ様子だ。
冒険者としてやって行くとなると、こんな戦いを続けて行く事になるのか。
マルナ「どう、みんな? 怪我があったら回復するわ。」
キオウ「お願いします。少し、やられました。」
マルナ「その程度じゃ、回復呪文はいらないかな?」
キオウ「そんな、痛みもあるんですよ。」
マルナ「冗談よ。他に痛い所は無い? 他の人も遠慮しないでね。」
岩熊の毛皮を剥ぎ取り、オルタナの町へと引き上げる。
依頼の報酬は差ほどではないが、岩熊の毛皮がそれなりの値が付き1人35シルバーの取り分となった。