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第59話「石の記憶」

忘れていた頃に、無面石むめんいしである。

それが今、手の中にある。

皆も驚くしかない。

妖戦鬼ようせんおににとっても、価値ある物なのだろうか?

もしかして、こいつらが作っているのかも?

しかし、確かめる術は無い。

思わぬ収穫ではある。

その後、周囲を探り、宿営する場所まで引き上げる。

そこで一泊し、街へと戻るのは明日だ。


食事を済ませ、交代で警戒に付く。

毛布に包まり、眠ろうとしたがどうしても気になった。

余り使うなと言われるが、そう言われると余計に気になるのが人の心理であろう。

しかも、それなりの時間を探索に費やした物なのだから。

革袋から無面石を取り出して見詰める。

やや小振りだが、確かに人の頭の骨に形が似ているような気はする。

別に目の窪みがある訳ではないが、頭の丸み、鼻筋、口から顎の出っ張りなどに見えない事もない。

使い方は、魔法に近いのだろうか?

試しに、目を瞑り石を意識して念を込める。


すると、ふ~っと頭から何かが抜け出して行くような感覚があった。

目を開けて石を見てみる。

おお、顔だ。顔が石に乗り移っているように見える。

だが、見詰めているが、石から見た目線とやらは感じない。

その上、その顔は自分の物ではない。

見覚えのある中年の女性の顔。

そうだ、これは死んだ母さんの顔だ。


しばらく、石の母さんと見詰め合っていた。

確かに、その石に写る母は自分を見ている。

すると、その口が声を発する。

「もしかして、サダなの?」

いや、驚いて石を転げ落とそうとした。

石が喋るなんて聞いていない。

それ以前に、自分の顔以外が移るなんて話もだが。


つい、自分からも語りかけてしまう。

「母さん、本当に母さんなのか?」

「そうよ、サダ、話したかった。いつもあなたと一緒にいるけど、こうして話せなかったのだから。」

そうか、やっぱり母さんは自分の中にいたんだ。

バロの魔犬まけんにただ殺されたのではなく。

石の母さんが口を動かしているのではない。

写った石の中で口を動かし声を出している。

こいつは夢のような魔法道具だ。

こうして離れ離れになった人とも、また出会えるとは。

知らぬ内に涙が零れ出す。


石に移った母との会話は続いた。

自分の中に意識のあった母は、冒険者になってからの事を全て見ていたらしい。

だが、同じく自分の中に入っているはずの父の事は知らないという。

また、おそらく自分の中に混ざっているであろう、別の人物らについても解らないと。

どういう訳なのか?


もう一度、目を瞑り、念じてみた。

何かがまた、頭の中から抜けて行く感覚がある。

すると、目を開けると、父さんの顔が移った石が手の中にあった。

ああ、涙が止まらない。

石の父も、同じようである。

互いに言葉も無く、しばらく見詰め合っていた。

「サダ、よくやってくれた。」

それはバロの魔犬を討伐した事に対してらしい。

「父さん、自分はあの時よりも随分と強くなったよ。」

「そうだな。まさか、息子が騎士になるとは思いもしなかった。父さんも誇らしいぞ。」

「ありがとう、父さん・・・」

父さんには、母さんの事も伝えた。

父は、母の事は知らなかったらしい。

石に移った母の顔を見て、同じように自分の中にいた事を知ったようだ。

父も、ただ1人で息子のサダの中に入っていると思っていたのだ。

すると、確かめてみたい事が出て来た。

自分は再び念じてみた。


次に目を開けてみると、見知らぬ男の顔が石の中にあった。

どこか、怯えたような落ち着かない様子。

この顔付は人間族であろう。

しきりに、周囲を気にしているようだ。

自分は、意を決して、その石の男に話し掛けてみた。

「あなたは、どなたですか?」

すると、その人物が話し掛けて来る。

「も、もしかして、君はサ、サダ君なのか?」

その男は、何故か自分を知っているようだ。

だが、こちらは相手を知らない。

「はい、そうですが。あなたは? 何で自分を知っているのですか?」

彼はやや早口で話し始めた。


彼はどうやら、こことは別の世界で暮らしていたらしい。

自分には、その別の世界がどこなのか解らない。

遠く離れた国の事なのか、それとも違うのか、彼の話す事の半分くらいしか意味は解らない。

それは、彼にとっても同じようだ。

彼は「アキヤマ」と名乗った。

聞き慣れない名前だという感想しかない。

アキヤマが言うには、仕事での失敗、知人に負わされた借金などを苦にビルから飛び降りて命を絶とうとしたようだ。

そのビルという聞き慣れない言葉も説明して貰ったが、何でも高さのある建物らしい。

彼の世界では、ケリナの街の尖塔よりも高い、そのビルが幾つもあるそうだ。

たまに浮かんだ謎の建物や見慣れぬ風景の街は、アキヤマのいた世界の物だったようだ。

そんな彼も意識を失うと自分の中に入っており、見知らぬ世界でサダという人物の行動を見ていたらしい。

自分の事をサダと思ったのは、度々水面や鏡に写った顔を覚えていたからだとか。

父母だけでなく、見知らぬ人に見られていたとは気恥ずかしい。


それから、もう1人が自分の中にいて、それには多分、アキヤマがその死に関わっていると思うと伝えた。

アキヤマの話を聞いていて、たまに見たあの世界のイメージからすると、ビルから飛び降りた後に誰かにぶつかっており、その人物も自分の中に入ったのではと予想ができたのだ。

それに対しては、アキヤマは「すまなかった」としか言えないようだ。

自分の自殺に誰かが巻き込まれるとは、あの時、考える余裕は無かったと。

多分、もう1人も呼び出せると思うので、その人物に伝えたい事があるかと聞いてみると、ただ「すまない」とだけ伝えて欲しいと言われた。

多分、残るのは、もう1人だけであろう。

もう一度、念じてみる。

すると、見慣れぬ女性の顔が石に移っていた。


しばらく、その女性と見詰め合う。

どうやら、若い女性のようだ。

奇麗な女性だと思う。

その女性が先に話し掛けて来た。

「もしかして、サダ君?」

やはり、彼女も自分の状況を知っているようだ。

彼女は「モリタ」と名乗った。

これも、自分には聞き慣れない名前だ。

彼女はアキヤマに随分とご立腹なようだ。

それはそうだろう。

ただ、通りががっただけなのに、アキヤマに巻き込まれて自分の中に入ってしまったのだから。


だが、彼女としては、全く別のこの世界での数々の活動が楽しいらしい。

元々、楽天的な人物なのかもしれない。

「こうなったら、楽しまないと損。」だそうだ。

彼女からは、「ねえ、サダ君、ナルルガちゃんとマレイナちゃんのどっちが好き?」と聞かれた。

意外過ぎる質問に戸惑う。

自分では、恋愛なんて今は考えていないと言うと、

「そういう事はしっかり、考えて行動した方がいい」と言われる。

う~ん、モリタとは、いろいろと感覚が違うのかもしれない。

「あたしは、サダ君はマレイナちゃんの方が好きなんだと思うけど。」

言われてみれば、そうなのかもしれない。

「獣っは可愛いよね」

そういうものなのだろうか? 自分にはよく解らない。


その後も、モリタには一方的に喋り続けられた。

彼女も、相当な時間、他人と会話が無く退屈していたらしい。

けれど、自分の中に入ってからの時間の感覚が変わってしまったようで、今の状況になってから数時間しか経っていないようにも思えると言う。

確かに、誰とも会話もできず、自分の中でただ見ているだけを1年以上も過ごしていれば、おかしくなる可能性もあるだろう。

彼女から、この石を納品せずに、たまに彼女をこうして移して欲しいとも言われる。

それは、どうしたものか。

この無面石も、仲間らと共に見付けた物なのだから。


「何してるの?」

不意に見張りをしていたナルルガに声を掛けられた。

石に移った女性の顔を見て、ナルルガも驚いている。

だが、モリタは、そんなナルルガにもお構いなしに話掛ける。

女性の方が、逆境に強いのか? それとも、これがモリタという人物の性格なのか?

モリタが気になるのは、ナルルガの恋愛事情もらしい。

ナルルガにも「誰が好き?」と聞いていた。

そんな話題を振られて、真っ赤になるナルルガ。

だが、これも意外にも、ナルルガが石を自分で持ち話し込んでいる。

自分は、ナルルガと交代して、見張りに付いた。

ナルルガとモリタは、話し続けている。

ナルルガが誰に好意を持っているかは、ちょっと気になる。


次に見た時には、ナルルガも眠っていた。

仲間全員の休憩も済んだので、街へと戻る事とする。

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