第57話「光の壁の中に」
地下の川を越えた先の石扉を開けてその先に見えたのは、何かの光である。
200mは先にあるであろうか、白い光がぼんやりと見える。
万が一に備え、開けた扉を周辺に落ちていた岩石と持参した楔で固定する。
こうして置けば、扉が何かの力で閉じる事は無いだろう。
光源を目指し進む。
光に近付いて行くと何かが見えて来る。
広い空間にある光の柱の中に何か浮いている。
目の前に来ると、その全体が見えた。
光の中に生き物、魔獣のような物が浮いている。
床から50cm程浮いているその魔獣は、今まで見た事も無いような奴だ。
身長は2m強、人型に近いが、背中には翼、頭に2本の巨大な角、尾も生えている。
服などは着ていないが、下半身は毛深く、足には鋭い爪?
いや、こいつは魔獣ではなく魔族であろう。
今まで出くわした魔族に、どことなく似ているように思えるのだ。
魔族が光の中に閉じ込められている。
周囲に星の形に5つの光を発する石があり、床には魔法陣のような物が描かれているのだ。
ここに封印されている魔族?
こいつは、まだ生きているのか?
こんな物は、いつからここにあるのだろう?
何年、いや何十年、それとも何百年?
しかも、ここに封印されているのは、こいつだけでは無い。
周囲には幾つも光の柱がある。
その全てに、また形が違う異形の魔族が1体づつ封じられていた。
その形、大きさも様々で、10mを軽く越えた物もいる。
封印された魔族、その数は30体はいる。
そして、1ヶ所だけ封印が解かれ、何も無い場所もあった。
多分、5つの光を発する石を何らかの操作すれば封印は解かれるのだろう。
だが、それを今、する勇気は無い。
どう見ても、一番体の小さな魔族でも自分達の手には負えない相手であろう。
ここの存在に、気圧されたように感じ、引き返す事にした。
建造物の規模の大きさ、魔法陣の中の魔族、ここは本当は何なのだ。
謎を抱えたまま、回廊を引き返し、裂け目を登る。
そして、また山中にテントを張り1泊し、日が昇ると下山した。
あの謎の回廊、あそこは迷宮の深層の一部なのだろうか?
魔族の存在も不気味である。
あの先を進んでいれば、封印されていない魔族に出会ったのだろうか?
街でマディオンを見掛けたので、また声を掛けた。
あの小汚い飲み屋にキオウと3人で向かう。
一杯呑んだ後に聞いてみた。
するとマディオンは、
「ああ、そこまで行ったのか。どうだった? 奴らは元気にしてたのか?」
奴ら? 魔族の事か? 元気には見えなかったが、やはり生きているのか?
「1つ封印が解かれている所があっただろう? あれは俺に情報をくれた奴がやったそうだ。」
やっぱり、そうか。それで解き放たれた魔族は?
「何とか討伐したらしい。見た目で一番弱そうに見えたが、なかなかの強さだったそうだぜ。すげーよな。」
あんな奴を1匹でも倒すのは凄い。だけど、あれは何の為にあそこに?
「俺も解らないよ。だが、あれの存在が迷宮に魔獣を呼び寄せるとか生み出しているのかもって話だ。本当のところは解らんがね。」
あれが魔獣を呼び出しているのは、間違いないかもしれない。
確証は無いが、あんな物を見ればそう思えてしまう。
「どうする? お前らもあれを解き放つのかい?」
いや、今はまだ無理だ。解放した後の事に自信が無い。
「まあ、そうだよな。そうだ、今度、行く時は俺も付いて行ってもいいかい? 一度くらいは自分の目でも拝んでおきたい。」
自分の情報を確認したいようだ。
断ってあのルートの噂を今、広げられるのも避けたいので同行させる事にした。
再び、ガノ山に登り、山中で一泊し裂け目を降る。
そして、回廊の先を進み、あの魔族が封印された場まで来た。
魔法陣に閉じ込められた魔族を目にして、マディオンは絶句した。
「すげぇ、本当にいやがる。それもこんなに沢山。」
自分達も何度見ても恐ろしく感じる。
もしも、この封印が何かしらの原因で一斉に解除された場合、対抗する事はできるのだろうか?
国軍、冒険者の総力を挙げて立ち向かえば、半数は倒す事ができるかもしれない。
だが、残りは?
特に、もっとも体が大きく20mはある奴は人らの手に負えるのか?
マディオンが解放された魔法陣に近付く。
そして、彼が示したのは立てられた1本の長剣だ。
前には気付かなかったが、そこに剣が一振り床に突き立てられている。
ここにいた魔族を倒した時に、冒険者の1人が亡くなったそうだ。
彼の死が、ここの情報を齎した人物が冒険者を辞める理由になったのだとか。
その場の全員で祈りを捧げる。
その後、今回は更に奥へと進んでみる。
回廊はやがて終わり、再び巨大な石の扉がある場所に到達した。
今回は引き戸のようだ。
ナイフを扉の間に刺し込み、僅かに開かせる。
その後は手で扉を開ける。
と、開けた先が変だ。
何か空気が違うと言って良いのだろうか。
扉のある場所から数歩進んだ所は天然の洞窟のように見える。
だが、今までに感じた事の無いような空気の圧とでも言うのだろうか?
いや、これはある種の圧迫感だ。
迷宮も上層から中層へと入ると、ある種の圧迫感を覚える。
その圧迫感を数十倍以上に強くした感じがするのだ。
扉のこちら側ではそこまで感じない。
だが、扉の内に一歩でも踏み込むと、急に感じられるのだ。
踏み込むと、何故だか鳥肌が立ち体が強張る。
それだけでなく、急に呼吸がし辛くもなる。
皆、その先へ、二歩目を踏み出す気が起きない。
それは、多分、深層への一歩なのだ。
それも深層のそれなりに入り込んだ地域。
今まで目指していた場所が、その先にある。
けれど、いざその場に来たのに、自分達は竦んでしまった。
深層の重圧に。
踏み込む事無く、扉の内側に立ち尽くし、その先をしばらく眺めていた。
遠くの方から、何かの鳴き声が聞こえる。
かと思えば、何かの声がまるで囁き声のように微かに聞こえる。
その1つ1つを耳で捕らえる度に身震いが起きる。
「・・・これは、ダメだ・・・」
誰とはなく、呟いた。
しばらくは、その場にいた。
何か、少しでも深層の手掛かりがここから見えないかと。
この洞窟も、それなりに広がっているようだ。
と、遥か前方をゆっくりと光が横切って行く。
何か炎のように揺らめいている。
鬼火の類であろうか?
それとも、何かの体の一部なのか?
暗闇の中、その正体は見えない。
いつもならば、呪文の光の玉で周囲を照らして視界を得るのだが、ここでそれをやる勇気が起きない。
だが、最後に扉を半開きにして試してみる事にした。
何か異変があれば、即扉を閉めて逃げるのみだ。
闇雲に呪文を放つのではなく、何かが蠢く気配があればやると決めた。
扉の位置を調整し、動きが無いかしばらく待つ。
本当は逸早く逃げ出したい。
しかし、それではここまで来た甲斐も無い。
気を振るい立たせ、この場に留まる。
やがて、また別の音が聞こえ始める。
低く響くような、それでいてどこか規則正しい。
そうだ、これは足音だ。それも巨大な何かの。
一瞬、巨大な魔族の事が脳裏を過ぎる。
いや違うだろう。違うと思いたい。
足音はこちらに近付いているのではなく、洞窟内を右から左へと移動しているようだ。
その足音が段々と大きくなる。
まだ正面ではないので、もうしばらく我慢する。
「ズウン、ズウン」音がはっきりと聞こえる。
「ズズウン、ズズウン」ほぼ目の前を過ぎているようだ。
それを少しだけ進んだ時まで待つ。
「ズウゥン、ズウゥン」よし、今だ。
マレイナとフォドが2発づつ、前上方の出来るだけ遠方に向けて光の玉を放つ。
50mは飛ぶはずだ。
それが上空30m程の高さに輝きを放つ。
闇の中でランタンの光だけ見ていたので最初は眩しく感じた。
明るさに目が慣れた。
洞窟の一部ではあるが、視界が広がる。
と、そいつは居た。
100mは先を歩いている。
4つ足の巨大な生き物。
長い首を前方に伸ばし、長い尾を地面に平行に後ろに向けている。
体長は20mはあるだろう。
そう、あいつは地龍だ。
翼を持たない龍、陸上の王者の一族。
頭には何本かの角、尾にも突起が見える。
巨大なトカゲのような体ではあるが、そんな小さな存在ではない。
奴は、光の玉に照らされている事も気にせずに、ただ前に進み続けている。
こちらの存在など、小虫にも感じないのかもしれない。
王者が悠々と深層を歩く。
それが彼ら、ここの日常なのだろう。
あんなのが闊歩するような場所に行くのは、無謀でしかない。
ある意味で納得した。
扉を閉め、帰路に付く。
裂け目から深層に至るルートはあった。
そして、迷宮の深層には地龍も本当に存在した。
それが解っただけでも、収穫だ。
いつか、自分達もあそこから先を進む日が来るかもしれない。
その時まで、ここには踏み入る事は無い。
帰りは、皆、無口であった。
だが、裂け目を登り、テントを張り食事を始めると誰もが饒舌になった。
やっと、深層の圧迫感から解放されたのかもしれない。
地龍の事、魔族の事、魔法陣の事など語り尽くせない程に今は情報量があった。
そして、深まる謎が新たな話題へとつながる。
確証など今は無い。
だが、それを予想するのが楽し過ぎる。
夜は更けて行く。
裂け目から深層の途中に封印された魔族。
その事だけは、アグラム伯爵にその後に報告した。
ここは彼の領地の事であり、自分達は彼の騎士でもあるのだ。
いつもは陽気な伯爵も、しばらく無言で考えていた。
「そいつらは、間違いなく封印されているのだな?」
自分達は頷く。
「では、他言無用だ。君達もまだ他の冒険者に知られたくもないであろう。こちらも変に噂が広まり、無謀な奴が出ても困る。」
それはそうだ。
「ただ、こちらでも、捜索はする。別に君らが行くのは構わないがね。」
いや、しばらくは近付くつもりはない。