第55話「ガノ山」
普通のルートで迷宮に入る訳でないが、報酬を得る為にまずはギルドで無対象の魔獣討伐依頼を受注する。
初めて向かうルートである上に、どんな魔獣に遭遇するのか解らないので無対象を選んだのだ。
対象指定の依頼の方が、報酬は良いのだが仕方ない。
ただ、討伐数を越えて難易度の高い魔獣を倒せば、追加報酬が良くなる。
いきなりガノ山の登山口に向かうのではなく、旧市街の端から山に入り途中から登山道に出るようにして行先を偽装する。
途中、何度も追跡を確認した。
登山道も余り人が来ない険しいルートを選んだ。
余計に時間は掛かるが、誰かに行先を知られても面白くはない。
野営などの道具も、ギルドに寄った後に態々家に戻って持ち出した。
険しいルートを選んだので、誰とも出会わない。
やがて昼を大分過ぎたところで、水晶ヶ峰の手前に来る。
自分とマレイナで裂け目を探しに出て、他のメンバーは設営を始める。
野営予定地から進む事、約30分、水晶ヶ峰に着く。
水晶の名の通り、尖った岩が乱立している場所である。
岩の高さは様々で、腰よりも低い物もあれば数階建ての建物よりも大きな物もある。
岩の間の地表には、土が覆っているので歩く場所には困らない。
岩と岩の間を吹き抜ける風の音だけが聞こえている。
しばらく進むと、風の音が何かに反響しているような変化を感じる。
前方の切り立った岩の間から、下方へとぽっかりと大きな穴が開いている場所がある。
やっぱり、裂け目はあったのだ。
穴の周囲を探って見ると、岩が所々で段々となって降りる事はできそうだ。
場所により道具を使わなければならないようだが、下へ向かう事はできるだろう。
それだけ確認すると、野営地へと引き返す。
野営の準備は、ほぼ終っていた。
2つのテントを立て、中央に焚火を作る。
その周囲を二重の結界と、獣避けの香を撒いておく。
山中で余り魔獣や獣に遭遇するとは思えないが、念の為の対応だ。
テント内では鎧は着たままで、寝袋は使わず毛布に包まって眠るつもりでいる。
見張りは警戒の呪文を使うので、特に立てはしない。
2つのテントは男女で分けた。
中の広さは同じだから男性陣のテントは多少狭いが、3人で使っても差ほどに窮屈ではない。
食事の後は早めにテントに入った。
山の夜は冷える。
だが、毛布に体を入れると、ぐっすりと眠れた。
夜中、警戒の呪文が反応する事は無かった。
結界と組み合わせれば、効果は絶大である。
だが、迷宮内では、中層でもこの程度の対処では不安だ。
深層においては、ほぼ効果は無い対策となってしまう。
朝食後は、野営の道具を地面を掘って埋めて隠す。
テントのシートに道具を包んでおけば、防水対策にもなるだろう。
土を被せ、念の為に手頃な石を上に置いた。
さて、出発だ。
薄っすらと靄が掛かる山道を進む。
周囲をまた警戒するが、反応は無し。
そして、裂け目へと到着した。
昨日、目を付けておいた降り易い場所から下り始める。
所々、金具を打ち込んだりロープを渡しながら降りて行く。
装備を付けながら降るのだから、体力を使う。
降り始めてから、もう1時間以上過ぎたであろうか?
漸く、下に降りたようだ。
いや、裂け目は、まだ更に下へと深く続いている。
だが、横に向かう洞窟のような場所を見付けたので、その先を捜索する事にする。
いよいよ、これからが本番の始まりである。
横へ続く洞窟は、ごつごつとした岩場であった。
裂け目から光が入って来るので、周囲はある程度は見渡せる。
高さは20m以上、横幅も30mはある。
ここが迷宮につながっているのだろうか?
とりあえず、先が続いていそうなので進んでみる。
今のところ、何かがいる気配は無い。
ただ、所々に鳥の糞や羽根が落ちているが、出入りしているのだろうか?
進んで行くと、周囲は徐々に暗くなって来る。
裂け目からの光も届かなくなったので、ランタンを取り出す。
すると、前方で何かが蠢いている。
人型の何者かが、幾つもこちらに走り寄って来るようなのだ。
その動きが軽やかに見える。
走って来る影が、所々で跳ねるようにふわりと浮かび上がる。
数mは飛び上がりながら、近付いて来るのだ。
やがてランタンの灯りが、その姿を捉える。
えっ? 鳥? 人?
人型ではあるが、鳥のような顔付をしており、足は裸足だが鳥の足そのものだ。
上腕は人間の腕に似ているが、まるで袖が広がっているように羽根が外側に向かって生えている。
服などを着てはおらず、全身がカラフルな羽根に覆われている。
いや、腰にベルトを付け、剣をぶら下げている。
「ぎえぇ、ぎえぇ」と、鳥のようにやかましく泣き喚く。
鳥頭巨人だ。
身長は2m強。
まるで鳥が人間になったような不思議な姿をしている。
迷宮内にいるとは聞いた事は無いが、裂け目から入って来ているのだろうか?
数は、8羽。
その手に短剣を握る。
手先は、人間と同じように使っているのだ。
その辺りは、人間臭い魔獣なのだな。
遭遇するのは初めてだが、これはなかなかに攻撃的な相手である。
飛び跳ね、足爪や手に持った短剣で攻撃して来る。
そのふわっと浮くような動きが、今まで戦って来た魔獣らと違うので戸惑う。
こちらの攻撃や防御のタイミングを合せないような動きをするのだ。
それでいて、体は人よりも大きいので相応の力もある。
とは言え空中に浮き上がるならば、逆に攻撃の方法もある。
ナルルガの火球が、鳥頭巨人の飛び上がった空間で炸裂する。
巻き沿いで数匹、いや数羽が燃える。
火球の炸裂に驚いたのか、その動きが止まる。
そこを横に薙ぐ。
「ぎぃげぇっ!」と叫び、倒れる1羽。
残りは3羽だ。
初めて出会い戸惑いはしたが、確実に追い詰めて行く。
力量は大角鬼と同じ位か?
素早く手強い相手ではあるが、感覚が慣れて来ると差ほどに恐ろしくはない。
また1羽を仕留めた。
やがて、戦いの決着は付く。
変わった魔獣が、ここにはいるようだ。
奥から出て来たが、この先にはこいつらの巣があるのだろうか?
それよりも、こんな珍しい魔獣を倒した事をギルドに説明するのもどうすれば良いのやら。
今まで、迷宮の中でこいつらに遭遇した話は聞いた事が無い。
報告した場合、このルートを他に知られてしまう事になる。
いつかは公開すべきなのだろうが、もうしばらくは独占しておきたい。
特殊なルートから進むのも、良い事ばかりではないな。
ガノ山で、採掘場所を探していて遭遇したとでも説明しようか?
後で遭遇する魔獣によっては、その説明が苦しくなるかもしれないが。
悩みが増えたが、とりあえず今、目の前に続く洞窟の探索を続けよう。
進むにつれて、何時もの迷宮と同じような環境になって行く。
真っすぐではなく、多少蛇行しているが、奥へ奥へと続いている。
その方角は旧市街の方に向かっているようなので、このまま進めば迷宮へとつながっている可能性もあるだろう。
所々に脇道はあるのだが、本道よりも狭いので後回しにして先を探る事にした。
進んでいると、また扱いが面倒な鳥頭巨人の一団に遭遇し排除する。
だが、奴らに遭遇したのはそれきりだった。
奴らは迷宮の奥では生息していないのだろうか?
やがて、今までとは違う場所へと出た。
裂け目から進み、もう800m以上は奥に入って来ただろうか?
目の前に円柱がそびえ、扉は無いが門のような構造になっている。
そこから先は、誰かが作った石造りの回廊になっているのだ。