第54話「遠方からの報せ」
しばらくは迷宮に入る日々が続いた。
深層へのルート短縮を試みたが、まだ成果は上がらない。
結局は、中層に出て深層の入口付近まで潜るのが精一杯だった。
新たに縦穴から潜るルートも、見付ける事はできていない。
ある日、また伯爵に呼ばれる。
今度も大した事はないのかと思ったが、対面した伯爵が何時になく口数が少ない。
そこにはガラワンを含め、伯爵の騎士が数名同席していた。
何でも、王都にいる伯爵の知り合いから手紙が届いたそうだ。
その手紙には、動き回る死者によってとある町が壊滅的な被害を受けたと書かれていた。
驚くべき内容だが、あの例の札と関わりのある事なのだろうか?
ただ、幸いな事に、その町とはラッカムラン王国内の事ではなく、東の隣国ハルム王国での事のようだ。
ハルム王国、東方にある隣国でかつては対立関係にあったが互いの先代王の時代に和解が成立しており、今は友好国の1つである。
今から2週間程前に突如出現した動く死者に辺境の町の1つが占領され多くの被害者が出たそうだ。
隣国の事で詳細は不明ではあるがハルム王国軍が出動し鎮圧に当たったらしい。
恐れていた事が現実になった。
それにしても、以前に出会った多くの動く遺体はそれ程の脅威は無かったと思うのだが、そんなに大きな被害になるのだろうか?
もしかして、札の効力も強くなっているのかもしれない。
ハルム王国には呪術解放の呪文はまだ伝えられてはいないようなので、その鎮圧には苦労した事だろう。
ラッカムラン王国で実験していた事が、隣国で実行される。
だが、いつかこちらで同じ事が起きるのかもしれない。
複雑な思いを抱いて城館から帰る。
また、いつか、それも強化された動く死体に立ち向かう日が来るのだろうか?
何だか悩みが増えた気がするが、また別の思わぬ情報が入る事となる。
その男の名はマディオンという。
多分、年齢は30代半ばと思うが、年齢不詳の人物である。
一応は、冒険者として登録はしているが、余り依頼を受けて働いている姿は見た事はない。
誰かと組んでパーティーに属している訳でもない。
ただ、冒険者らの間で彼は「情報屋」として名が広い人物でもある。
彼は1ヶ所で定住する訳ではなく、数週間から数ヵ月の間であちらこちらをふらふらと歩き回っているらしい。
ハノガナの街に来たのも、おそらくは何ヵ月振りかと思う。
自分達と面識はあるが、それ程に親しい訳でもない。
浮浪の民的な所に、どこか胡散臭さもあり、今までは交流を無意識に避けて来たのかもしれない。
だが、冒険者自体が定住民ではなく浮浪の民なのだから、それに拒否反応を示しても意味はないだろう。
そう思うのも、自分が農家の出だからなのかもしれない。
久し振りにマディオンにギルドで会ったので、こちらから声を掛けてみる。
「よう、何だい?」
どこか憎めない笑顔で応じてくれる。
「迷宮の深層部にできるだけ短距離で入りたいのだけど、どこかルートを知らないか?」
そう切り出すと、マディオンが周囲の様子を伺い、
「他で話そう」と言って、ギルドを出て行く。
何となく、人目を避けたい様子に、自分とキオウだけ付いて行く事にする。
マディオンに付いて歩いて行くと、そこは小汚い一軒の飲み屋だった。
中は薄暗く、この時間は他の客もいない。
マディオンは迷いもせずに奥のテーブルに付き、こちらに顎で合図している。
席に座ると、マディオンが店員に3本指を立てる。
注文のようだった。
やがて、店員が木製のマグに入れた麦酒と小皿に乗った豆を持って来た。
運ばれて来た麦酒を一気に半分くらい飲む干すマディオン。
そして話始める。
「お前たち、深層への近道を探しているんだろ?」
キオウと2人して頷く。
「普通に迷宮に入っていたら、体力切れで深層なんて行けない。」
正にその事で悩んでいる。
「しかも、深層で休憩をする拠点も、なかなか見付からないと。」
うんうん、そうだ。
「けどな、都合の良い近道なんて物は無いぜ。多分な。」
マディオンも知らないか、では何でここに連れて来たんだ?
「近道は無い、でも回り道なら知ってるぜ。」
回り道? そんな物は聞いた事が無いが。
「まあ、これから先の話はコレがいるぜ。」
右手の指で輪っかを作って見せて来る。
要は金の要求だ。
「幾ら出せば良い?」
すると、両手の指を全て立てて見せる。
10ゴールドだな。
「ただし、これは俺自身で見た訳ではなく、ある人から聞いたネタなんだが、それでいいか?」
確実な情報ではないにしては、情報料として高い気がする。
「だが、ネタ元はいい加減な事を言う奴ではないから、俺は信じているよ。」
この情報源は明かしてくれはしなかったが、元冒険者から聞いた話だという。
確かに、現役の冒険者でこの街にいるならば、どこからか情報は漏れて来るだろう。
元冒険者ならば、もしかして現役が知らない情報を持っているかもしれない。
その元冒険者は、何年か前までハノガナの街で活動していたが、今はどこかの王国の王家直属の騎士をやっていると言う。
キオウの顔を見ると頷いた。
マディオンの顔を見て口を開く。
「その情報、聞かせてくれ。」
革袋から自分とキオウで5ゴールドづつ取り出し、マディオンに差し出す。
にやりとマディオンが笑みを見せる。
「旧市街の向こう側にガノ山があるだろう。」
ガノ山、標高2000m程の街の西側にある山の中の1つだ。
「あそこに水晶ヶ峰という所がある。そこに裂け目というか大穴が開いている。」
そんな噂は今まで聞いた事は無かったというかガノ山は毎日のように眺めているが、そこを意識した事は無い。
「水晶ヶ峰までは歩いて1日は掛かるだろう。だが、裂け目の手前に拠点を作り、中に入れば日帰りでも深層に到達が可能だそうだ。」
そんな裂け目が本当にあるのか聞いてみると、
「そこは龍の出入り口だよ」と返って来る。
龍? あの龍か? そんな物が迷宮にいるのか?
「飛竜は数匹、小型のがたまに出入りしているぜ。まあ、迷宮の奥にいるのは地龍の方が主流で、今も10や20はいると思うぜ。」
地龍ですら、数十はいるのか?
そんな事は今まで想像もしていなかった。
龍の話は聞いた事はあるが、精々迷宮の奥の奥に数頭いる程度かと思っていた。
「山に登るのに1日、迷宮で1日、降りで1日は考えておいた方が良いぜ。」
マディオンの話が終った。
まだ飲み足りないマディオン1人を残し、家に帰る。
家に返ると、全員で相談になった。
飲み屋でのやり取りを話すと、三者三様の反応だった。
ナルルガ「ガセじゃないの。あの人に10ゴールド騙し取られただけよ。」
マレイナ「面白そうじゃん。私は信じるよ。」
フォド「みんなの思うようにすればいいよ。僕は。」
まあ、情報を買ったからには一度は確かめてみないと。
登山と野宿の準備をして、その日は終った。