第53話「魔獣の回廊」
翌日から、またギルドに顔を出す。
留守にしていた間に何か変化が無いか聞いてみると、狗毛鬼が中層に戻って来ているという事だ。
白狗毛鬼がまた出たの聞くが、それはまだ目撃されていないそうだ。
黒狗毛鬼は見掛けるそうだが、白い方はまだ目撃されていない。
白狗毛鬼のような奴に、また出て来られても困るのだが。
深層に向かえば彼らよりも強力な魔獣は多く、奴らにとっての安住の場所は無いのかもしれない。
深層のほとんどは、まだ未踏破な場所も多いのだが。
もしかして、深層の更に奥もあるのかも。
想像は尽きない。
それと、ギルドにケリナの街のマガセからの文も届いていた。
貧民街で治療所を開いていた彼だ。
彼とは、互いにギルドを宛先に、たまに文のやり取りをしている。
しばらく、自分がハノガナの街を離れていたので、数週間前に着いていたらしい。
治療所は相変わらずのようだ。
だが、薬草と野菜の菜園は上手く行っているそうだ。
それを知り安心した。
自分も依頼から戻ったら、返事をすぐに書こう。
噂話を聞くばかりでは仕方ないので、依頼を受けて迷宮に向かう。
久し振りの迷宮に入ると、何か圧迫感を覚える。
天井がある場所での活動がしばらく振りだからであろうか?
初めてここに来た時も、そんな感じがしたものだった。
それは仲間らも同じ感想である。
だが、それがここに戻って来たという実感にもなる。
迷宮から遠ざかってはいたが、勘は鈍ってはいない。
僅かな洞窟の反響から、何かが前方に居るのが解かる。
まずは他の冒険者かどうかを判断し、魔獣であれば切り掛かる。
遭遇したのは大角鬼の一団である。
まずは先頭に立つ奴を切り捨て、次の獲物に向かう。
キオウも同じく既に1匹を倒し、別の目標に向かっている。
距離が近いので攻撃呪文をナルルガらは使わないが、攻撃力強化の呪文を掛けて貰っている。
遭遇して3分くらいだったか、5匹の大角鬼を倒し終る。
小休止を取り、先を進む。
すると、今まで到達した事の無い場所へと達していた。
そこは、これまでに見た事も無い巨大な大空洞であった。
突然に洞窟の空間が広がり、ずっと先まで続いているようだ。
空洞は暗く全体を見渡す事は勿論できない。
マレイナやフォドが光の弾を前方や上方に放つが、全貌は不明だ。
少なくとも高さで数十m、奥行はどこまで続いているのかも解らない。
噂には聞いていたが、こんな大きな空間が地下にあるのだから迷宮は不思議だ。
ここでなら、どんなに巨大な魔獣が居てもおかしくはない。
耳を澄ませてみるが、風が通る音なのか僅かに「ごぅぅぅ」と聞こえて来るだけだ。
マレイナが感知する範囲で動く物は何も無い。
ここを進むのに、今まで以上の勇気が必要になる。
急激に広い空間に出て、少しばかりの恐怖さえ感じる。
だが、踏み止まっていても意味は無い。
先を探る事とする。
念の為に、ここへ入って来た入口には塗料を塗っておく。
微かに光を発する塗料で、暗闇でも見失う事はない。
ランタンには足元と少しばかり先を照らす程度に調整をして進む。
こんなに広い空間でランタンを不用意に使えば、遠方からも丸見えだろう。
まあ、こんな暗闇に棲む連中には、様々な感覚で周囲を感知しているのかもしれないが。
喋ると空洞に反響するので、自然と口数が少なくなる。
また、それが余計に不安を搔き立てる。
まずは壁は無いかと右側に進み始める。
入口の壁からそろそろと進む。
入口から50mは歩いただろうか?
そこから方向を変え壁沿いに奥の方に進路を変える。
入口から考えると、右に曲がり今度は左に曲がったような形だ。
他に手掛かりも無いので、壁に沿って進むしかない。
少し進んでは周囲の気配を探ってみるが、まだ何も感じられない。
しばらくすると、前方に何か見える。
目を凝らしてみると松明のようだ。
向こうも冒険者の可能性もあるが、ランタンの灯りを完全に隠し壁際で姿勢を低くして見守る。
松明はどんどん近付いて来る。
松明の数は2つだ。
何かが一団となり、先頭の2人が松明を持っているらしい。
やがてぼんやりと松明を持つ者の姿が見えて来た。
大角鬼だ。
その数は12匹程。
それが列を成すようにして巨大空洞の中央を進んで来る。
行先は方角からすると、自分達がここに来た入口の方であろう。
状況がよく解らないので大角鬼の一団はやり過ごす。
松明の灯りがほとんど見えなくなってから進み始める。
あれから数十分は経っただろうか?
また、前方に松明らしき物が見えて来る。
再び身を潜め様子を見る。
今度も先頭に松明を持った集団だ。
今近付いて来るのは狗毛鬼の小集団で数は20匹はいる。
これも、やり過ごす。
奴らの後ろ姿を見ながら、疑問が湧いて来る。
今まで見たあの2つの集団は何なのだ?
考えながら進んでいると、また松明の灯りだ。
今度は一角鬼が40匹程のちょっとした集団だ。
それもやり過ごしてから、何かを思い付く。
もしかして、この巨大空洞の奥から魔獣が補充されて来るのでは?
この奥に魔獣を生み出す物があるのか、それとも巨大な生息場所があるのかは解らない。
種類の違う魔獣が、隊列を組んでやって来る意味が想像できないのだ。
この奥には何百、何千という魔獣がいるのだろうか?
しばらく進んでも、何も見付からない。
4つ目の集団、今度はまた狗毛鬼だったが、それをやり過ごしてから街へと戻る事にした。
途中、3匹の灰白巨人と遭遇しそれを倒したが、巨大空洞で擦れ違った魔獣らとは出くわさなかった。
あの大量の魔獣らは、迷宮のどこかに別れて潜んでいるのかもしれない。
街へ戻ってから、他の冒険者に今回の体験を話てみたが、反応は様々だった。
信じてくれた者、鼻で笑った者、反応は様々だ。
あの巨大空洞、そこまで達した者達も、この街ではそれ程に多くは無いのだ。
それにしても、不思議な場所であった。
生まれ故郷から魔獣が通過する回廊、そんな印象を感じさせる所だ。
自分達も、あの奥を更に進むべきなのか、今は答えが出ない。
だが、あの奥こそ、迷宮の深層、その中ほどなのだろう。
久し振りにハノガナの街に戻り、迷宮に潜ってみた訳だ。
だが、それを続けるだけで良いのだろうか?
ナハクシュト王国まで旅して経験して来たからか、今まで繰り返して来た事が急につまらなく感じられる。
連日、迷宮に入り、魔獣を倒し時に遺物や財宝を得る。
それで生活が成り立ちはする。
それでは何かが物足りなく思えてしまうのだ。
それを打開するには、まだ到達していない迷宮の深層の今以上の深みに行くのが良いのではと思う。
だが、それが難しい。
深層の中ほどとは言わないが、深層の入口へと直ぐに達する方法でも無いだろうか?
前に使った方法では、奥へは進みきれない。
もしくは、ハノガナの街以外を拠点にすべきなのか?
場合によってはアデレード地方を出るのも良いかもしれない。
けれど、どこに行けば良いというのだ。
こういう時こそ、仲間に相談すべきだろう。
キオウに聞くが、彼は現状のままで今は良いという。
ナルルガは、将来的にしたい事はあるが、今はその時ではないと思うそうだ。
マレイナは、みんなと居る事が楽しいが、自分ではどうしたいか言えないと答えた。
多分、家族の事が念頭にあるのだろうか?
そして、フォドは、みんなの意見に合せるそうだ。
皆、今の状況をすぐに変えなくても良いようだ。
自分自身も、何をすれば良いのか解らないのだから、まずは手の届く範囲で行動すれば良いのだろう。
そう思ったのだが、またある日に伯爵に呼ばれて内心小躍りして城館へと向かう。
何か、また変わった依頼がされるのだろうか?
けれど、今回は予想とは違った用件であった。
それはケリナの魔法学院からの報せだった。
何でも例の札で動き出す遺体を止める呪文が復元されたそうだ。
あの札を遺体から強制的に剥がせば動きを止められるが、それを呪文で無効化する方法が古文書の解析で見付かったのだ。
それは中級光魔法の呪術解放の呪文だそうだ。
これから冒険者の神官を含め希望者には呪文を広める事になるそうだ。
自分達「西方の炎風」のメンバーでもフォド、マレイナ、ナルルガが直ぐに使えるであろう。
3人は魔導書を読み込んでいた。
進展があったのは良いのだが、何となく寂しさを感じてしまった。
そう簡単に状況が大きく変わる訳でもないか。