第48話「越境」
翌日からしばらく、また脱兎鳥狩りで旅費や雑費を稼ぐ事にする。
何日か狩りを続けていると、分銅投げのコツも掴めて来たので自分でも何羽か捉える事ができた。
意外とナルルガが、分銅投げが上手い事を知る。
当人も驚いてはいたが、今では30m以内に近付けば、ほぼ捕獲できる程の腕前になっていた。
自分は20m位に近付かないと自信はまだ無い。
そんな日々が続いたが、折角国境の近くに来たのだからナハクシュト王国まで足を伸ばす事にする。
他国に行った事はないので、冒険者ギルドで聞いてみる。
受付嬢に聞いてみると、冒険者の身分でも越境は可能だという。
元々、冒険者は定住をしない者が多く、国内外で活動する事も珍しくはない。
ただ、一応はその時の拠点となる冒険者ギルドで許可証を発行して貰う方が入国はスムーズに行えるらしい。
冒険者も武装をしているし流れ者は一応は調べられるらしいが、ギルドが保障した者ならば信用できるという訳だ。
それだけ、冒険者ギルドの信用が高い証でもある。
自分達は、ここティナンの街の活動期間は決して長くはないが、領主であるアグラム伯爵が騎士に任じた人物であるならば、ギルドも安心して越境許可証を発行してくれると言う。
ただ、発行には1人200シルバーが必要だそうだ。
発行はその場でもやってくれるそうなので、すぐに頼んだ。
それと、通貨の両替もやって貰う。
ティナンの街程の大きさ都市ならば銀行もあるが、冒険者ギルドでも銀行の代行をやっている。
ちなみに、銀行や冒険者ギルドでは預金も可能だ。
これには冒険者のタグに似た口座タグを使って管理する。
口座タグにも魔法の特殊な技巧で情報を書き込む事ができ、その情報を元に預金や引き出しが可能なのだ。
ただ、口座に預けた金銭は他国では引き出しができないので、預金の一部を現金化し両替もやって貰う。
各国の発行する金貨や銀貨はほぼ同等の価値はあるが、国によっては金の含有量が違うので多少の差はあるのだ。
とりあえず10ゴールドばかり両替して貰った。
必要になれば、ナハクシュト王国に入ってからまた両替すれば良い。
両替した金貨と越境許可証を受取り、馬で国境を目指す。
国境を越える道はアデト山脈の中を進むが、道は比較的なだらかで広さもあるので馬で越える事も可能だ。
ティナンの街を出発して30分を過ぎた頃にラッカムラン王国側の関所に到着した。
越境許可証を提示するが、許可証を見ただけで通過は簡単に許された。
出国は比較的に寛容なようだ。
続いて馬で10分ばかり進んだ先にナハクシュト王国側の関所に差し掛かる。
ここでは越境許可証と冒険者タグの両方の提示も求められ、人相も確認された。
一応、手配されている人物が混ざってはいないのか確かめられているようだ。
こちらの関所までは登り坂が続いていたが、やがて下り坂へと変わる。
山脈を越えるまでは少しづつ気温が下がっていたが、降るに従い気温が上がっているのが感じられる。
山を抜けて到達したのは、乾燥した土地であった。
道の両脇には草原が広がっているが、気温が高く乾燥している。
着ていた外套が暑く感じられて来たので、市場で買ったナハクシュト風の外套に変えると、なかなか快適であった。
フードが日差しを遮ってくれる上に風通しが良いのだ。
関所を抜けてから約40分程進むと、道の先に都市が見えて来た。
ナハクシュト王国側の国境の街であるドルトの街である。
こちらも、構えは城塞のように見えるいかつい外見をしている。
街に入る為の検問所の行列に並んだ。
街の検問所でも越境許可証と冒険者タグ、人相を確かめられる。
ナハクシュト王国でも共通語が通じるので会話に支障は無い。
ただ、多少の訛りや方言とでも言えば良いのか、表現や単語に違いもある。
それは追々慣れて行くしかないだろう。
冒険者は武器も携帯しているので検問も慎重に行っているようである。
最後に「揉め事は起こすなよ」と念を押される。
新しい都市に来たら、まずはその土地の冒険者ギルドを訪れるのがどこでも習わしだ。
その土地での身分を保障する事もできるし、情報集めにも利用ができる。
今日は依頼を受けるつもりはないが、こちらの習慣や街の情報を集めておく為には、寄る必要がある。
ドルトの街のギルドもなかなかに立派な建物だった。
中に入ると、これも他と似たような部屋の作りになっている。
ナハクシュト風の外套を纏っている為か、他の冒険者に気に留められるような事も無いようだ。
まずは、受付に向かう。
受付嬢らの衣装に少々違和感を覚える。
ここの受付にも3人の受付嬢が並んでいるが、いずれも薄着だ。
薄着というか袖無しの上着と短いスカートの間の生地が無い。
つまりはへそとその周りのお腹を出したような状態なのだ。
ラッカムラン王国の酒場ではそんな服装の女性が働いている所もあるが、冒険者ギルドでこんな服装をここで見るとは思いもしなかった。
ナハクシュト王国は解放的なのかもしれないな。
戸惑いつつ受付嬢に話し掛けると、先方も察してくれたらしい。
「ラッカムラン王国からおいでですか? ようこそ当ギルドへ」
人間族の受付嬢が気さくに対応してくれる。
露出した肌が日焼けしているのが目に付く。
登録を済ませた後は、いろいろと話を聞いてみる。
依頼の事だが、この辺りでは難易度の高い討伐系の物はほぼ無いようだ。
反対側のティナンの街でもそうだが、国境線近くで行き来できる場所なので軍隊が相応に配置されている。
そんな場所では、魔獣でも犯罪者でも活動は難しいのだろう。
魔獣相手でも、定期的な討伐が軍を中心に行われている。
その代わりに様々な種類の依頼も多いそうだ。
とりあえず、あとは街の施設などの説明を聞く程度でギルドを後にした。
宿をおさえ馬を預け、その後は街の散策へと出掛ける。
街中では派手な色彩の服を着ている人が多い。
国が変われば、そこに住まう人々の風習なども随分と違うようだ。
食べ物屋から流れて来る料理の匂いも全く違う。
また、乾燥しているからか、飲み物や果実を販売している店が目立つ。
自分達も喉が渇いたので飲み物を買ってみる。
果実を絞った物で、甘くて旨い。
いろいろ見て歩いていると腹も減ったので、一軒の店に入り昼飯とする。
こじんまりとした店だがなかなかに繁盛しているようだった。
自分達が机に付くと、注文を待つ間に満席となった。
香辛料で味付けした辛味のある肉、甘辛い味付けの野菜と肉の炒め料理などが旨い。
肉は鳥やトカゲの類だが、両者は良く似た味わいだ。
食後は、また市場を歩いて回り、最後は武器屋と防具屋も覗く。
ここの武具も充実している。
種類も多いが品揃えも良く、なかなかに魅力的だ。
自分は気になる胸当てを見付け、値段交渉をしてみる。
防御力+1の胸当てなので、4500シルバーと言われるが、何とか4100シルバーまで下げさせた。
皆、ブーツや手甲など防具を中心に買っていた。
あとは宿に戻り夕食を頂く。
二等部屋で1人140シルバーもしただけあって、食事は旨かった。
スライスされて焼いた砂縞トカゲの肉が気に入った。
砂縞トカゲは街の周辺に沢山生息しているらしい。
食後は珍しく浴槽があったので、旅の疲れを取る為にゆっくりと浸かった。
翌日は、目覚めて朝飯を宿で済ませると冒険者ギルドに向かう。
何か手頃な依頼は無いかと探すと、例の砂縞トカゲの狩猟依頼がある。
食用に狩猟するのだ。
ギルドで教えられた街から1時間程離れた荒野に、徒歩で向かう。
周囲は砂と岩が広がり、所々に背丈よりやや高い灌木が生えている。
こんな場所に砂縞トカゲは出没するそうだ。
狩猟数は5匹、例によって獲物の数が増えれば追加報酬が貰える。
後で食料とする為に、強力な魔法は使えない。
魔法では丸焼きを越えて黒墨にしてしまう可能性もある。
砂縞トカゲは全長で1.5~2m位、肉食性なので舐めて掛かると大怪我をする。
こんな荒地で、大砂ネズミや他のトカゲ類や鳥などを餌にしているようだ。
荒地の所々にギリギリ人が潜れそうなサイズの穴が開いているが、これは大砂ネズミの物だろうか。
日差しが強く喉が乾く。
予備の水筒を持って来て正解だ。