第46話「風の使者」
その後もしばらくは迷宮に潜っては依頼を幾つか達成する日々が続いた。
何となく代り映えのしない生活のリズムに飽きを感じてもいた頃に、ちょっと変わった噂を聞いた。
何でもアデレード地方の南方で、魔獣が何匹も発生しているらしい。
たまに何かの影響で魔獣らが大量に移動する事がある。
原因は不明な事もあるが、連中が餌場を求めてとか繁殖の為に群れ単位で移動する事もあるのだ。
今回は、風翔竜という飛行型の大型トカゲが何匹も数日前から出現しており、現地の冒険者だけでは手が足りないようだ。
ただ、場所がやや距離がある。
その為に伯爵に馬を借りて向かう事にした。
伯爵も領内の事だけに、快く馬を5頭貸してくれた。
ハノガナの街を馬に乗り出発し、ニナサの村をまずは目指す。
村に付いて村長らに軽く挨拶をすると、更に南へと駒を進める。
ハノガナの街を出て1日半、ようやく目的のマナイアの町に着いたのは夕暮れ時であった。
この日はまず宿屋を取り、翌朝この町の冒険者ギルドに向かう。
マナイアの町の冒険者ギルドは木造の大きな建物だった。
丸太を組み上げたその建物の中に入る。
対応してくれたのは小人族の受付嬢カンマナだった。
背が低い彼女は受付の後ろで台に乗って応対してくれた。
「いかがなご用件ですか?」
カンマナにこの村に来た経緯を説明し、風翔竜討伐の依頼を受ける。
マナイアの町は、アデレード地方の南部にありアデト山脈の麓に位置する。
そのアデト山脈から10日程前から風翔竜が何匹も飛来するようになったと言う。
風翔竜自体はたまに単体で出没する事もあるがそれは年に数回程度で、今回は既に50匹以上が出現したのだとか。
単体では何とかこの地の冒険者でも問題無いが、複数匹が同時に出現すると対応が難しいようだ。
風翔竜、体長は2~3m程で空色の体色をした大型のトカゲである。
腕に羽根が生え滑空するようにして飛んで来る。
一度地上に降りると、再び飛び立つのは難しいようだ。
巨体も脅威ではあるが、火球を吐き出すのでそれが危険だ。
町を出て、アデト山脈の方角へ向かう。
3000mを越えるアデト山脈から冷たい強風が吹き降ろす。
遠くに見える山々の頂きには白い雪も見える。
この山脈は国境にもなっており、向こう側はナハクシュト王国になっている。
山から吹き下ろして来る風に乗って現れる風翔竜を探す。
途中、他の冒険者のパーティーと擦れ違う。
この町の冒険者のようで、今日も風翔竜と一戦を交えたらしい。
彼らは2匹討伐したが、負傷者が出たので今日は切り上げて来たそうだ。
彼らと少しばかり言葉を交わし、連中が出没した場所を聞き出してそこへ向かう。
登山口に差し掛かった場所がよく風翔竜が降りて来る場所らしい。
その場に着き、様子を伺う。
相変わらず山から吹き降ろす風は強い。
ひゅーひゅーと鳴り響く風の音に混ざって何か別の音が聞こえて来る。
あれが風翔竜かと思い、各自備える。
火球の攻撃に備え火耐性強化の呪文をフォドに掛けて貰う。
全員、ケリナの街で作った火耐性の指輪も勿論装備済みである。
風の音以外に「ぐぅぉーーん」という唸り声なのか羽が風を切り裂く音なのか解らないがそんな音がどんどんとこちらに近付いて来る。
音のする方角を見ていると、何かがこちらの方角に飛んで来る。
それが近付いて来ると、空色の羽の生えた何かだという事が解かる。
更に近付いて来ると、細長い顔と胴体、そして前脚の横から羽が生えたような姿がはっきりと見えた。
風翔竜だ。
空中の目標を目掛けて各自呪文を撃ち込む。
何発かの呪文が命中し、相手は苦悶の声を上げる。
ややバランスを崩しながら、こちらの方へ向かって来て、目の前20m程の地表に「とすん」と降り立つ。
体長は2m中頃と、風翔竜としては中くらいのサイズか。
その細長い口が大きく開かれると、人間の頭程の大きさの火球が吐き出される。
「ごおっ」という音を立てながら、こちらが待ち構える地表目掛けて火球が飛んで来る。
それを避け、自分とキオウ、マレイナが武器を構え風翔竜へと距離を詰める。
対峙してみると風翔竜も厄介な相手だ。
口から火球を吐き出すが、それが結構しんどい。
単発で吐き出すだけかと思えば、連続して撃ち出して来る事もある。
逃げ場を塞がれないように、左右に位置を変えながら近付く。
近付いて左右から切り掛かろうと思ったが、その長いしなやかな尾をこちらを払い除けるように振り回す。
尾には棘が生えており、あれで叩かれるとダメージを負いそうだ。
その上、地上での動きもなかなかに素早い。
体が細く体重も軽い分、動きが機敏なようだ。
それでも広がった羽は地上では邪魔になるようで、そこを切り付けて体力を奪って行く事にする。
長剣で羽を切り裂くと、案外簡単に傷を負わす事ができる。
水竜の鱗に守られた体よりも武器の効果は大きいようだ。
それは胴や脚も同様で、武器で捉えれば確実に打撃を加えているようだ。
風翔竜の動きも鈍くなってくる。
そこへ呪文が炸裂し、動きが止まった所を一斉に切り付ける。
体は大きいが、1匹づつ仕留める分には差ほどの事はない相手だ。
止めを刺し、次の相手を求める。
目を凝らし、山脈の方角を見詰める。
そして、耳を澄ませ、風の音に別の音が混ざっていないか集中する。
しばらくすると、先程に聞こえた「ぐぅぉーーん」という音が混ざって聞こえる。
「ぐぅぉーーん」「ぐぅぉーーん」と音が続いている。
山の方角から2つの塊が風に乗って降りて来る。
再び、攻撃に備える。
今度は2匹が向かって来るようだ。
手頃な距離に来たタイミングでこちらから呪文を放つ。
それをさっと左右に別れて避ける風翔竜。
今度は、上空から火球を放って来る。
それを避けながらこちらも呪文を唱え、迎え撃つ。
しばらく火球と呪文の応酬となる。
こちらの呪文が何度か当たったが、向こうは風に吹かれて火球の狙いが上手くできないようだ。
風翔竜も覚悟を決めたか地上に降りて来る。
着地を狙い、切り付ける。
1匹を前衛3人で囲み、残りを後衛に任せる。
地上での戦闘は、先程の対戦で感覚が掴めている。
羽を切り裂き、尻尾を武器で受け止め、その胴を薙ぐ。
3人で1匹を仕留めると、呪文に射竦められたもう1匹へと向かう。
火球の攻撃は油断できないが、後ろへ後ろへと回り込んで死角を責める。
風翔竜も左右に首を素早く動かせるが、体の横から突き出た腕に付いた羽が邪魔をして一定以上の角度には振り向けない。
後は尻尾の振り回しを警戒し、死角を突いて確実に致命傷を与える。
目の前の奴と戦っている内に次が飛来して来ても面倒なので、手早く片付ける。
2匹目も仕留め、小休止。
休みながらも周囲と上空の警戒は忘れない。
その後も2匹の風翔竜を仕留め、今日は町へと戻る。
日が傾いて来て視界が悪くなって来たので引上げ時である。
初日から5匹の討伐はなかなかの成果であろう。
1匹で250シルバーの報酬、丁度1人250シルバーの取り分だ。
マナイアの町で宿を取り、翌日に備える。
宿代は二等部屋で1人40シルバーだ。
そんな日々が10日ほど続いた。
その間の成果は風翔竜36匹。
まあまあの成績であろう。
飛来する風翔竜もこの数日で数が減って来たので切り上げる事にする。