第41話「謎の古神殿」
学院生活が一先ず終了したが、例の札の使用法も不明なので、ケリナの街でしばらく冒険者活動を続けようという事になった。
講義が終わり時間に余裕も出来た事で、依頼も短時間で終了しなければならない制限が無くなったので、様々な物を受注した。
それから、初心者指導もたまに行うようにした。
そんなある日、美人受付嬢の1人から指名での依頼を頼まれる事になった。
「あのお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」
「何でしょうか?」
キオウ「俺らで出来る事なら、力貸しますよ。」
「それがですね、この街の近くの村で強力な魔獣が出没するみたいなのです。その魔獣が根城にしている場所までは、他の冒険者が突き止めはしましたが、まだその討伐には至っておりません。向かった冒険者は、その魔獣に撃退されてしまったのです。」
キオウ「それは、大変ですね。」
「ええ、向かった冒険者も中級の人達なので、そんなに頼りない方々ではないのですが。もしよろしければ、皆さんにお頼みできないかと思いまして。」
「そうですか。なら、自分らで様子を見て来ましょう。」
「ああ、助かります。皆様方のような経験豊富な方々であれば、こちらも安心してお任せできますわ。」
自分達は、その魔獣の討伐を受ける事にした。
ナルルガ「2人共、何か普段と違わない?」
キオウ「そうか? そんな事ないだろう。」
マレイナ「ううん。何だかカッコつけてなかった?」
「いや~、そんなつもりは無いよ。いつも通りさ。」
その魔獣の討伐に向かった冒険者らにも話を聞いた。
「ああ、その魔獣か? そいつは、羽が生えていて、全身が赤いんだ。ワニみたいな顔してたな。」
羽の生えた魔獣か。珍しいな。
「そいつがさ、空に飛び上がって、上から呪文を連続で使って来るんだよ。それで、こっちはお手上げさ。厄介な奴だよ。」
羽の生えた魔法を多用する魔獣? もしかしたら、そいつは魔族なのかもしれない。
この前に作った対闇属性の指輪などを装備し、準備を整えて向かう。
まずは、魔獣が出没する村に向かい、そこから相手の根城に行く事とする。
村には、乗合馬車で1日半程で到着した。
そこの村人にも話を聞いてみた。
「そこは、この村から半日程度歩いた所にある岩山でして。そこの山肌をくり抜いて作られた大昔の神殿のような場所なんです。」
神殿? そんな所に誰が?
「さあ、何でそこにあるのか、いつからあるのかは、解りません。この村が拓かれるよりも遥か昔の物のようで、言い伝えなども残ってはおりませんで。」
しかも、村ができた頃から無人で、誰も居ないはずだという。
翌日の早朝、魔獣の根城である謎の神殿に向かう。
見送ってくれた村人の表情も、心配そうである。
謎の廃神殿まで、途中で休憩を挟みながら徒歩で向かう。
例の魔獣は、数は多くはいないようだ。
おそらくは1匹しかいないのであろう。
この数日は村へも来る事は無かったようだが、今もそこにいるのだろうか?
今は魔族らしいという不確かな情報しかないが、自分達の手に負えるのかも不安ではある。
やがて、廃神殿が見えて来た。
遠目でも、その神殿がよく見える。
天然の岩山を削ったり岩を組み上げて作られたようだが、こんな場所に誰が作ったのだろうか?
キオウ「本当に、岩山を削って作られてるな。誰がこんな所に、こんな物を。」
フォド「不思議ですね。この神殿は。こんなの見た事がありません。」
「見た事が無い? それだけ古い形式の神殿なのかい?」
フォド「いえ、作られた時代には関係ありません。ここは、我々の知る四主神のどれもが祀られていないのです。普通は、四主神の象徴たる何かが飾られているのですが、それがどこにも見当たりません。本来なら、四主神全てか、そのどれかを現す物があるはずですが、そのどれもが無いのですよ。まるで、別の神を祀っているような印象を受けます。」
別の神? それは太古の我々が知らない神とでも言うのか?
塔の様になった場所には、見慣れない怪物のような彫刻が幾つも掘られている。
これでは、まるで魔獣を祀る神殿のようだ。
(魔獣の神殿? もしや、ここで祀られていた神というのは・・・。)
神殿を観察していると、茶色い岩山の神殿の一ヶ所に気になる部分がある。
一つだけ、赤く塗られた魔獣の像が嵌め込んであるように見えるのだ。
いや、その赤い像と思った物は、石像ではない。
そいつは、自分達が近付くと急に動き出したのだ。
赤い像と思っていた物が背中の羽を広げた。
どうやら石像と思っていたのが、目的の魔獣のようだ。
大きさは人の背丈よりやや大きく、2mは越えている。
噂の通りにその顔は、まるで鰐のような形をしており、大きな口が特徴である。
そいつの全身が赤い鱗に覆われていて、服などは着てはいない。
その手には、錫杖のような金属製の杖が握られている。
赤い魔獣が羽を広げたかと思うと、空中に軽々と飛び上がった。
そして、手に持った錫杖を奴が頭上に構えると、黒い稲妻のような物がこちらに幾筋も飛んで来る。
これが魔法の連続攻撃か?
ナルルガの魔法障壁が、黒い稲妻を弾き返す。
空中に逃れられては、武器の攻撃は当たらない。
こちらも呪文を唱えて攻撃をする。
火炎球や光弾、風の刃や石礫などを飛ばすが、奴が錫杖を横に振ると呪文がかき消されてしまう。
キオウ「こいつ、魔法をかき消しやがった。」
フォド「ええ、今までにない手強い相手のようですよ、これは。」
今までも魔法を使う魔獣と幾度も戦った事はあるが、ここまで魔法に長けた相手は初めてだ。
黒い稲妻以外にも、黒い刃のような物を撃ち出して来る。
黒い刃は、ナルルガの魔法障壁も切り裂く。
ナルルガ「何? あの呪文は? 反則よ。」
このまま奴を空中にいさせては、やがて魔法の餌食になる。
マレイナが半弓を放ち何本かの矢を当てるが、まだ奴を地上へ降ろす事はできない。
ナルルガが、新たな呪文を唱え始める。
両手の間に頭よりも大きな黒い球体が生み出され、それが上空の魔獣へと撃ち出される。
その黒い球体が魔獣に近付くと、いきなり爆発した。
爆発に巻き込まれる魔獣。
流石にこれはダメージが大きかったのか、地上に降りて来る。
マレイナ「やった。ナルルガちゃん、凄い。」
その着地を狙い、キオウと自分が突撃する。
これで討ち取ったと思ったが、魔獣がこちらの攻撃を錫杖で弾き返す。
キオウ「くそっ。接近戦も得意なのかよ。」
「ああ、相当にやるぞ、こいつは。」
キオウの槍先を錫杖で払い除け、自分の剣戟を錫杖で受け止められた。
更には、錫杖で鋭い突きを繰り出して来る。
意外な反撃に防戦一方になる。
「くっ、こんな奴が、まだいたんだな。」
長剣で切り付けてはいるが、まだまだ致命傷ではない。
不意に奴が口を大きく開けたかと思うと、煙を吐き出して来た。
黒紫色のその煙を吸うと、喉や目に刺激を感じる。
キオウ「何か目が痛いぞ。」
「体の力も抜ける感じがする。」
力も抜ける感じがし、これには毒性もあるようだ。
煙をちょっとした煙幕代わりに使われ、再び奴を空中へと逃がしてしまう。
フォドに毒除去の魔法を掛けて貰い、上空へ備える。
再び上空からの魔法攻撃に晒されるが、マレイナの弓技の光属性を込めた剛弓が奴を捕らえた。
その苦痛に顔を歪めた奴が落ちて来る。
「マレイナ、いいぞ。」
間髪を入れず、体勢を整え直す前の奴へと切り付ける。
ダメージは与えたと思うが、まだ奴は動きを止めない。
奴も錫杖を振り回し、こちらに打ち付けて来る。
体力もなかなかのもので、牛頭巨人並はありそうだ。
錫杖なんて武器を振り回す相手も初めてだが、腕力もあり油断のできない得物になっている。
魔法に、変な煙に錫杖の扱いも上手いとか、完璧な相手である。
地上でも少し距離が空くと、例の黒い稲妻を放って来る。
これだけ魔法を続けざまに使うのは、呪文を唱えずに発動しているとしか思えない。
こちらの攻撃が致命傷になっていないのも、奴の鱗が硬いからだが、防御にも優れているとはお手上げである。
だが、確実に武器の攻撃や魔法の呪文は当たり続けているのだから、倒せない事はないはずだ。
(倒せないなんて、無いはずだよな?)
気付けば、20分近くは戦いが続いているだろうか?
こちらは少しづつ疲れを感じ始めているのだが、奴の動きは最初からさほどに変わっていないように感じる。
何度目かの長剣の剣技の強打を与えてはいるが、奴の鱗に少々傷を付けている程度だ。
所々の鱗が壊れ剥がれ掛かってはいるのだが、奴の体力を奪うまでは至っていないようだ。
だが、前衛の3人で攻め続けていると、少しづつ奴も後退し始めていた。
何時の間にか、廃神殿の入口近くまで追い込んでいる。
奴も苦しいのであろう。
(そうに違いない。)
ならば、傷を抉るように攻めて、致命的な打撃を与えるだけだ。
長剣を真っすぐに突き出し、鱗が壊れかけた部位を一閃に貫くように捻じり込む。
流石に利いたようで、奴の大きな口から悲鳴にも似た叫びが漏れ出る。
壊れた鱗が砕け散り、どす黒い体液が吹き出す。
「やったぞ、こいつも鱗の下は柔らかいぞ。」
続けざまに攻め続け、その鱗の内側を抉って行く。
そんな傷を前衛の3人の武器が、何か所も作り始めていた。
流石に錫杖に込められた力も下がって来て、こちらの武器を払い除ける力も弱々しくなっている。
そうなると、魔法の攻撃に切り替えて来る。
至近距離から魔法を喰らうが、魔法で強化した武器ならば、その呪文をある程度は弾く事もできる。
だが、その防御法が、何時までも有効な訳ではない。
こちらも短期で片を付けなければ、相手を取り逃がす事もあるだろう。
急に奴が背を向けたかと思えば、廃神殿の中に向かって駆け出す。
キオウ「奴が逃げるぞ。」
フォド「ここで逃がしたら、今までの戦いが無駄になります。追い掛けましょう。」
逃げる奴の背に向かって呪文を放つが、動きを止める事ができない。
神殿の廊下のような長い通路を駆け抜る。
薄暗い廃神殿の中を、ナルルガの放った光の玉が前方に飛び奴の姿を照らし続ける。
奴が駆け込んだのは、神殿の広間であった。
広間の一段高くなった台座に飛び付くように登った奴が、何やら台から取り出した。
例の札に似たような物を、奴は自分の傷口に押し当てている。
すると微かな光をその札が放ち、奴の傷口に張り付いた。
マレイナ「あの札、傷を治してるよ。」
「回復させはしない!」
奴が2つ目の札を張り付けようとした所に、切り掛かった。
辛うじて札の貼り付けを阻止し、戦闘を再開する。
回復を試みるからには、追い詰めている事は間違いないだろう。
表情からは、その心情が読み取れないのは、種族がまるで違う故か?
広間に場所を変えても、奴との死闘が続く。
もう奴も逃げ場がないと、観念したのかもしれない。
覚悟を決めたのか、その抵抗も激しさを増す。
ぶつかり火花を散らす錫杖と、剣と槍。
だが、終わりの時も、やがて来た。
何か所にも致命的な傷を負わせ、動きも緩慢になって来た所をキオウの戦槍が奴の喉を貫いた。
すかさず、自分とマレイナが、奴の頭を胴を切り裂く。
くぐもった弱々しい叫び声と共に、奴の口から黒い体液がごぼごぼと零れ出す。
そして、仰向けに奴が広間の床に倒れる。
やっと、相手の動きが止まった。
念の為に、止めの攻撃を加えておく。
手強い相手ではあったが、多勢で攻め切ったような物だ。
どっと疲れを急に感じる。
キオウ「やったな。」
「ああ、魔法に接近戦に、タフな奴だった。」
休憩を挟み、奴の鱗を剥ぎ取る。
そして、奴の体に張り付いた札と台座に置かれた札も回収した。
札は合計で5枚、ちょっと見ただけでは廃都市の札に似ているようだが、用途が違う物なのだろうか?
他に奴の仲間がいないか、廃神殿の中を探索した。
奴が寝床にしていた痕跡があったが、他に仲間はいないようである。
「これが、奴等の崇める物なのか?」
神殿の台座には、奇妙な形をした置物のような物が、幾つも置かれている。
フォド「そうかもしれません。研究用に、1つ持ち帰って調べて貰いましょう。」
そして、日が傾く前に村に戻って来た。
村に着くと、心配そうに自分達の帰りを待つ村人達に迎えられた。
問題の魔獣を退治できた事を伝えると、歓声が沸いた。
その日の夜は、村人達が感謝の宴を開いてくれた。
充分に飲み食いし、翌日の乗合馬車でケリナの街へ戻る。
街へ戻ると、まずは冒険者ギルドに立ち寄り、今回の依頼の報告をした。
討伐した魔獣の特徴と切り取って来た鱗を見せると、奴はそのまんまな赤の魔人と呼ばれる魔族であるらしいと言われる。
やはり、奴も魔族だったのだ。
「ああ、皆さんにお願いして、大正解でした。ご苦労様でした。こんなに強い魔族まで倒せるなんて、凄いです。」
回収した札と置物だが、自分達の手で学院に持って行く事となった。
魔法に関わる事ならば、ギルドよりも学院で調べるのが早い。
今回の報酬は、1人15ゴールドと、なかなかの収入となった。
翌日、数日振りの学院に向かう。
そして、タバル教授を尋ねる。
札と置物を渡し、赤の魔人の事を話す。
興味深そうに話を聞いていたタバル教授も、新たな札を見るのは初めてのようだ。
タバル「ええ、またもや難解な物を持って来られたな。調べ物も溜まってしまうよ。」
教授は不満そうな口振りではあるが、その口元が緩んでいるのを見逃さなかった。
タバル「こんな置物も見た事は無い。これが魔族の崇める神と関連があるのかは解らんな。そもそも、魔族も不明な事だらけだから、その神ともなるとお手上げだな。君達が持ち帰って来た物も、大変に珍しい物だよ。まったく。」
調べ物は教授に任せ、自分達は屋敷へと戻った。
廃神殿の調査を学院とギルドの共同で行うそうだ。
だが、それは、自分らの仕事ではない。
その日、赤の魔人の事や新たな札などについても、自分達からアグラム伯爵へ伝える手紙を書いた。