第40話「札の使用法」
ケリナの街に来て、1ヵ月程経った頃に、自分達宛てに手紙が来た。
差出人はガラワンであり、アグラム伯爵の伝言も含まれていた。
自分達がケリナの街に行ってからの数日後、伯爵の手兵による開拓村周辺の探索が行われたそうだ。
大人数の部隊を繰り出せば、相手側に気付かれる可能性があるので、少人数づつの複数のグループに別れて行われたようだ。
複数のグループに別れ、同時に相手側の拠点となる廃墟や、彼らが通り道にしている場所や廃都市を見張る。
見張りを始めて数週間、不審な人物を幾人か見付け出し、戦闘の末に何人か捕らえる事ができたようだ。
尋問の結果、連中がある神に関わるという情報を引き出せたようだ。
その神とは、自分達が普段崇める神々とは、また別の神の事だ。
この世界で様々な種族が崇めるのが、四主神と呼ばれる四柱の主神だ。
それとは違う、魔族や魔獣の神と呼ばれる邪神もいるのだが、連中はその神の信徒のようである。
その邪神が、自ら信徒に指示する事はありえないが、彼らの中の高位の者がそれを行っている可能性が高いと言う。
その邪神、普通は人間などの種族が崇める事は無いはずなのだが、宗教には詳しくはないのでよく解らない。
フォド「邪神の信徒は、人間や他の種族の中にもいるという話は、私も聞いた事があります。でも、自分がそうだと明かす者などいませんから。」
それもそうであろう。
普通は、邪神を知っていても忌み嫌うのが当たり前だ。
この世界で、災いを齎すと言われている邪神、そんな魔族らの崇拝する神を崇めるなど、まともな考え方をする者ならば、当然するはずもない。
聞き出せた情報は、それ程に多くは無いようだ。
例の札の使い方も、呪文の一部を聞き出せはしたが、完全な物はまだ解らない。
その呪文については、別に学院には通知されたそうだが、まだ何の成果も無いようだ。
邪神、その信徒、謎の札に動く遺体、それがどうつながり、何を計画しているのだろうか?
ちなみに、フォドは四主神の内の東の神「ルムホルム」、以前、何度か組んだ事があるマルナは西の神「ホムタガロフ」の神官だ。
学院での自分達は、それなりの注目の的になっている。
休憩時間には、同じ講義を受ける他の受講生からの質問責めに合う。
最初は毛色の違う自分達に距離を取っていた彼らも、1ヵ月以上も同じ講堂で机を並べていれば親しみも生まれたようだ。
恵まれた家庭の者が多く、冒険者など荒事の多い人種とこれだけ間近で過ごすのは、初めての事であろう。
最初は冒険者とはどんな仕事をするのか? どんな魔獣と出会ったのか? 魔法がどう実戦で活かせるのかなど、様々な事を聞かれた。
その内に、何時の間にか休憩時間や講義後は、自分達の武勇伝を聞く場ができていた。
最初は、好奇心の多い数人の学生が集まるだけであったが、今ではほぼ全員が入れ替わりで話を聞いてくれた。
特に、ハノガナの街の迷宮での様々な体験は、人気があった。
魔獣との戦いだけでなく、様々な遺物やナルルガの収集した魔導書の事が、興味を持って聞かれた。
ナルルガ「私の集めた魔導書は、ここでも少しばかりは有名よ。中級講座の学生の中にも知っている人がいたから。まあ、あの内容なら当然よね。」
それを編集した魔術師として、ナルルガが尊敬を集めているのだとか。
学院での生活は、自分達にとっても新たな体験ではあるが、そこにいる普通の学生らの間では、自分らの日常の方が驚異に満ちた世界なのだ。
魔術師として冒険者になれば、ただ魔法を専門にしているだけで済む事はなく、時として自ら武器を振るって身を守る事も必要なのだが、それを彼らに伝えた。
更に、1ヵ月余りが過ぎた。
学院での講義を受けた後に、学院長室へ来るように言われる。
タバル「ええ、あの札についてなんだが、まだまだ部分的ではあるが、使い方が解かったのだよ。」
伯爵らが尋問で聞き出した呪文を調べてみたところ、過去の記録にその呪文と思われる物が残されていたのだとか。
タバル「ええ、ただ、まだ呪文は不完全であり、まだ完全に再現するまでは至ってはいない。ええ、引き続き、調査中である。」
今の段階での成果を見せて貰うので、実験室に案内された。
実験室に置かれた寝台の上に、一体の遺体が寝かされている。
その遺体の胸に、あの札が1枚貼られていた。
実験を担当する魔術師が呪文を唱え始めると、遺体が微かに振るえ始めた。
だが、痙攣のような動きを見せるが、それ以上の動きはない。
そして、札を剥がすと、その動きは止まった。
「先程の呪文は、闇属性の呪文です。それも、過去に失われてしまった物です。その再構築を現在は研究しているところです。」
呪文の構築、つまり魔法文字を組み合わせを変えて行く事により、呪文を完成させるという事だ。
呪文には幾つかの法則性があり、部分的な文字が欠けていてもそれを再現する事が可能だという。
だが、それぞれの呪文にも癖があり、特に失われた呪文の再構築は困難な場合も多いのだ。
ナルルガが迷宮で集めた魔道書が貴重なのは、その失われた部分がそのまま残されていた故の評価でもあるのだ。
呪文の事は、まだ学び始めた自分達には高尚過ぎて、ただ頷くしかない領域での話である。
だが、ナルルガには闇属性魔法の事が気になったのか、その日から学院の書庫に籠り何やら調べものを始めたようだった。
ナルルガの単独行動が増えた。
それにフォドも、たまに付き合ってはいるようではあったが。
学院生活も長期になり、それぞれの行動がバラバラになっていた。
自分は貧民街のマガセの所にちょくちょくと出掛けては、野草園や菜園の作業を手伝ったりしていた。
マガセとの関わりをキオウらは余り快くは思ってはいないようだったが、その時の自分には、その気持ちには気付きもしなかった。
ある日、世話になっているユドロ侯爵の屋敷の家宰から頼まれ事があった。
家宰「皆さん、近々当家において、祝い事がありまして、その場で提供する料理の素材を集めて頂きたいのですが。素材と言うのは、少々、獲物を狩って来て欲しいのです。」
居候をしている自分達にも、たまには働かせようという事らしい。
必要とする獲物の数が多いので、自分達も活用しようとなったようだ。
家宰「仕留めた物の運搬などは、こちらで人員を用意しますので、皆様には狩りの方をお願いします。」
断る理由も無い自分達は、翌日から周囲の森や野に出掛けては狩猟に勤しんだ。
要求数も、大角鹿が15頭、大猪が10頭と、なかなかの数になる。
家宰「他に、獲物がおりましたら、それもお願いします。鴨や兎は喜ばれますので、よろしく頼みます。」
狩猟となると、マレイナが主体となり、自分達はサポートに回る。
普段から魔獣を多数相手にして来た、レンジャーのマレイナの弓の腕は凄い。
よくも、あんな遠距離にいる獲物を正確に射貫く事ができるものだ。
その腕前に、手伝いに来た屋敷の使用人らからも歓声が上がる。
初日から、大角鹿5頭と大猪が3頭獲れた。
その他にも、大耳兎が数羽獲れたので大収穫である。
獲れた獲物は、屋敷の使用人らが荷車に乗せて運んで行った。
家宰「おお、素晴らしい。見事な獲物ばかりですね。ありがとうございます。」
ほぼ、マレイナの1人舞台なのだが。
狩猟は、4日で目標の狩猟数を上回って終える事ができた。
侯爵の饗宴に自分達が呼ばれる事は無かったが、狩りの成果の分け前は美味しく頂いた。
家宰「主人も、大層お喜びでして、皆さんには感謝しておりました。」
饗宴の方も、無事に終える事ができたようだ。
獲物の数にも質にも、侯爵は大満足であったらしい。
饗宴の為の狩猟から数日後、久し振りに全員でギルドの依頼を受けた。
ケリナの街の街道沿いに、魔獣が出没するというので、その退治が目的だ。
街道沿いにも、たまに魔獣が出没し人々の往来の脅威となる。
それ程に強力な魔獣は出て来る事は少ないが、それでも一般の街人や通行人には危険な存在である。
夕暮れ近くに、街道沿いを警戒して魔獣に遭遇すれば、それを撃退する。
この日は、少数の一角鬼の集団に遭遇した。
ナルルガが呪文を唱えると、見た事の無い魔法を放つ。
闇の魔弾、黒い球体を手から放つと矢のような速度で一角鬼を捕らえる。
悶絶し絶命する一角鬼。
ナルルガ「闇属性の攻撃呪文も、学院で覚えたのよ。まだ、数は少ないけど、どれも強力な奴ばかりだわ。」
例の札を含めて、今後は闇属性の魔法との関りが増えるであろうと、その対策の為にもこの属性の魔法を習得したそうだ。
確かに、それも必要な対策であろう。
その他にも、皆で魔道具制作の知識を駆使して、闇属性魔法の耐性のある指輪を作ってみた。
どの程度役立つかは解らないが、今後は闇属性の呪文を使うような奴らと出会う可能性もあるのだ。
学院での講座も、そろそろ終了が近付いている。
講座の受講終了の認定は、習った呪文を幾つか正確に唱えられるかどうかが問われる。
各受講生も、呪文の研鑽に気合いが入っている。
自分達も、今までの冒険者活動では使った事の無い、幾つかの呪文が課題になっている。
ナルルガの受けている中級でも同じような課題があるが、その他にちょっとした魔法に関する論文の提出もあるようだ。
どちらも、ナルルガにとっては得意な分野だそうだから、心配は無いだろう。
ただ、自分達は余り得意ではない属性の呪文も含まれているので、その制御がやや難しい。
講座の後に演技場に行っては、他の受講生らと呪文の練習を重ねた。
キオウ「やっぱり、苦手な呪文は発動が大変だな。」
「ああ、まだ合格できそうなのは、全体の7割かな?」
キオウ「まだ時間はあるぜ。焦らずに行こうぜ、相棒。」
ナルルガ「少しは、焦った方がいいわよ。」
課題の追い込みをしながら、気分転換と腕を鈍らせない為に、ギルドでの依頼は受け続けている。
実戦で未完成な呪文を使ってみるのも、完成へ近付く道になるであろう。
それから、初心者冒険者の依頼を手伝うなどもしている。
以前、自分とキオウも、一角鬼退治に先輩らと挑んだ事もあったが、それと同じ事を後進にも行っていた。
近隣の地域に出没する魔獣らの討伐が多いのだが、数人の初心者を連れて出掛けた。
ケリナの街近くに出て来る魔獣は、一角鬼や大食い鬼程度だが、それでも初心者には侮れない相手なのだ。
出来るだけ、彼らが1対1か、それ以上の体勢になれるようにしながら経験を積ませて行く。
彼らに無理をさせないように加減するのも気苦労が絶えないが、幸い魔獣が一度に数多く遭遇しないので、問題無くこなせた。
講義と依頼の生活を続けていたが、ある日、悲しい出来事があった。
収穫が迫ったマガセの治療所横に作った菜園が、荒らされ作物が奪われたのだ。
「誰がこんな事を。」
マガセ「まあまあ、ここでは珍しい事ではありませんから。折角、作っていただいたのは、残念ですが。」
以前から、マガセら貧民街に肩入れする自分を、余り良い目で見ていなかった仲間達から、逆に説教を喰らう事になる。
マレイナ「サダのやっている事は、自己満足じゃないの?」
キオウ「そうだよ。ここにいつまでもいられる訳じゃない。」
マレイナ「あそこには、百人以上の人がいるんだよ。その全てをサダだけで助けられるの? そんなの無理でしょ?」
そうだ、あの程度の菜園では、精々10人程度の食料が得られるのが限界だろう。
言われた事も理解はできる。
だが、それでも何か自分に出来る範囲でやってやりたい。
菜園を再び耕し、種蒔きをした。
また、治療所の薬剤などを置けるように棚を作った。
自己満足だろうと、自分にも出来る事をして何が悪いものかという気持ちで作業をした。
そんな日々が続き、いよいよ講座の卒業認定が始まる。
初級講座の課題は、火、風、土、水、光、闇の各属性の魔法を各2つづつ唱え正確に発動する事であった。
自分は土と水は得意な属性だが、他の属性は今まで冒険者生活で使う事も無かった。
しかも、闇属性に至っては、学院に来て初めて接した物であった。
最近、ナルルガが盛んに使い始めたが、それでも馴染みが無い属性と言えよう。
闇だけは最後まで苦手ではあったが、課題の試験時には何とか合格水準に達する事ができた。
他のメンバーも、無事に合格できた。
特に、ナルルガとフォドは、魔法を普段から使っているので余裕であった。
中級は、課題の呪文の数も各属性で、それぞれ5つも完成させなければならないそうだが。
無事に全員で、講座終了の認定書を受け取る事ができた。
講座は終ったが、まだ例の札の調べが終らないので、もうしばらくケリナの街に滞在する事になった。
そして、その調査は、思いもかけない進展を見せる事になる。