第39話「ケリナでの依頼」
冒険者ギルドに行き、あの美人受付嬢に話をする。
「あ、あの、何か、簡単に終わりそうな依頼はありませんか? その半日くらいの時間で。できれば、余り街から離れないのが理想なのですが。」
「そうですね。皆さんの腕前で、近場と言いますと。う~ん、難しいですね。」
聞いてみるが、やはりなかなかに条件に合った依頼は無いそうだ。
街の周囲では、余り強力な魔獣は出没しない。
「皆さんに満足頂くような物ですと、場合によってはここから数日は離れた場所の物しか無いかと。」
その点、街の傍に迷宮のあるハノガナの街とは、条件が違うようだ。
ただし、ここケリナの街にも例外はある。
「あっ、大丈夫です。この街でも依頼はあります。ですが、余り人気が無いんですよね。」
それは、街の地下下水道での依頼だそうだ。
街の地下には下水道があり、そこには魔獣が徘徊していると言う。
普段は街中に連中が出て来ないように結界が施してあるが、たまにそれが出没する事があるらしい。
地下の構造は、幾つかの層になっているようだ。
一番街に近い一層目に魔獣が出る事はほぼ無いが、二層目以下は事情が違うようだ。
魔獣が出て来るのは、特に街の外の区画に多いそうだ。
そこの魔獣の討伐を今回は受注する事にする。
マレイナ「何か、変に緊張して無かった?」
「えっ? そうかな。」
マレイナ「いつもと、何か違ったよ。」
それにしても、この街の地下に、迷宮があるとは意外だった。
だが、地下の下水設備などは、ある程度の規模の街ならば、当たり前に備わっている物だ。
ハノガナの街にも当然あるし、その旧市街の物は地下迷宮の一部にもなっている。
探索する場所が地下下水道という事もあり、新調した外套を使い古した物に着替えてから向かう。
教えられた街の外れに到着した。
その地域を見てまた驚いた。
貧民街とでも呼ぶのだろうか?
華やかなこの街に、こんな場所があるとは知らなかった。
キオウ「ここら辺は、荒れてるな。」
「この街に、こんな地区があるのか。」
フォド「まるで、この街の影ですね。光が強いから、その影は余計に暗いようですね。」
こんな場所ならば、結界が厳格にされていないのかもしれない。
周囲の人々が、暗い目をしながらこちらを無気力に眺めている。
地下へと降りる場所を探し入り込む。
ナルルガ「うっ、酷い臭い。これは、人気の無い依頼だってよく解るわね。」
地下は湿ったかび臭い場所ではあったが、一層目は水が無く問題無く歩ける。
ただ所々に、ゴミや泥の山があり歩き難さはある。
ナルルガ「何が落ちてるか、解かったもんじゃないわね。」
しばらく一層目を歩き回ったが、流石に魔獣とは遭遇しない。
二層に降りる階段を見付けると、そこを下る。
二層目は、更に悪臭が増して、所々に水溜まりもある。
ナルルガ「もう、嫌。さっさと倒して帰りましょうよ。」
キオウ「俺も帰りたいけど、なかなかいないな。」
下水の中を進むのだから、ハノガナの街の迷宮より気分が滅入る。
たまに何かが目の前を横切るが、大ねずみは、今回の依頼とは関係が無いので無視する。
しばらく進んでいると、前方に何かいるようだ。
キオウ「やっといたか?」
ランタンの光を向け目を凝らして見ると、一角鬼の集団がいた。
その数、6匹。
武器を抜き、魔法を放つとそれを合図に切り掛かる。
一角鬼など敵ではなく、一瞬に決着が付く。
そして更に進む。
その後も一角鬼や大食い鬼の小集団に遭遇し、この日の依頼を終える事にした。
討伐数は一角鬼が16匹、大食い鬼が11匹だ。
人の住む街の下に、結構な数がいたのだ。
ギルドの受付嬢が、驚いているようだ。
「えっ? 1日にそんな数を? やっぱり、あなた達は、凄いですね。」
「そっ、そうですか? ハノガナの街だと、毎回、この位は、」
「ああ、皆さん、凄腕なんですね。びっくりしました。これで、街も安全になりましたよ。」
褒められたようで、照れ臭い。
マレイナ「また、変だよ。ちょっと。」
報酬は、10ゴールドを受け取った。
再び、学院での講座を受ける日々が続く。
最初に習ったのは、魔法文字である。
それぞれに、意味ある文字を正しく並べて発音する事により、魔法の呪文が発動するのだ。
それは、「火」「水」などを意味する文字もあれば、「大きい」「早い」「遠く」など形容詞など様々な文字が百数字ある。
現代も使われる人間族や妖精族などが使う文字とは、また別の古代から魔法を使う為の物である。
それをどこの誰が作り出したのは、今となっては不明なのだが、神々が全ての生き物に与えたとか、古代の魔術師らが生み出したとも言われている。
その魔法文字の意味、読み方、書き方をまずは習った。
やがて、簡単な呪文を幾つか覚えさせられ、屋外の演技場でその発動を試した。
的代わりに立てた、木の柱を狙って呪文を放つ。
各自で得意な属性の魔法を中心に行う。
自分達は実戦経験もある上に、魔法文字を習った事で、より精度の上がった呪文を唱える事ができるようになっていた。
他には、簡単な魔法道具の制作法なども習い、手始めに火属性耐性の指輪を作ってみた。
街の魔法屋で火属性を秘めた小さな魔石を買って来て、それを魔法の呪文で効果を高めて作ってみた。
火属性+2、なかなかの効果の付随した指輪を造る事ができた。
それ以外に、王国での魔王の関連した出来事などや、過去の魔法の偉人らの歴史なども学ぶ。
まあ、歴史などが冒険者の活動に関係があるとは思わないが。
そして、合間に冒険者の依頼を受ける。
地下下水道にも、あれから何回か行ってみた。
ナルルガ「私は、反対してるけどね。」
キオウ「俺も苦手だけど、手っ取り早く稼ぐなら、この依頼がいい。」
「他に、受ける人がいないから、受付でも反応いいんだよな。」
マレイナ「それが、目当てじゃないの?」
他にも、祝儀の御馳走の食材集めの為に、大型の猪や鹿などを狩って持ち帰るなど狩人のような依頼までやってみた。
食料集めの狩猟はやった事はあるが、誰かの為に狩るのは初めてであった。
また、駆け出しの冒険者らの初心向けの依頼などを手伝う事もあった。
何時の間にか、自分らは後進を育てるような立場にもなっていたのだ。
もっと早い段階でも、そんな事をする立場にあったのかもしれないが、今の本格的な依頼を受けられないこの時が、それにはいい時期となっていた。
それと遠出しない依頼を中心に受けていると、どうしてもこの街の貧民街との関わりも出て来てしまった。
そんな依頼の一つが、貧民街でそこの住人向けに医療を行っている人物からの物だった。
幾つかの薬草類を採って来て欲しいという手間の掛かる依頼だが、難易度が低いのもあるが報酬が少ない
傷薬用、痛み止め用、下痢止め用、解熱用等々、種類にして10種類はあるであろうか?
薬草集めは初心者向けではあるが、それだけ種類があると専門の知識もいる上に、低報酬では中級以上の冒険者から見向きもされない。
今まで、何種類かの薬草集めをした事のある自分でも、採取した事の無い種類が含まれる。
だが、その気になれば、半日も掛からずに集める事は可能であろう。
「受けて頂けると助かります。手間が掛かるのに、報酬が少ないので、なかなか他の冒険者さんらが受けてくれないんですよ。」
「自分達で、お力になれるなら、喜んで。」
「ああ、お願いします。」
マレイナ「もう、調子良過ぎない?」
追加の報酬は無いようだが、少々多めに集められるものならば、揃えようと思い出掛けた。
向かうは、ケリナの街の郊外から近くの森にかけての地域である。
ギルドで簡単に、それぞれの薬草が自生する場所を教えて貰い、そこに向かう。
結構、広範囲ではあったが全ての薬草を集め終わり、昼前に街を出て夕方前には戻る事ができた。
ついでに、草原で耳長兎を見掛けたので、何羽か狩猟して来た。
ギルドに戻り依頼達成の報告を済ませて、報酬の15シルバーを受け取る。
1人15シルバーではなく、5人でその報酬である。
「ごめんなさいね。こんな少ない報酬で。」
「いえいえ、勘を鈍らせない為に体を動かしているようなものですから、気にしないでください。
「そうでしたか。ああ、それならば、依頼者の所に、これを届けて頂けますか? 随分と待たせてしまったので、少しでも早く届けてあげたいので。」
「ええ、構いませんよ。届け先は、どこですか?」
貧民街には、地下下水道の依頼で近くまで行った事もあるので、気にせずに向かった。
マレイナ「そこまでしなくてもいいじゃないの?」
「でも、依頼者も困っているみたいだから。」
マレイナ「そう、なのかな?」
今まで、貧民街の入り口近くまでは行った事はあるが、中まで入るのは初めてであった。
5人の冒険者が貧民街を訪れるのは珍しい事なのか、そこの住民らが遠巻きに眺めている。
住民に道順を聞き、ようやく治療所に辿り着いた。
キオウ「本当に、ここが治療所なのか?」
フォド「言い方は悪いですが、そうは見えませんね。周囲の家と変わりませんよ。」
この辺りにある家は、どれもぼろぼろの崩れたような物ばかりである。
入口から声を掛けると、思いの外に若い男が中から顔を出した。
20代後半くらいだろうか?
「あなた達は一体? こちらに何の用でしょうか?」
「冒険者ギルドに、依頼を出していましたよね? その薬草を集め終わったので、それを届けに来ました。」
「えっ? ああ、依頼の件でしたか。ありがとうございます。狭い所ですが、中にお入りください。」
中も粗末な場所であったが、診察台代わりの寝台と薬瓶などが幾つも並ぶ、ちょっとした治療所であった。
男は、マガセと名乗った。
マガセ「ここの街で、薬師として学んだのですが、この辺りでは医療を施す者がおりません。それで、微力ながら、私がこうして治療所みたいな物をやっているのです。」
彼に集めて来た薬草類を渡す。
マガセ「ああ、こんなに沢山、助かります。ありがとうございました。報酬も、もう少し出したいのですが、ここでは余り儲かりはしないので。」
そんな会話をしていると、幾人かの子供が中に入って来る。
マガセ「この子らですか? みんなここら辺の子供達です。彼らの親が働いている間は、こちらに遊びに来るのですよ。」
「お兄ちゃん達、ウサギ獲って来たの?」
「冒険者さんも、狩りをするんだね。」
「・・・・・・。」(じぃ~)
耳長兎に、彼らの視線が集まっている。
「良かったら、これ、食べるかい?」
「やったー、ありがとう。お兄ちゃん!」
マガセが、兎と幾つかの薬草で鍋を作り始めた。
薬草はそのまま調理すれば、肉に臭みも消せる効果のある物もある。
兎肉の薬草鍋を少々御馳走になり、屋敷へと戻った。
屋敷の寝台に寝転がっていると、貧民街での人々の事が少し頭を過ぎる。
その後も学院での生活と、合間の冒険者の依頼の日々が続く。
学院では課題が出され、様々な魔法文字の組み合わせで、新たな呪文が使えるようになった。
新たな呪文が使えるようになれば、次の段階へと進む。
自分の得意な属性の魔法以外にも、多少ならば他の属性の物も何とか使えるようにはなっていた。
だが、それを実用レベルにまでするには、まだまだ練習は必要であろう。
全ての属性の魔法が使えるのが理想ではあるのだが、やはり得意な属性を伸ばす方が上達も早い。
自分であれば、水と土の属性を伸ばし、それを極めるのは楽だが、他の物は苦手だ。
それと、マガセの治療所が気になる。
「ここも庭があるから、薬草を育ててみないか?」
マガセ「えっ? できますかね。」
「ああ、簡単な薬草ならば、種を蒔いて、水をやるだけでいいよ。あとは、雑草が生えて来たら、それを引っこ抜けばいい。」
ここの治療所で使う全ての種類を育てる事は難しいが、簡単な物であれば治療の合間にも世話ができるだろう。
何ならば、近所の子供達に手伝って貰っても良い。
空いた土地を耕し、廃材の木片で囲いを作れば簡単な薬草園が出来上がった。
後は、1日に何度か水を撒いて遣る程度で良い。
生ごみから、ちょっとした肥料を作る事も教えた。
マガセ「サダさんに、こんな知識があるなんて、驚きですよ。」
「いや、自分の家は、農家だから。冒険者になる前は、親の畑仕事を手伝ってたよ。」
農夫の知識が、こんな時にも役立ったのは嬉しい。
空き地は他にもあるので、ちょっとした畑も作り始めた。
根菜類には差ほどの知識が無くても、種を撒けば収穫できる物もある。
自分達で食べても良いし、街で売るのでも良いだろう。
何時の間にか、薬草園以外にも菜園も出来上がっていた。