第35話「廃墟の支配者」
廃都市の探索も、ここが最後の場所であろう。
街中の最も大きな建物の前に、自分と伯爵に派遣された兵士らが全員揃っていた。
ここを調べれば、死者が動き出した理由が解かるかもしれない。
いや、ここ以外にもう探る場所が無いのだ。
ガラワン「ここが最後だな。多分、この中はやベえぞ。」
「そんな事、解るんですか?」
ガラワン「当たり前よ。今回の仕事、大事のはずが、今までが楽に運び過ぎた。って事はだ、この最後の場所に、とんでもねぇ奴がいるに決まってる。」
キオウ「そんな物ですかね~。」
ガラワン「おうよ、世の中、そういう事さ。お前らも、迷宮とかで、そんな経験が幾らでもあるだろう?」
「言われてみれば、そんな気も。」
ガラワン「おう、これもその道の勘って奴よ。」
ナルルガ「ガラワンって、うちの男連中と同じタイプだわ。」
建物が広いのもあるが、万が一に備えて、捜索隊の全員で調べる事にしたのだ。
建物の中に入る。
ここは、地上3階建てで、地下室もあるようだ。
3班に別れ、1階から3階までを手分けして探る。
自分達は、3階を調べる事になった。
3階のどこの部屋も、似たような状態だ。
家具などの残骸が残っており、その破片が床に転がっている。
所々から入り込んだ雨水で床や壁、天井には染みが付いておりかび臭い。
ナルルガ「立派な建物だけど、中の傷みは酷いわね。何か臭うし。」
キオウ「何も、目ぼしい物も無いな。」
金目の物などは、持ち去られたのか盗まれたのかは解らないが、残ってはいない。
運び出せない家具などは、そのままで、朽ち果てている。
かつての住人の寝室や書斎らしき所を隅々まで調べたが、何も死者に関わる物は見付からなかった。
この階を調べ終ったので1階へと戻る。
1階に戻ると、他の班も探索が終わったようで次々と集まって来た。
「何もありません。」
「2階では、遺体と遭遇しました。数は、2つです。」
ガラワン「て事は、地下か。気合い入れて行くぞ!」
だが、全員で地下に降りる訳にもいかず、自分達のパーティーとガラワンが選んだ従騎士1名と兵士4人で地下階へと降りる事にする。
地下へと降りると、左右に廊下が伸び、正面と左右に1つづつ扉がある。
まずは、正面の扉を開ける。
中は闇だ。
ランタンで中を照らすと、1体の死体が部屋の中で歩き回っている。
ガラワン「何だ、こいつだけか?」
そして、こちらに反応してか、ゆっくり歩み寄って来る。
その死体を片付ける。
部屋の中を調べたが、何も無い。
続いて右側の部屋を覗いてみたが、ここにも何も無かった。
最後に、左側の部屋を覗く。
ここも何も無いと思ったが、何と床に扉がある。
そこを開けてみると、更に下へと続く階段になっていた。
ガラワン「さてと、面白くなって来たな。」
「何がです?」
ガラワン「そりゃあ、この下に行けば解かるさ。」
地下室の更に下へと降りる。
地下室と違い、岩を削ったような場所になっている。
降りてみると、上の地下室よりも幾らか広い空間になっている。
地下なのに、何か奥に仄かな光を発する物が2つある。
ガラワン「ん? 何だ、あれは?」
正体を探ろうとすると、その光が近付いて来る。
やや赤みの掛った弱々しい光だ。
いや、それはそいつの目だった。
「もう1体、いたのか?」
これも、死体には変わらないだろう。
だが、こいつは、魔術師の羽織るフード付きの長衣のような物を身に付けていた。
赤い光はその空洞になった目の部分から見えていた。
その開いたままの口からは、呻き声なのか、言葉にならない何かが発せられている。
「うぁあ゛あ゛あ゛~~ぁ」
しゃがれた呻き声のような物が発せられる。
それが両腕を目の前に着き出すようにして、近付いて来る。
その速度は今までの死体とは違い、普通の人間と変わらない。
キオウ「おい、何か他のと違わないか?」
「服もそうだけど、妙だな。」
何か、今までとは違う様子に戸惑う。
こいつも他の動く死体と、同じなのか?
フォド「こいつは屍霊人だ。触られないように注意して!」
屍霊人? 聞いた事はないがヤバイ奴には違いない。
フォド「そいつに触れられると、気を奪われます。」
武器を構え、魔法の力を付与する。
長剣で切り付けるが、手応えが無い。
並の攻撃では、ダメージを与えられないのだろうか?
他の死体ならば、切り付けるだけで体の一部を破壊できたが、こいつには効き目は今一のようだ。
近付くと、その両手を突き出してこちらに触れようとして来るが、それがこいつの攻撃方法らしい。
(これで、気を奪って来るのか?)
手に触れないように、距離を取る。
ガラワンや兵士達と取り囲むが、死体故なのか一向に怯む様子もない。
キオウ「流石は、遺体だぜ。これだけの相手に囲まれても、動きが変わらない。」
ただ、近付く者に反応し、手を向けて来る。
その容姿と、空洞となっている口からの呻き声が、何故か戦意を失わせる。
(こいつ、何度も切っても手応えが無い。倒せるのか、こんな奴を?)
既に死体となっている物を、再び死に至らせる方法はあるのか?
思い付いた事があり、胸の辺りに一撃を加えてみる。
札に当たればと思ったが、長衣に隠されてよく見えない。
ならばと思い、長衣の方を切り付ける。
徐々に長衣を切り刻み、その姿が露になる。
確かに、札は胸に張り付いていた。
キオウ「何だ、3つも付いてやがる。」
ガラワン「欲張りな奴だぜ。」
まるで三角形を形作るように、胸に3つの札が張り付いていたのだ。
そこに剣を叩き付けるが、外れない。
ならば、剣先で削ぎ落そうと狙うが、あの手が伸びて来る。
逃げ遅れた兵士が1人、その手に捕まれる。
片手に触れられただけかと思ったが、その兵士が、ばたりと倒れる。
一瞬で命を奪われたと思ったが、兵士の息はあるようだ。
ただ、立ち上がる体力も無い様子だ。
迷宮で出会った、動く石像の攻撃と似たような物か?
倒れた兵士を、他の兵士が引き摺って下げる。
フォドが彼に回復の魔法を掛けるが、なかなかに回復しないようだ。
戦い始めてから、すでに15分は経過しているであろうか?
何度も切り付け、死体の表面にもその跡が残るが、まだこいつの動きは止まりそうにもない。
腕を何度も切り落とそうとはしたが、切断はできない。
何とか動きを封じて、札を剥がせないものか?
ガラワン「こいつをぶっ倒す。そこを抑え込め!」
ガラワンが屍霊人の足を引っ掛け、強引に転倒させる。
倒れた所を数人の盾を持った兵士が、その盾で無理矢理に奴の両腕や体を抑え付ける。
ガラワン「よし、いいぜ。今のうちに札を引っぺがせ!」
すかさず、兵士が奴の上に跨り、ナイフで札を剥がしに掛かる。
ばたばたともがく屍霊人だが、1枚、また1枚と札が剥がされて行く。
ガラワン「あと、1枚だ。」
残り1枚となったが、屍霊人が口から煙を吐き出す。
「何だ?」(げほげほ)
ただ煙と思ったが、少し吸い込んでしまい咳き込む。
抑え付けている兵士らも、咳をしているところを振り払われ、屍霊人がむくりと起き上がる。
だが、その動きは、先程に比べて緩慢になっている。
息苦しさに耐え、屍霊人の首を長剣で一閃する。
「よし、今なら切れるぞ!」
そして、その両腕も叩き切った。
札が減って防御力も落ちていたようだ。
更に、長剣の切っ先で残った札を取り除く。
屍霊人が痙攣を起こしたように動いたが、ばたりと床に倒れた。
(終ったのか?)
呼吸ができるようになり、息苦しさから解放された。
地下室を調べてみる。
すると、大量の例の札が見付かるが、それ以外には何もない。
死体の手掛かりも、屍霊人が何でここにいたのか、手掛かりらしき物は見付からなかった。
仕方なく、全ての札を回収しただけで、地上へと戻る。
表に出ると、街の至る所で死体が崩れ落ちていた。
その胸の辺りには、札が落ちていた。
キオウ「もしかして、地下の奴を倒したからか?」
「ああ、みんな元の死体に戻ったみたいだ。」
ガラワン「札だけは、拾い集めておこう。」
翌日から2日程、確認の為に、廃都市の中を歩き回った。
もう、動く死体とは遭遇しない。
取り残した札が無いか、念入りに調べる。
異常は無いようだ。
どうやら、これで今回の依頼は終ったようだ。
もしも、廃都市に異変があれば、アグラム伯爵に報告するように開拓民らに伝え、ハノガナの街に戻る事になった。
伯爵の執務室で、今回の依頼の報告をした。
アグラム「そうか、皆のもの、ご苦労であった。諸君らが集めてくれた札は、然るべき場所で調査を依頼している。結果が解るのは先になるだろうが、何かあれば通達する。」
伯爵の表情は、まだ難しそうなままだ。
アグラム「おそらくは、何者かが死者を蘇らせたのであろう。だが、それは何の為なのだ? ここまで大掛かりな事をしたからには、相手はまたやるだろうな。」
動く死体は差ほどの脅威は無いが、屍霊人が大量に出て来るような事があれば、厄介な事になるだろう。
領内及び周辺地方に、動く死体への警戒を呼び掛ける事になった。
約2週間振りの我が家である。
各自25ゴールドづつ報酬を受けて、懐も暖かい。
キオウ「さて、少し休むか?」
「ああ、今回も、少し疲れたよ。」
翌日から数日は、休養を取る事にする。