第34話「死者の都」
功績からハノガナの街の領主、アグラム伯爵により騎士に叙されたサダとキオウ。
迷宮内で遭遇した「動く死者」と出会った事から、新たな任務を伯爵から与えられる事となる。
国境を越え、サダ達が遭遇するのは、何か?
数日、迷宮での探索をしていた。
ある日、再びアグラム伯爵に呼び出された。
伯爵の執務室には、ギルマスのナガムノもいた。
アグラム「また、珍しい物を見付けて来たな。」
伯爵は陽気に話しているが、どこか顔が険しい。
アグラム「それで、その札を付けた奴の事を教えてくれまいか?」
札を見付けた時の事や、動く遺体の事を説明させられた。
自分らの説明を聞いた伯爵は、話し始める。
アグラム「やはり、この件は、君達にも手伝って貰おう。」
(手伝う? 何を?)
アデレード地方の西の境界の外、つまりは、この国のラッカムラン王国の国境の向こう側に、とある廃都市があるそうだ。
その辺りは王国の外側ではあるが、現在はどこの国の領土でも無い。
廃都市の周りには、どこの国にも属さない開拓村が、幾つかあるだけだそうだ。
アグラム「その廃都市では、夜な夜な遺体が徘徊しているそうだ。そこで、その動き回る遺体の事を君達に調べて欲しいのだ。」
動く遺体と、先日の小魔人の出没も何か関係ないのかも、可能ならば調べて欲しいそうだ。
アグラム「調べる地域は、とても広く、君達だけでは人手が不足するだろう。今回は、兵士らも一緒に派遣するので、彼らと共に働いて欲しい。」
断る理由も無いので、伯爵からの依頼を受ける事にする。
数日後、家の前に、伯爵家の迎えの馬車が並んだ。
今回も、伯爵の手兵を引きつれているのは、騎士ガラワンだ。
彼が10人程の兵と、今回は彼の従騎士を2人連れていた。
ガラワン「さて、行くとするか。」
自分達の家は数週間は開ける事になるかもしれないので、伯爵や冒険者ギルドが留守中の様子を見てくれる事になっている。
国境を越えるまで1日半、馬車に揺られて進む。
まず目指すは、廃都市に一番近い開拓村だ。
国境を越えた地域には開拓村が幾つもある。
開拓村はどこの国家にも所属しない自由民の集まりだ。
ただ、未開の危険な地域であるので、開拓民の主体は元冒険者や元傭兵らが多いそうだ。
それらの職業を引退した者達が、自由と新たな土地を求めて集まって来るらしい。
目的の開拓村に到着した。
そこは今は、まだ名も無き小さな開拓村の1つにしか過ぎない。
20軒程のやや粗末な建物が並び、周囲は簡単な柵と堀とは呼べないような溝を掘って守られていた。
村の責任者が自分達の対応をする。
既に廃都市の探索の事は伝えられている。
今回は、幾らかの報奨金と彼らが必要とする物資と引き換えに、探索への協力をして貰う事になっている。
間近に死者がうろつくような廃墟があるのだから、そこを調べる事に彼らの利点もある。
まずは、彼らからの情報収集だ。
この開拓村が作られ始めたのは、今から約6年程前かららしい。
「この村ができた頃は、死者が歩き回るなんて事は無く、たまにあの廃墟へも資材などを探しによく行っていたもんです。」
「それが、2年くらい前からでしたか、あそこで、動き回る死体を見るようになったんですよ。」
「最初は、夕暮れくらいにか、1つ2つと見るだけで、私らも不気味に思いましたが、まだ通っていたんですよ。ほれ、日が傾かないと出て来ないものですから。」
「ところが、いつの間にか、昼夜問わずに出るようになって、その数も増えたんですよ。」
「それからは、あっしらも、遠巻きに廃墟を眺めるだけで、おっかなくて行かないようにしてますんで、はい。」
その噂が、ハノガナの街まで伝わって来たのは、今から1年程前だ。
だが、事情は伝わっている物と、若干の差もあるようだ。
「ええ、でも、死体が動くだけで、今は何の被害もございません。」
だが、もしも、自分達が迷宮で遭遇した、あの遺体と同じならば、何時かは襲って来る可能性もあるだろう。
開拓民らに渡す物を馬車から降ろした後、軽く廃都市を見て来ようという事になった。
今回は自分達のパーティーと、騎士ガラワンが連れて来た兵士らの内の半数を率いて、2班を編成して探索する事にする。
兵士の半数は、開拓村に残しておいた。
廃都市へは、開拓村から歩いて1時間程の所にあった。
森を抜け、近くの小高い丘から廃都市を眺める。
ガラワン「あれだな。その廃墟は?」
キオウ「うわ~っ、デカイな。ハノガナの街と同じくらいあるぞ。」
「あんな大きな街が、廃棄されたんだ。」
ここはラッカムラン王国が作られる前からある都市で、今から150年程前に放棄されたらしい。
放棄されたとは言え、しばらくは住み続ける人はいたようだが、今は完全なる廃墟らしい。離れた場所から眺めてみても、塔が崩落したり所々に大木が生えているのが解かる。
キオウ「流石に、ここからじゃ中の様子は解らないな。」
ガラワン「よし、行ってみるか?」
街へと続く石橋がまだ架かっているので、そこから中へと入る事にする。
石橋に辿り着いた。
石橋は堅固に作られているようで、問題無く渡れる。
壊れた城門から街へと入る。
ナルルガ「嫌ね。相当に荒れているのね。」
マレイナ「外から見たら、何ともないのかと思ったけど。」
建物は崩れかけ、所々に様々な大きさの木々が生えており、中には倒木まである。
フォド「人が離れると、こんなにも変わりますか。」
今のところ、街中で動く物はない。
ガラワンらと左右に別れ、別行動を取る事にする。
自分達は左側に進み、1時間後に城門の所で合流する事にして探索を開始する。
街中は、風の音と鳥の囀りしか聞こえない。
獣たちは死者が徘徊するからか、気配は無いようだ。
崩れた建物の角を曲がった時、そいつは建物の裏に立っていた。
マレイナ「あれは?」
「ああ。あれがそうらしいな。」
死者だ。
ぼろ切れのようになった、かつては衣服だったであろう布を纏い、ほぼ白骨して肉も残ってはいない。
だが、そんな歩けそうも無い遺体が、のそのそと歩いて来る。
その骨も、所々が欠損している。
迷宮で出会った物よりも傷みが激しい。
ナルルガ「何で、あんなのが動けるのかは解らないけど、哀れな姿ね。」
そして、その胸の位置には、あの札に似たような物がくっ付いていた。
魔法で石塊を作り出すと、死者へと叩き付けた。
骨が砕け、札が落ちた。
そのまま死者は、崩れ落ちる。
札を拾う。
ナルルガ「やっぱり、この札の力のようね。」
マレイナ「また、来るよ。」
更に20m程先から、先程の死者と似たような奴が、こちらへ向かってゆっくりと歩いて来る。
自分達に、一応は反応はしているようだが、動きは遅い。
そいつは武器は持っていないから、脅威はほぼない。
あちらが近付いて来る前に、こちらから先制攻撃の魔法を唱え同じように始末する。
札を剥がせば良いのだから、楽な戦いだ。
その後も、幾つかの歩く死者と遭遇するが、全て札を剥がして沈黙させた。
そろそろ1時間が経とうとしているので、城門に引き返す。
ガラワン「ああ、お前らも会ったか。こっちも出くわしたよ。」
彼らも街中で、歩く死者と遭遇したそうだ。
ガラワン「訓練には、丁度いいが、抵抗して来ないから手応えないな。」
話ながら、開拓村へと戻る。
ガラワンの身の上話などを聞いた。
ガラワン「俺の家は、爺さんの頃から騎士をやっていて、伯爵家に仕えているよ。」
騎士は最下層の貴族だが世襲ではなく一代限りの身分である。
だが、主君に奉公する事により、代々称号を受け続ける事もできるのだ。
ガラワン「俺も昔は、こう見えても冒険者や傭兵をやって方々旅したもんさ。でも、結局は、伯爵の所に戻ってこうしている訳さ。まあ、騎士とは言っても、こんな雑用ばかりだけどな。今回は、お前らもいるから助かるよ。」
彼は、伯爵の実行部隊の指揮官と言ったところだろうか?
開拓村の事だが、伯爵が介入するのは、今回が初めてではないそうだ。
以前から開拓村とその民へは、何かと援助を惜しんではいない。
勿論、見返り無しにそんな事はしない。
ガラワン「大きな声じゃ言えないが、この辺りも伯爵の領地にする為だ。」
伯爵自身の領土にできないまでも、彼の一族の領地にする腹積もりだとか。
その布石で、自領内の農家などの働き場の無い次男、三男らを開拓民として送り込む事もしているのだ。
まあ、そんな事は、あと数十年は先の事で、実現するのは伯爵の次の世代でかもしれない。
翌日も廃都市の探索に出掛けた。
今回、同行する兵士らは、昨日は開拓村で留守番を務めた者達だ。
ガラワンの従騎士の1人が、兵士らを指揮する。
石橋を渡り、再び二手に分かれて街を探る。
今日は、時間の余裕があるので、3時間後に一度城門近くで集まる事にする。
廃墟の中を歩く。
また時々、歩く死者に遭遇する。
手強い相手ではないので、あっという間に片が付く。
ただ、今日は、幾分体の組織の残った死者にも遭遇した。
こいつらは、死亡してから数週間しか経っていないようだ。
キオウ「こいつ、遺体としては、新しい奴らだな。」
「盗賊なんかが逃げ込んで、行方不明になるらしいぞ。これも、そんな奴らのなれの果てじゃないのか?」
フォド「死んで、このように彷徨うのは、不憫ですね。」
ナルルガ「新しいのは、動きも多少は早いみたいね。」
それでも傷んだ体では、なかなかに自由に動き回れるものではないようで、これも簡単に倒せる。
迷宮で遭遇した遺体は、包帯を巻き付けていたから遺体の保存状態も良く、あんなに動き回れたのだろうか?
3時間が経過したので、一度城門まで戻り、兵士らと合流する。
城門の近くの崩れた石材に腰かけ、軽めの食事を摂りながら兵士らと情報交換をする。
「こっちも同じような物でしたよ。ただ、剣を持った奴もいて、それで切り掛かって来たんで驚きましたよ。」
キオウ「そんな奴もいるのか? まあ、俺達は、迷宮でもっと強い奴に出会ったからな。」
「迷宮には、そんな奴も? こりゃあ、用心しますよ。」
武器を持っている連中は、少々面倒かもしれない。
休憩後、再度探索を行ってから、村へと帰る。
開拓村へ来てから、3日目。
今日は、自分達が村に残る事になった。
居残っても、やる事はある。
今回は、開拓村を更に拡張する目的もあったのだ。
自分とナルルガで、魔法を使って堀を拡張し開拓村を広げる。
地属性魔法で堀を深く掘り、幅も広げる。
ついでに、土塀を作り村の防御力も上げる。
流石に、1日で完了する訳ではないので、数日に分けて行う。
キオウら3人は、周囲の森に入り狩りに出掛けた。
周囲の森には、沢山の獲物がいるようだ。
キオウ「結構、ここらは獲物が多いぜ。」
キオウ達は角鹿1頭と大耳兎を何羽も獲って帰って来た。
数日が、経過した。
廃都市の街中は、ほぼ探索したと言って良いだろう。
死体から剥ぎ取った札も、100個を越えていた。
今後は、崩れかけた建物の内部を調査する事になる。
開拓村の土木工事もほぼ完了し、寝泊まりしていたテントの代わりに立てた小屋が、自分達の居住場所となった。
開拓村の中では、大きな建物を3棟立て、1つを自分達、2つを兵士らが使用する事になる。
また、村の拡張の終った自分は、村の農地の開墾が次の仕事となった。
自分の技術を活かせるのは嬉しい。
そして、何度目かのハノガナの街からの補充の馬車に、ある時、新たな開拓民として10人程の農家の息子たちが送られて来た。
開拓村が、賑やかになって行く。
今日から、廃都市の廃墟内を調べ始める。
まずは、城門に近い所で、比較的破損の少ない建物を調べる。
それでも、誰も住まなくなった家は荒れている。
壁や天井が壊れ、雨風が数十年以上も吹き込んでいるのだから仕方は無い。
それでも密閉された場所は比較的破壊を免れている。
キオウ「うわ、中にもいるぜ。」
ナルルガ「こいつら、いつからここにいるのかしら?」
死者となっては、食べ物など不要なようで、何年もこうしているのかもしれない。
いつから閉じ込められていたのか解らないが、入口を開けると動き回っている彼らに、たまに遭遇する。
フォド「それにしても、こんなに沢山の死体は、どこから来たのでしょうか? 別に、この街で大きな戦や疫病なども無かったはずですが?」
ナルルガ「もしかして、墓地に埋葬された人達が、昔の家に戻って来るのかしら?」
建物の崩落の危険に晒されながら、屋内の探索が何日も続いた。
残すは、この街の有力者の住居だったと思われる、街で一番大きな屋敷だけとなった。