第30話「失われし物」
思いがけずに騎士の称号を得て、気付けば冒険者になってから1年を少しばかり過ぎていた。
白狗毛鬼という目的は見失ったが、次の目標として迷宮の深層部を目指す事にする。
狗毛鬼らとの死闘で、経験も充分に積んだ自信もあった。
力を過信してはいけないが、更なる奥地へと進む事も可能になったであろう。
準備を整えて迷宮へと向かう。
まずは、水竜と戦った洞窟に向かい、その先を進む。
途中、鰐人や獣悪鬼らの襲撃を受けるが、難無く排除した。
キオウ「獣悪鬼って、こんなに簡単な奴だったかな?」
「うん、前よりも、戦うのが楽になってるように思える。」
フォド「それだけ、皆さんの実力が上がって来たという事ですよ。」
ナルルガ「なんたって、今やお二人は騎士殿ですから、頼りにしてますよ。」
やがて、自分達がまだ入り込んではいない地域へと、足を踏み入れる。
水辺を離れたからか、鰐人との遭遇は無くなったが、獣悪鬼とは頻繁に遭遇する。
やがて、見た事の無い魔獣と遭遇する。
マレイナ「前に何かいるよ。」
キオウ「獣悪鬼か?」
マレイナ「違う。今までに遭った事の無い奴だよ、多分。」
人型の何かの集団が前方に見えた。
獣悪鬼よりも、体が大きいようだ。
魔獣である事は間違いないので、魔法と弓で先制攻撃を開始する。
相手は、一瞬怯みはしたが、速度を上げてこちらに近付いて来る。
革鎧を着込んだ赤ら顔に、2つの角が頭の左右に見える。
その手には、大型の斧や剣などが握られていた。
その数、6匹、大角鬼だ。
人型の鬼と名が付く魔獣の中でも、特に凶暴で強力な相手である。
キオウ「こいつら、強そうだぜ。」
魔法や矢を受けダメージを負っているはずだが、それに構わずにこちら目掛けて来る。
フォドが魔法の加護を掛けてくれる。
更に、自分は長剣に魔法の力を念じて加える。
「水流剣」、武器に水属性の魔力を与える魔法である。
水魔法のダメージを与えられる上に、武器の切れ味を良くする効果を付け加える事ができるのだ。
これも、魔法戦士ならではの戦い方だ。
大角鬼と刃を交える。
長剣から感じる相手の攻撃が重い。
今まで戦った魔物よりも、遥かに力が強いようだ
技量では白狗毛鬼の方が上だが、腕力はこいつの方が強いか?
腕力がある上に、意外に動きも素早い。
重い武器を軽々と扱い、向こうも斬撃を繰り出して来る。
こちらも足を使い、狙いを定められないようにしながら隙を付く。
互いの剣が当たらないように、剣を捌く。
刃を打ち合わせると、こちらが押し切られるかもしれない。
大角鬼の防具が、さほどに防御力が高い物ではないのが幸いだ。
少しづつダメージを蓄積するように、隙を付いて相手を切り付ける。
水流剣の効果も大きい。
少し触れただけで、奴の皮膚を切り裂き、肉を削って行く。
切り合う事5分を越えた頃、ようやく大角鬼の腹を切り裂く。
(どうだ、これは効いただろう)
すかさず首への止めの一撃をと思い切り付けるが、奴の捻った頭の角に弾き返された。
(角で、そんな事までするのか!)
こちらは返す刃で、再び胴を薙ぐ。
やっと、崩れ落ちる大角鬼。
他はと見ると、キオウとマレイナも1匹づつ葬っていた。
ナルルガは火炎矢を十数発連射し、1匹を火だるまにしている。
残りは、2匹。
キオウが1匹、自分とマレイナが残りの1匹と戦う。
それからも、何度か大角鬼に遭遇した。
数が同じ位ならば何とかなるが、多いと苦戦する相手である。
帰り道の負担も考え、余裕がある内に街へ引き返す。
「深層は、まだまだ奥が深いな。」
キオウ「何だよ、改めて。」
「いや、まだまだ、強い魔獣がいるんだって考えてた。」
今回の報酬は、1人12ゴールドになった。
その後、深層部を目指す探索を幾度か繰り返した。
大角鬼は手強いが、徐々に互角の戦いができるようになっていた。
その日も、深層部を目指して迷宮を歩き続けていた。
洞窟のある場所に達した時、崩れて瓦礫が積み重なった場所に出た。
外壁か上層が崩れ落ちた跡らしい。
フォド「落盤したのでしょうか?」
キオウ「そうだな。でも、崩れたのは、結構、前かもな。」
このような崩落した所も、迷宮では珍しくはない。
マレイナ「あれ? 岩の間に何か見えない?」
キオウ「木の枝、じゃないよな。」
ナルルガ「あれって、もしかして、人の骨じゃないの?」
キオウ「そうだ。掘ってみようぜ。」
掘り返してみると、武装した人である事が解かった。
冒険者かと思いタグを探してみたが見付からない。
フォド「冒険者ではないようですね。タグは、どこにもありません。」
ただ、高価そうな千切れた首飾りの名残があった。
周囲を探してみると、合計で3人の遺体が見付かった。
どれも、破損が激しいが武装した人物だ。
それも、装備の名残から、相応の身分の人物らしい。
キオウ「ダメだ。武器とかは壊れて錆び付いている。こりゃ、修理もできないぜ。」
そんな中に、それ程に傷んではない盾が1つ出て来た。
逆三角盾と呼ばれる、下が尖った形状をしている盾だ。
その盾は少しばかりの凹みがあり、革製のベルトが腐っていたが、修理すればまだ使えそうである。
ナルルガ「その盾、魔法が掛けられているわね。」
フォド「それも、なかなかに強力なようですよ。」
どうやら、また珍しい物を見付けたようだ。
遺体から身元の判断に使えそうな貴金属も回収し、その場に埋葬した。
街に戻ると、ギルドに盾と貴金属を届け、発見した経緯を報告した。
盾は価値ある物である事は予想できたが、出所がすぐには判明しない。
後日、調査結果が解り次第の清算となった。
盾と貴金属をギルドに預けてから、2日目の朝。
家の前に、数台の馬車が止まった。
馬車から降りて来たのは、ギルマスの部屋で騎士の称号を許可する時に来た、領主の使者を務めた男だった。
「サダ卿、キオウ卿、本日はアグラム卿の館に出頭して頂きたい。急ぎ、支度せよ。ああ、礼服などは着用せずとも良いとの事だ。」
領主の執務室で、興奮したアグラム伯爵に迎えられた。
執務室には、ギルマスのナガムノと受付のヘルガもいた。
(何で、ギルマス達まで?)
アグラム「よくやってくれた。流石は、白狗の騎士達だな。でかした諸君!」
意味が解らず、自分達は目をぱちくりさせていた。
ナガムノ「ありがとう。君達。これは、ギルドの快挙だよ!」
何を伯爵がはしゃいでいるのか解らないし、ギルマスらまで興奮しているのかも解らない。
ただ、ギルマスらがいるからには、先日の盾や貴金属に関わりがありそうだと、何となく想像はできた。
アグラム「お陰で、我が家の宿願が達せられたよ。」
(宿願だって?)
何だか大袈裟な事を話ているが、貴重なのは盾の方か貴金属の方なのかもまだ解らない。
事情が飲み込めない様子の自分達を見て、伯爵が説明を始めた。
アグラム「ああ、悪かった。宿願とはだな。」
見付けた盾は、元は王家の持ち物であったらしい。
何でも王家の由緒ある武具の1つで、アグラム伯爵の祖父の前に、この地を治めていた領主の家に下賜されたのだとか。
それが今から50年ほど前に、その時の前領主の息子が持ち出し、盾ごと行方不明になったそうだ。
領主の息子の消息が解らなくなった事も問題だが、それ以上に国宝とも呼ばれる盾を紛失した事が事件になったらしい。
結果、前領主家は断絶こそ避けられたが、領地は減封されこの地を明け渡す事になった。
その後にアデレード地方の領主となったのがアグラム伯爵の祖父なのだ。
盾を紛失したのは迷宮での事であろうと予想はついたが、迷宮は広大であり、幾度も探索をされたが発見には至らなかったのだ。
アグラム伯爵が領主になった頃には、盾の事などほとんど忘れられていたそうだ。
アグラム「いや~、祖父や父が盾を探していたのは勿論知っているが、父の晩年には捜索も行われていなかったからな。私も存在を忘れていた。それをいとも簡単に見付けてくれるとは、流石に私が見込んだ騎士達だ。」
その後も、伯爵の興奮は収まらない。
そして、再び御馳走責めに合い、帰り際に報酬を支払って貰えた。
各自60ゴールド、更には魔法の防具も下賜された。
自分とキオウの2人は、鎖帷子+2で、更には体力回復のまじないも掛けてある。
ナルルガとフォドも、法衣+2で、これには魔力回復のまじないが掛けてある。
マレイナには、胸甲と背甲+2で、これも魔力回復のまじないが掛けてある。
本当は自分達を伯爵の直臣にしたいという思いもあるそうだが、いきなり冒険者をそんな身分にする訳にもいかないという。
アグラム「君達には、相応しい地位を用意するつもりだ。もう少し、待って欲しい。」
報酬も頂き、貯えも充分にできたので、装備を更に強化する事にした。
今の資金ならば、魔法の武具も買えるであろう。
キオウ「貯金もあるから、ここで装備を整えておきたいな。」
フォド「魔法の掛けてある物であれば、ここよりも、ニニニガの村の方がいいかもしれませんね。」
「それが良さそうだ。」
ハノガナの街でも勿論買えるが、ニニニガの村の方が安価であろうという事で、久し振りに出掛ける。
今回も、馬車に揺られて村に着いた。
早速、市場で装備を物色する。
武器と鎧は既にある物で良いから、防具の他の部位で良いのが無いだろうか?
自分とキオウは、今の物よりも軽いが防御力も高く+2の魔法の加護のある兜を買った。
2つ買う事で、1つ15ゴールドにまけて貰った。
マレイナは、硬革鎧+2を16ゴールドで。
ナルルガは、魔導士帽+2を16ゴールドで。
フォドは、手甲+2を15ゴールドで買っていた。
魔法の武器を持たないフォドは、片刃の刀+2を25ゴールドで購入した。
更に、武器の魔法強化をやってくれる工房があったので、自分の長剣、キオウの戦槍、マレイナの片手剣、ナルルガの木杖を+3に、更にマレイナは半弓を+2に強化して貰った。
強化には、武器強化用の魔法石を消費する。
魔法石を購入し、工房に持ち込むのだ。
+3への強化には30ゴールド、+2への強化は15ゴールドが掛った。
村には一泊し、翌日の昼の馬車でハノガナの街へ戻った。