第3話「次はどうする?」
フクロウ亭の寝床も、なかなかに快適である。
夜、朝と出される飯も旨い。
ただ、この生活を維持するには、最低限は薬草採取の倍は、働かなければならない。
ギルドに向かうと、数人の冒険者もいるが、とりあえずマサキの立つカウンターに向かう。
仕事の依頼を聞くが、今日の初心者向けの物は、薬草採取と毒消し草採取があるらしいので両方受ける事に。
薬草が10束で10シルバー、毒消し草が10束で15シルバーの報酬で、それぞれ数を越えて採取して来た場合には追加報酬もあるとの事。
2つの依頼に追加報酬も加えれば、宿代を楽に払える。
昨日と同じように、森の近くまで移動する。
薬草は見当を付けた場を探すと、面白いように見付かる。
瞬く間に、依頼の倍の20束を採取する。
だが、毒消し草が見付からない。
どうやら薬草とは、別の場所に生えるらしい。
危険もあるが、森の中にも足を踏み入れる事にする。
予想が当たり、毒消し草が見付かった。
こちらは、木陰の湿った土を好んで生えるようだ。
夢中になって採取していると、20束程が集まったので、そろそろ町へ戻ろうかと思う。
その時、「ガサッ」と森の下生えで、何かが動く音が聞こえた。
(何かいるのか?)
薄暗い森の中、緊張が走る。
ガサガサと音のする辺りを見ていると、ひょこっと顔を出す物がいる。
大ネズミだ。
(脅かすなよ、大ネズミじゃないか。)
大きさは1mを越える位で、カピバラを少しばかり大きくした物と言えば想像がつくかもしれない。
ところで、カピバラとは何だ?
大ネズミと、何か関係があるのだろうか?
カピバラもとい、大ネズミはこちらを見詰めている。
互いの目が合う。
あちらも森の中で、人間に出くわして戸惑っているようだ。
大ネズミは魔獣ではなく普通の獣であり、比較的大人しい方で人に危害を加えるような事は余り無い。
(来るな、来るなよ)
このまま立ち去ってくれば良いが、用心の為に手斧を右手で構え左の円形盾で防御姿勢を取る。
しばらく見詰め合うが、何を思ったか大ネズミが、ゆっくりとこちらに近付いて来る。
「グルルルル」と声を出しているが、これは威嚇なのだろうか?
ゆっくりだった大ネズミの動きが急に早くなり、こちらに突っ込んで来る。
(こいつ、やる気か!)
大ネズミは鋭い歯を持つが、その巨体を活かして体当たりを仕掛けるのが得意なようだ。
円形盾で、その勢いをいなすが重い。
これを食らったら、相応のダメージを受ける事だろう。
一度駆け抜けた大ネズミは、再び方向を変えてこちらに向かって来る。
いなす度に手斧で一撃を加えているが、こちらも初めての戦いは恐ろしい。
どこか腰が引けて、腕に力が入らないのかダメージを与えているようには思えない。
ただ、相手も同じで無暗に突っ込んで来るが、どこかその当りが甘い。
そんな事を幾度か繰り返していると、不意に思い付いた事がある。
走り去り方向を変えて再び向かって来る大ネズミが一瞬止まるのを狙い魔法の水塊を叩き付ける。
これには、手加減無しにぶっ放す。
「ドゴンッ!」と音を立てて大ネズミにぶつかる水の塊。
一瞬、大ネズミの動きが止まる。
致命傷ではないが、ある程度のダメージはあるようだ。
向かって来る速度が、前よりも落ちているように感じる。
(よし、これなら行けるぞ)
しかし、互いに致命的な攻撃を相手に与えられないまま、時間が過ぎる。
もう30分以上は、戦っているだろうか?
こちらも体力の限界に近付きつつあるが、あちらも差ほどに体力は残っていないようだ。
最初の頃に比べ、突進の速度が明らかに遅くなった大ネズミに向けて、盾を構えずに頭に渾身の打撃を手斧で加えた。
骨を砕くような手応えを感じ、見ると大ネズミの巨体が横に転がっている。
まだ、息はあるようだが、頭から大量の血が噴き出し中身も見えている。
苦しみを長引かせないように、とどめを刺す。
これ程大きな生き物を仕留めるのは、初めてであった。
後で気付いたが、全身に打撲の跡が幾つか残っていたのだが、今は興奮して痛みは感じない。
ナイフを取り出し、大ネズミの毛皮を剥いで行く。
初めてで上手く剥げないが、それでも幾らかの稼ぎになるだろう。
肉の方は臭みがあり旨くないそうだから、その場に置いて行く事にする。
これが魔獣を討伐した時には、その体の一部を切り取り証とする。
切り取る部位は魔獣ごとに異なるので、前もってギルドの魔獣記録書を見ておく必要がある。
「遅かったですね。」
ギルドで何時もの様にマサキが微笑んで迎えてくれる。
薄汚れた自分の姿に何かを察してくれたようだ。
「サダさんが無事に戻って来られて良かったです。」
依頼の薬草と毒消し草を渡すと40シルバーが戻って来た。
大ネズミの毛皮も5シルバーで引き取って貰った。
本日の収入は45シルバー。
今回は手斧も使ったので、武器屋で研ぎに出す。
「何かと戦ったようだな。」
「まあ、そんな所だよ。」
「そんなに傷付いていないから、まだまだ刃は持つよ。」
「頼む。今日は、少し疲れたよ。」
「明日の朝には終ってるから、取りに来い。」
「よろしく、頼むよ。」
武器の修繕は、翌日には終るそうだ。
疲れた体を引きずるようにして、フクロウ亭に戻った。
翌朝、フクロウ亭のベットで目覚めると、昨日攻撃を受けた所が痛む。
大した傷ではないので、数日で治るであろうが、余り無理はしない方が良いだろう。
朝飯を食べた後に、手斧を受け取りに行く。
研ぎ代は、5シルバー。
雑に武器を使うと、維持費も掛かる。
次からは、戦い方も工夫しなくては、無駄な出費が増えるだけだ。
防具も壊されれば、その修理にも金が必要だ。
収入を上げるには、今の採取の依頼のような低報酬の物ではなく、魔獣の討伐などの報酬の高い物を受けないと。
それには、一人での活動は限界がある。
ただし、今の初心者の自分の面倒を見てくれる冒険者などいやしないだろう。
ここは、もう少し一人で踏ん張るしかない。
ギルドに向かい、ついでに能力を調べて貰うが戦士のレベルは変わらず、植物鑑定が+4に上がっているだけであった。
今日は、依頼を1つだけ受けてギルドを後にした。
今回は、魔法キノコの採取5個で、報酬は20シルバー。
キノコを1つ追加すると、1つ2シルバーの報酬が付くという。
実は、昨日の毒消し草探しで、それらしき物を森の中で見掛けていた。
今回は、前以上に周囲を警戒し、キノコを探す。
木の根元に、紫色の傘を持つ魔法キノコが幾つも見付かる。
何でも、魔法の薬を作る材料の1つらしい。
気付けば、30個以上も手に入った。
森の中を回っていると、何か動く物が目に入る。
30cm位の丸い玉状の生き物が、何個も木の根元で蠢いている。
大ダンゴムシのようだ。
これも魔獣ではなく、普通の昆虫がやや大きくなった物で、人を襲いはしないが死肉や弱った生き物を捕食する。
たまに寝ている家畜を襲う事もあり、人々には嫌われる存在である。
経験稼ぎに、大ダンゴムシを狩る事にする。
まずは、水塊を叩き付け、動きが止まった所に手斧で止めを刺す。
歩き回っては大ダンゴムシを見付け、それを繰り返す事十数回。
魔法を使い過ぎたのか疲れを感じたので、町に戻る事にする。
大ダンゴムシの殻は、痛み止めの材料になるというので集めて持ち帰って来た。
本日の報酬、魔法キノコが追加を含めて64シルバー、大ダンゴムシの殻は20シルバーとなった。
(なかなかの稼ぎだな)
報酬に少しばかり満足した。