第28話「反撃への反撃」
ギルドでは、大騒動になった。
迷宮内での被害の拡大が、未知の狗毛鬼である事が発覚したのだ。
過去の記録を調べてみると、白だか灰色の狗毛鬼の事が残されていた。
ただ、地下迷宮での遭遇記録は少ない。
その記録も、何十年も前の物だから、今いる奴とは別の個体なのだろう。
突然変異なのか、それとも迷宮の深層で、冒険者らが達していないような場所にいる相手なのだろうか?
疑問はあるが、数日後に再度の討伐が行われる事になる。
今回も複数のパーティーが参加し、狗毛鬼と戦う事になるが、今度は2組が1つの班となって総計6班が参加し別ルートから進む。
また、危険度が高いので、白狗毛鬼の出没するであろう地域では、討伐に参加しないパーティーへも、単独行動が制限される事になった。
勿論、自分達のパーティーも、討伐にはまた参加する事にする。
参加する他の冒険者らからは、質問攻めにされた。
皆、自分達の話を熱心に聞いてくれた。
「どんな奴なんだ?」
「そうか、そんなに手強いのか。」
「サダ達が苦戦した位だから、油断はできないな」
そんな声もあり、少し嬉しかった。
自分達は、気心の知れたマグルと同じ班になった。
さて、出発だ。
狗毛鬼の支配地域へ到達する。
マグル「奴は、また出て来ると思うか?」
「ああ、間違い無く出るよ。奴も冒険者を恨んでる。そう思うよ。」
マグル「厄介な奴だな。」
気合いを入れて先を進む。
目指すは、前回に白狗毛鬼に遭遇した空洞だ。
途中で早くも、狗毛鬼の待ち伏せに遭う。
奴はいないが、黒狗毛鬼や魔術師が混ざる。
連中も、こちらが本腰を入れている事には、気付いているのだろう。
だが、それをただ切り抜けるだけだ。
長剣を抜き、黒狗毛鬼に立ち向かう。
やはり、白狗毛鬼に比べると違う。
黒狗毛鬼も腕は立つが、白狗毛鬼と戦った経験があると、レベルがまるで違う事が解かる。
黒狗毛鬼よりも、鰐人や獣悪鬼の方が手強いだろう。
魔術師は面倒だが、5分程で戦闘は終った。
後は、白狗毛鬼を探すだけだ。
奥へ進もう。
何度か、狗毛鬼の一団との戦闘を繰り返したが、まだ奴との接触はない。
もしかして、他の班が遭遇しているのか?
だが、まだ遭遇したという報せは来ない。
緊張しながら、迷宮内を進む。
前回、白狗毛鬼と遭遇した場所を過ぎ更に奥へと来たが、まだ接触はできない。
それにしても、同じような地形が続く。
迷わないように進みながら、通路には何時もの様に印を付けている。
このまま迷宮の深層部まで、追い掛ける事になるのか?
迷宮のどこからか、笛の音が聞こえる。
「ピーピーピッピ ピーピーピッピ」
同じリズムの笛が、繰り返し聞こえて来る。
洞窟の壁に反響しているが、リズムもはっきりと聞き分けられる。
合図の笛だ。
マグル「聞こえたか?」
キオウ「ああ、間違い無い、奴が出たぞ。」
予め白狗毛鬼に遭遇した時に、吹き鳴らすように決めてあったのだ。
どこかの班が、遭遇したらしい。
急いで、笛の音のする方向に向かう。
今まで自分達が使う事は余り無かったが、笛も冒険者の必需品の1つである。
特にハノガナの街の地下迷宮などでは、よく使われる。
救援要請、簡単な合図を送る時などに利用するのだ。
吹き方が決まっており、ハノガナの街に来た時に、ギルドで講習を受けたものだ。
別の班からの合図の笛の音を頼りに、迷宮内を駆ける。
「急げっ!」
笛に導かれて到着すると、別の班が白狗毛鬼に率いられた一団との戦闘中である。
そこに加わり、自分達も戦う。
今回は、マレイナやナルルガらの弓と魔法を使うメンバーを白狗毛鬼の共同討伐に向かわせて、自分ら前衛は増援に備える。
狗毛鬼や黒狗毛鬼と、まずは戦う。
白い奴は、他のパーティーに任せてある。
自分達の役目は、奴らの数を減らす事だ。
だが、戦う事、数分、別の場所から笛の音が聞こえて来る。
「何だ?」
白狗毛鬼は、ここにいるぞ。
もしかしたら、別の場所にも出たのか?
(白狗毛鬼は、2匹いる?)
考えても仕方ない。
今は、目の前の敵に集中しよう。
弓や魔法の攻撃も、すぐに使えなくなった。
敵味方が接近しての乱戦へと発展したからだ。
やはり、武器で切り合って勝負を付けるしかない。
今回は、複数の冒険者が、白狗毛鬼に殺到する。
自分もと思うが、他の狗毛鬼を防ぐのに精一杯だ。
連中も白い奴の周囲に集まって、阻止しようとして来る。
1匹を切り2匹目を倒し3匹目を切り倒して白狗毛鬼へと思うが4匹目に防がれる。
そして、4匹目と戦っている所へ、5匹目が切り掛かって来る。
5匹目の剣の一撃を強化している左手の手甲で弾くと、4匹目を切り捨てた。
5匹目を切るまでの時間は2,3分の事だったろうか?
だが、まだ狗毛鬼は、周りから集まって来る。
6匹目、7匹目、8匹目・・・もう数えるのは止めた。
続けざまに戦っていると、独特の感性が研ぎ澄まされて行く気がする。
どこか頭がぼーっとし、周囲の動きが緩慢に見えて来る。
そして、無意識に長剣を振るい身を動かす。
切り防ぎ薙ぎ、身を捻る。
それを無意識に、体の動きたいように動かせて、状況に対応する。
意識しての事ではなく、剣の動きに導かれるような感覚だ。
更に、数匹の狗毛鬼を切り捨てた時、周囲に連中はいなくなった。
さて、次はいよいよ白狗毛鬼に向かおう。
冒険者側も、苦戦していた。
白狗毛鬼に立ち向かう冒険者も、次々と傷を負い後退する。
追撃を加えようとする白狗毛鬼に、自分が立ち塞がる。
その横に、キオウも立っているので心強い。
キオウ「さて、行くか相棒。」
「ああ、いつでもいいぜ。」
白狗毛鬼の偃月刀の一撃を避けると、こちらも一撃を加える。
長剣の強打が、奴の胴を捉えるが浅い。
そこへ、キオウの戦槍の刺突が遅い掛かる。
キオウの槍先を避けても、次々と鋭い突きが繰り返される。
避ける白狗毛鬼を、自分も長剣で追い詰める。
他の冒険者らが援護に周り、周囲の狗毛鬼を防いでくれる。
キオウと2人で、奴を更に追い込む。
いつしか、白狗毛鬼の鎖帷子は、ずたぼろになり、所々から血が滲んでいる。
だが、こちらも相応の手傷を負っているが、構わず攻撃を繰り返す。
無傷で仕留められる程の甘い相手ではない。
こいつの偃月刀の重い一撃を喰らえば、ただでは済まない。
終焉は、呆気なく訪れた。
何度目かのキオウの突きが、白狗毛鬼の脇を捉えると、その腕の動きを止めさせた。
動きの止まった奴に、必殺の横薙ぎで首への強打を放ってやった。
がつりと、剣先から伝わる刺激を感じる。
後ろに下がろうとする奴をキオウの槍が追いすがり、自分も次の一手を繰り出す。
白狗毛鬼の動きが、更にゆっくりと感じられる。
自分の体の動きも、緩慢過ぎて焦りを感じる。
だが、キオウの槍が奴の胸を貫き、自分の剣が再び首を捉えた。
白狗毛鬼は何か言いたそうな動きを見せたが、がくりと崩れ落ちた。
(やった)
白狗毛鬼を倒した事により、その場の戦闘は終った。
蜘蛛の子を散らすように、逃げ去る残った狗毛鬼達。
どっと疲れを感じる。
だが、まだ終わりではない。
素早く回復を済ませ、白狗毛鬼の右耳を切り取り、別の班の元へと移動する。
笛の音は、既に止まっている。
なので、こちらから位置を求める合図の笛を吹く。
返事の笛の音が返って来たので、そちらに急ぎ向かう。
駆け付けてみると、現場は悲惨だった。
まだ戦闘は続いているが、幾人かの冒険者が倒れている。
そして、冒険者らと戦っているのは白狗毛鬼だ。
マグル「もう1匹いたのか?」
「ああ、そのようだな。」
自分達も、戦闘に加わる。
まずは、狗毛鬼らの数を減らす為に、武器を振るう。
自分達が駆け付けたので戦力的には互角だが、こちらも先程の戦闘での消耗が完全に回復した訳ではない。
これは、ある程度は狗毛鬼らに打撃を加え、引くしかない。
負傷者がいるのも、後退を決意した理由でもある。
「ここは、引くぞ。」
キオウ「これ以上は、限界だ。」
マグル「引いた班は、後ろで備えてくれ!」
何匹かの狗毛鬼を切り捨て、頃合いを見て班ごとに後退を開始する。
負傷者がいる班から、優先して下げる。
順繰りに街へと後退するが、狗毛鬼も追い縋って来る。
今回は、白狗毛鬼も追撃に参加しているのが厄介だ。
冒険者の被害も、少しづつ増えて行く。
だが、後退を続けている内に、狗毛鬼の追撃も弱まり、やがて止んだ。
何とか、街へ戻る事ができた。
結果でギルドは、複雑な状況になった。
白狗毛鬼を討ち取る事はできたが、他にもまだいる。
目撃されているのはあと1匹だが、それ以外にもいる可能性もある。
それと、今回の討伐で3人の冒険者が息絶えた。
一度の仕事で、このような被害が出るのは珍しい。
たまに、実力を過信した冒険者のパーティーが全滅する事もあるのだが、それも滅多に無い。
数日後に、再び討伐が行われる事になった。
けれど、前の討伐時と、迷宮の様子が違う。
迷宮内で、狗毛鬼達に遭遇しないのだ。
キオウ「いないな?」
「奴らは、どこだ?」
白狗毛鬼と遭遇した場所よりも、更に奥へと向かったが、普通の狗毛鬼にも遭遇しない。
その後も、幾度か探索が行われたが、予想の地域から狗毛鬼が姿を完全に消していた。
迷宮の他の地域で、狗毛鬼に遭遇した報告は上がって来たが、以前よりも数が減っているらしい。
ギルドも、討伐を中止する事にした。
ただし、該当地域に警戒は出されたままとなり、また狗毛鬼の遭遇情報は優先的に報告するように通達が出た。
討伐が終わり、各冒険者には5ゴールドが支払われた。
自分とキオウの2人は、白狗毛鬼を討ち取った謝礼として別に15ゴールドを受け取った。
白狗毛鬼を倒した事により、新たな展開が訪れる事になる。