第224話 外伝4「ポイの魔界紀行~登山編~」
魔界にやって来たポイは、今は魔界の生き物リュファの背に乗り、移動中である。
目指すは、前方に見える山らしい。
遠くに、その山が見えている。
高さは解らないが、頂上が尖がったように見え、まるで天からその頂上を何者かが引っ張って出来たように見えた。
遠くの山がよく見えるのは、今が昼間だからである。
ポイが魔界に来てから、初めてのこの世界の昼間だ。
ここに来る前に、紫の魔人は魔界の昼夜について教えてくれていた。
何でも、2日間夜が続き、1日だけ昼が来るという。
昼夜で3日と何故、数えるのかポイには解らなかったのだが。
(1日の内、夜が長くて、昼が半分の長さしかないのではダメなのかな?)
魔界の謎の1つである。
また、今、跨っているリュファという生き物も、ポイは見た事がない。
鳥のようにも、トカゲのようにも、その他の生き物にも見える。
体は丸く、その両側に羽が生えている。
首は短く、尾は長く後ろにたなびいている。
足は、飛行中は後ろに伸ばしているが、陸上では短いのだが、その2本足で歩いていた。
今は、地表から5m程の高さを飛んでいるが、もっと高くも飛べるようである。
体長は2m程であろう。
これならば、人間でも乗せられそうである。
そのリュファに乗り、ポイとブランは飛んでいる。
昼間なので、魔界の景色がよく見える。
遠くには、前方以外にも山が見えているが、あの尖がり山よりは低く見える。
周囲には、まばらに見た事も無い植物のような物が、点々と生えていた。
(魔界の景色は、珍しいけど、何だか寂しいな)
地表では、何人も魔族が行き来している。
ポイら以外にも、何かしらの生き物に乗って移動している者らもいる。
勿論、リュファに乗った者も。
移動しながら、ポイは魔族らを見ていた。
その多くは、1~2m程の大きさだ。
意外に小さい奴が多い。
だが、3m以上の者らもたまにいた。
ポイらの飛行高度の倍も身長のある奴もいるので、あれは10m前後はあるかもしれない。
こんなに大きさに違いがあっても同じ魔族であるとは、不思議である。
サダの話では、20mや30mもの大きさの魔族もいるらしいが。
ポイは、そんな魔族らの上を飛んで越えて行き、たまに背の高い魔族を避けた。
リュファがときたま排泄物を地表に落とし、下にいた魔族が抗議の声を上げていたが、ポイは気付かなかった。
既に、神殿のあった街を出発し、数kmも進んでいたが、目的地の山には着かない。
見た目、尖がり山が変わったように見えないのだ。
ついポイはブランに話し掛けた。
「ねえ、あそこには、いつ着くの?」
「夜に入り、また昼になったら着くはずだ」
という事は、3日位掛かるのか?
魔界も広いようだ。
あの山も、高さはどの位あるのか?
結局、ポイはリュファの背に乗り続けた。
リュファは疲れ知らずに、飛び続け、3日後に山の麓に到着した。
道中、ポイはリュファの背中で食事をし眠った。
ポイが寝ている間は、リュファは彼が落ちないように飛んでくれていたようだ。
ポイが一度も落ちる事なく、ここまで運んでくれた。
リュファが地表に降りたので、ポイもその背中から降りた。
ブランに習い、ポイも手綱を引いてリュファを水場に連れて行く。
すると、がぶがぶと水を飲み始めるリュファ。
周囲の魔族らも、自分のリュファや家畜に水を飲ませていた。
ポイは、改めて尖がり山を見上げた。
近くで見ると、その巨大さがよく解る。
高さは数千mはあるだろう。
「この山は、何なの?」
「そうだな、ここは、人らの世界で言うところの城だな」
「城? ここが?」
山を良くみると、確かに山肌の方々に建物が無数に立っていた。
「ここが魔族の城で、沢山の魔族も住んでる場所なんだね?」
「そうだ、高い場所程、力ある魔族が住んでいる。ここは、魔界の王の1人が住む場所である」
「魔界の王? それって魔王なの?」
「そうだな。ここには、今、10人いる魔王の1人がおる」
ポイは、まさか、そんな場所に連れて来られたとは思いもしなかった。
だが、彼の好奇心が収まる事はない。
「僕をここに連れて来たって事は、その魔王に会えるの?」
「勿論、そのつもりで連れて来た」
そうか、魔王に会えるんだ。
でも、そうなると、この山を登らないといけないのか。
「ここの頂上まで行くの? 大変そうだね?」
その頂上は、雲に隠れているのだ。
「大丈夫だ。その為にリュファを手に入れたのだから」
これから、リュファに乗ったままで登山が始まるらしい。
水を飲んだリュファは、体力を回復したらしい。
もしかしたら、あの水場の水に何かが含まれていたのかもしれない。
ポイもブランも再び、その背に乗った。
ブランが手綱を強く引くと、リュファが高く跳び上がる。
それをポイも真似て、空高く飛ぶ。
あっという間に、百mはリュファが飛び上がった。
だが、それが限界ではなく、どんどんリュファは高度を上げて行く。
高く飛び上がっても恐怖心はない。
そこはリュファが、ポイを振り落とさないように体を動かす。
魔界の生き物は、案外、気を遣うようだ。
既に、リュファは数千mは飛んで来たが、まだ頂上には着かない。
すると、リュファを山肌に向かってブランは飛ばす。
それに、ポイも続く。
山の中腹に降りたリュファをブランは、そのまま走って登らせる。
意外にも、リュファは走るのも早い。
そして、しばらく走らせると、再び飛び始めた。
それを何度か繰り返した。
一度の飛行で数千mは高度を上げたが、まだ頂上が見えない。
山に降りる度に、その場にいる魔族らの数も減って行く。
どんどんと、多くの魔族でも立入が禁じられた場所に、近付いているように思えた。
ポイは、本当に自分が魔王に会えるのか、不安になって来た。
(でも、ここで悩んでも仕方ないよね)
ただ、ブランに導かれるまま、リュファに運ばれるままにポイは進んで行く。
リュファに乗ったままの登山が続いているが、それは昼間から夜に時間が流れて行く。
ポイは、運ばれながら食事をし、また眠った。
目が覚めても、リュファは止まらない。
たまに山に降りると、もうそこには強そうに見える魔族しかいない。
彼等は、巨体か、それとも独特の体色をした者ばかりだ。
ポイにも、それが並の魔族ではないと思えた。
そんな魔族がポイの世界に現れるのは、厄災の時代などの特殊な時期だけではないのか?
だが、そんな高位の魔族らも、ポイやブランを引き止める事はない。
彼等も好奇の目で見て来るが、咎めようという気配は全くないのである。
夜の山には、所々にランタンが置かれ、また体を光らせる魔界の生き物らが周囲を照らしていた。
その光景が、また美しくも見える。
だが、ブランはリュファを止める事もなく、ただ頂上を目指し続けた。
ポイは、運ばれ続けた。
リュファの背で2回眠ったポイ。
次に目覚めると、辺りは明るくなり始めている。
この山を登り始めてから、2日が過ぎたらしい。
それでも、まだ着かないようである。
ポイは下方に雲を見た。
どうやら、寝ている間に雲を突き抜けて来たらしい。
それでも、上にもまだ雲はある。
その雲を眺めていると、頂上が見え始めた。
この山にも、終わりはあったらしい。
それでも、頂上に着くまでに、何時間もリュファは空を飛び、たまに山に降りて走っていた。
そして、ついにリュファはポイとブランを宮殿の前に運んで来た。
この山の頂上は、平坦になっており、そこには巨大な宮殿が立っていたのである。
リュファは、山に降りると、宮殿の入口目掛けて走り始めた。
壮大な宮殿である。
高い城壁に囲まれており、その内部に尖塔やら建物が見える、
不思議な事に、その宮殿全体が水晶かガラスで出来ているようで、微かに透けて見える。
だが、その中を見通す事は出来ない。
やがて、城門の前に来た。
その高さは30mを越え、幅も20mはある。
ブランがリュファを止めたので、ポイもその後ろに止まった。
すると、巨大な門が内側に開いて行く。
微かに軋みながら、ゆっくりと。
門が開け放たれたので、ブランは再び進み始めた。
ポイも続いた。
広大な中庭を突っ切ると、これも巨大な玄関がある。
そこで、ブランはリュファを降りたので、ポイも降りた。
リュファらは、少し離れた噴水に頭を突っ込むと、その水を飲み始めた。
巨大な玄関扉が開くと、人間大の魔族が数人、ポイらを中に招いてくれる。
そのまま、建物の中を進んで行く。
幾つもの扉の前に来ると、それが開けられた。
そして、中にいた別の魔族に交代し、ポイらはただただ中を進んで行く。
扉を越え、時に階段を登り、ただ真っすぐに進むポイら。
そして、一際立派な扉の前に到着した。
その扉が開かれると、その先は広場だった。
いや、その場こそ、魔王との謁見の場らしい。
広間の奥をポイが見ると、数段高くなった場所に巨大な背もたれの付いた玉座が置いてある。
だが、その玉座に座る者は、人間とは背丈は変わらないように思える。
広間の敷き詰められた絨毯の上を歩いて、ポイとブランは玉座の下に進んだ。
玉座に座る者が、よく見えるようになった。
ポイには、それが魔族というよりも、人間か妖精の男性のように見えた。
服装も人間の物に似ていて、ただ頭の上に煌めく王冠が乗せられている。
玉座の周囲にも、幾人か、魔王らしき者と背格好が似た者らが並んでいた。
ブランが、膝を付いて玉座に向かい頭を下げた。
ポイはどうして良いのか解らないので、一度だけ玉座に向かい頭を下げた。
「何者だ、そなたは?」
魔王が問い掛けて来たらしい。
その顔を見詰めながら、ポイは高らかに答えた。
「僕は、ポイ。フェムネの大魔術師だよ」