第222話 外伝2「ポイの魔界紀行~街角編~」
魔界に来たポイ。
空間の歪みの向こう側にあった大河を今、渡り切った。
ポイは運んでくれた渡し舟の船頭の魔族に礼を言った。
「ここまで乗せてくれて、ありがと」
「いや、渡し賃も貰っちまったからな。これが、俺の仕事よ。そっ、それで、もう1つ頼みがあるんだけど、あんた、俺にも名前を付けてくれないか?」
その言葉にブランは激怒した。
「お前、図々しいにも程があるぞ。それに、本来、渡し賃など不要であろう」
「それは、船頭にも事情があるのさ」
「まあまあ、ブラン、落ち着いてよ。名前を付けたとしても、それがその者に受け入れられるのか解らないのでしょ?」
ポイは、改めて船頭を見た。
痩せて、魔族にしては珍しく服を上下に来ている。
どこか、貧層にも見えるが、ポイはそれを気にはしない。
「そうだね。君の名前はこれからは『カ』だ」
「俺の名は、『カ』ですか?」
すると、船頭の体が僅かに光り、ポイは彼との関わりを感じた。
「すっ、凄ぇ。俺に名前が付いた。俺は今から『カ』だ」
ブランも驚いたようだ。
ポイの力もそうだが、名前を受けたカという魔族の事も。
「お前も、名前を持つに値するのだな」
カは、ポイに何度も礼を言っていた。
その彼にポイは手を振って別れを告げた。
ポイは、改めて周囲を見回す。
対岸よりは少ないが、ここにも大勢の魔族がいて、その他の種族もいる。
周囲を様々な光が取り巻いていた。
驚いた事に、それはランタンなどの照明ばかりではなく、魔族や様々な生き物が発する光なのだ。
(対岸から見えていたのは、この光だったんだ)
「さあ、次は、どこに行くの?」
ポイはブランに声を掛けたのだが、驚いた。
「君、ブランだよね?」
さっきまで、隣にはブランが立っていると思っていた。
だが、そこには別の魔族がいたのだ。
「何を言っている? 私はブランだぞ」
その魔族は、そう答えた。
だが、そこに褐色の肌をした130cm程の女性型の魔族がいた。
その顔もより人間らに近い。
だが、声は確かにブランである。
「本当に、君なの? さっきと少し違わない?」
ブランも驚いたように、自分の腕を見た。
「そうだな。私の体が変わっている。これは、ポイが名を付けてくれたからだろう」
ブランが名を持った事で、体が変化したようだ。
ポイとブランの身長の差が広がった。
ブランが、いろいろと自分の体を見ている。
「体が変わるとは、変な気分だな」
体付きも、やや大人になっているようである。
ただ、羽の大きさだけは変わらない。
体の確認を一通りしてブランは納得したようだ。
そして、ポイを連れて歩き出す。
「この先に、我らの街がある。そこを案内しよう」
「街があるんだね。よろしく頼むよ」
2人は歩き出した。
どこからが街になるのか、ポイには解らなかった。
ただ、大勢いる魔族らの間を歩いて行くと、周囲には様々な露店が並ぶようになっていた。
露店では、いろいろな物が並んでいる。
食べ物のような物もあれば、見た事の無い道具なども。
ポイには、食べ物が気になって仕方ない。
「ねえ、ここではどうやって売り物を手に入れられるの?」
ポイは、ブランに聞いてみた。
「物々交換も出来る。ただ、相手を納得させるのは難しいぞ」
ポイは試してみる事にした。
狙うは、何やら美味しそうな匂いのする食べ物だ。
それが何の素材なのかは解らないが、鉄板の上で様々な具材が混ぜて焼かれている。
ポイが見るに、野菜や何かの肉などが調理されているようだ。
ポイが声を掛けてみたが、その調理をしている魔族には言葉が通じないようだ。
なので、ブランが通訳してくれる。
ポイは、風呂敷の中から、大きな骨を取り出した。
確か、これは、サダらが前に仕留めた鹿の足の骨だったと思う。
長さは50cm程の大物だ。
その骨を指差し、魔族が調理している食べ物を次に指で示す。
交換したいと、ブランが通訳している。
その魔族は、「ふん」と溜息のような音を立てた。
すると、丼状の器に、その鉄板の上で焼いている物を乗せると、ポイに差し出して来た。
その量は、なかなかの物だ。
魔族はポイが手に持った骨を受け取ると、惚れ惚れと見詰めている。
どうやら、彼には、その骨がなかなかに貴重な物のようである。
ポイは、丼に付けられていたフォークのような物を使い、謎の鉄板焼きを口にした。
(うん、やっぱり旨いな)
辛みに甘み、様々な味が混ざっていた。
野菜も肉も旨いもんだ。
魔界の食事も、合わない事はないようだ。
ただ、量が多いので、ブランにも食べさせた。
「少し、辛い」
ブランには、少々辛かったようだ。
露店街を抜けて歩いて行くと、建物が並んでいる。
建物の形も、人間らの物にも似ているが、そのサイズはやや大きい。
扉の大きさも、1.5倍程ある。
体の小さなポイには、全くサイズが合っていない。
街行く魔族のサイズも様々だ。
人間の倍はある奴もいれば、ポイと変わらない大きさのもいる。
街の中にいるのは、魔族だけでなく、異形の生き物も沢山いるのだが。
ポイには、何とか魔族と魔界の生き物の違いの区別が出来た。
どうやら、今、見ている家屋は住宅ではなく、店のようだ。
露店よりも、品質の良い物を扱っているらしい。
服などには、ポイは興味は無い。
だが、ポイにはブランの様子が気になっていた。
今、ブランの身長は140cm程に伸びている。
しかも、何だか体全体が成長しているようで、最初に着ていた服の生地から肌がはみ出ていた。
ポイも、サダらとの生活が長いので、その状態が余り良くないと知っていた。
「ねえ、ブランは、その服だけでいいの?」
「確かに、何だか気になり出して来たな」
「買い替えた方がいいんじゃない? でも、まだ成長するなら、今はまだ買わない方がいいのかな?」
「そうだな。だが、魔族の服は調節が効く物だ。今着ているのは、ブランになる前の物だから、今の私には合わなくなってしまった」
そんな事もあるんだなと、ポイは思う。
ならば、この街でブラン用の服を買うのはいいのかもしれない。
「いいのか? 私の服など」
「それ位は、いいんじゃないかな?」
ポイとブランは、服屋に入ってみた。
魔族の服屋に入ったが、そこには何も置いていない。
どうやって服を探せば良いのか、ポイには解らなかった。
ポイも、サダらと関わってから、様々な店に入るようになったのだが、ここはまた違うようだ。
ここは、ブランに任せよう。
ブランが近付いて来た魔族に話し掛けている。
その言葉は、ポイには解らない。
だが、聞き耳を立てていると、その発音が聞こえて来た。
ポイには、言葉というよりも、ある種の歌にも聞こえたのだが。
(魔族の言葉は、これも不思議なもんだな)
魔族の店員(?)が布のような物をどこからか、取り出すとブランの体に巻き付けた。
すると、それが服のような形に変形し、露出気味だったブランの体を隠して行く。
「ポイ、これでどうだ?」
ポイには、魔族の服装の良し悪しなど解らない。
でも、何となく気になる。
ブランの前の服も黒かったが、今回も黒だ。
魔族は、黒い色を好むのかもしれないが、それでは個性は無かろう。
ポイは、マレイナやカディンらが様々なデザイン、色の服を持っている事を知っている。
(魔族でも、個性があってもいいんじゃないかな?)
「ねえ、色は変えられないの?」
色の話をすると、ブランも魔族店員も驚いたようだ。
だが、そんなのは、ポイには関係ない。
「僕のいた世界では、人間や妖精らは、いろんな色の服を着ているんだ。赤とか青とか黄色とか、沢山の色をだね」
色の説明をする為に、ポイは風呂敷の中から様々な物を取り出した。
赤い果実に、青い石、黄色いトウモロコシなど。
「こっちの世界でも、いろいろな色があるでしょ? そういう色の服でもいいんじゃないのかな? 僕は、青い色が好きだな」
ブランと魔族店員は、顔を見合わせた。
魔族店員が手をブランに伸ばすと、ブランの服が青く変わった。
「うんうん、いいよ。似合うよ、ブラン」
ブランの服が決まったようだ。
ポイは、会計の為に何を差し出そうか考えていると、魔族店員が青い石を指差した。
「この石でいいの?」
魔族店員が頷いたようである。
ブランも新しい服に満足なようだ。
「この服、色も自由に変えられるそうだ」
ブランがそう言うと、服が青から赤に変わった。
ポイは、魔族の服を不思議に思った。
(でも、こんなに簡単に色が変えられるのに、黒しか着ないのかな?)
ポイとブランは、街をまた歩き始めた。
すると、周りの魔族がブランに目線を送って来る。
余程に、色のある服が珍しいようだ。
(魔族も、珍しい物は気になるんだ)