第220話「魔鉱石の採掘」
サダらは、ボッタル山での紫光石の試掘から戻って来た。
また、しばらくハノガナの街から姿を消していたイルネも、黄昏の荒れ野での紫光石の採掘に関わっていた。
ラッカムラン王国で、今までは余り取引の無かった魔鉱石が、このところ注目されているようである。
アグラム伯爵は、ボッタル山での採掘について、サダらに語った。
アグラム「お陰で、まだあの鉱山から紫光石が採れる事が解った。しばらくは、クラッカードに頼み、鉱山ギルドからも人を派遣して採掘させる予定だ。後、どの程度埋まっているかは不明だがな。それから、諸君らには贈り物があるので、受け取って欲しい」
そう言うと、アグラムはサダらに1つづつ腕輪を渡した。
イルネ「これは、何でしょうか?」
アグラム「それが、紫光石を精錬して作らせた腕輪さ。魔力が籠り易い性質を利用したので、魔力強化に魔法防御の効果や、他にもいろいろと掛けてある。勿論、魔族相手にも有効な魔法具になっているそうだ。少しでも、諸君らの助けになってくれれば良いのだが」
イルネ「有難く頂戴します」
サダらは、自分らの腕に伯爵からの贈り物を着けた。
迷宮の探索を再開したサダ達。
向かうは、第二拠点の先である。
幾人ものベテランの冒険者が、挑んでいる地域である。
だが、その先に進んだ者らが、体調の変化を訴えるようになった。
ある者は、頭が重いと言い、症状が酷い者は頭痛まですると言う。
また、別の者は鼻血を流した。
胃腸の不調などを訴える者もいた。
だが、不思議な事に、サダらの仲間に体調を崩す者はいなかった。
キオウ「確かに、頭が言われてみれば重いような気もするし、息苦しく思う事もあるけど、それだけだよな」
フォド「何だか、高い山に登った時のような気もしますが、それでも軽い方かと」
仲間らも、全く感じていない訳ではないが、それでも他のパーティーよりも格段に症状は軽い。
何の影響も無いと言っても、良いかもしれない。
それだけでは無い。
何故か、サダらの回りでは、迷宮深層でのあの異変が余り起きなくなった。
近頃は、足音や場違いな匂いや触感に、ほぼ遭遇しない。
他のパーティーでは、相変わらず付き纏われているそうだが。
カディン「私達の相手は、飽きちゃったのかしら?」
ディーナ「そうね。何でかしら」
その他にも、魔獣や魔族との戦いが、何故か少し楽になった気もする。
何だか、武器の切れや呪文の効きが良い。
更に、攻撃を受けても、被害が少ない。
「あいつらが弱くなったとは思えないけど、何でか楽だな」
マレイナが思い付いた事があるそうだ。
彼女が、迷宮の中で、あの伯爵から貰った腕輪を外してみた。
マレイナ「うわっ、もうダメだ」
慌ててマレイナが腕輪を嵌め直した。
「どうしたんだ?」
マレイナ「この腕輪を外した途端、音が直ぐ近くで聞こえたよ。それに頭痛もした」
まさか、他の冒険者が訴えていた事をこの腕輪が防いでいたとは。
キオウ「いい物、貰ったな」
イルネ「こんなに効果があるなんてね」
これまであった異変も、何かしらの魔法が関わっていたのだろうか?
カディン「これから、紫光石の価値って上がるんじゃないの?」
マレイナ「ねえ、紫光石って、この迷宮じゃ見付からないのかな?」
ディーナ「何で、また?」
マレイナ「だって、ここでは、大抵の物があるじゃない? だから、あの石もここにあるかも」
キオウ「なら、今度探してみるか?」
マレイナの思い付きではあったが、深層での採掘を始めてみる事とした。
迷宮の岩盤に触れて、鉱石の気配を探る。
頭の中に、もやっと重い感じがした場所を鶴嘴で叩く。
しばらく掘ると、石とは色の違う鉱石が見付かる。
出て来たのは、赤光石に青光石だ。
マレイナ「何だ、紫光石じゃないんだ」
イルネ「これも、同じような魔鉱石よ。普通の金属の原料になる鉱石よりも、買い取りはいいはずよ」
その他にも、深層で様々な魔鉱石が見付かる。
深層は、魔鉱石の鉱脈でもあったのである。
サダ達に倣う冒険者も幾人か出て来た。
深層から重い鉱石を運び出すのは大変だが、それでも金になる。
サダとカディンの魔法の鞄は、こんな時にも役立つのだが、それは秘密だ。
ただ、魔鉱石が沢山採れても、それを活用するのは大変である。
普通の鉱石ならば、鍛冶師らが扱える。
また、完成した武具や道具に魔工師らが、魔法の力を付与するのもよく行われている。
だが、魔鉱石から何か魔道具を作り出すには、鍛冶師と魔工師らの両方の技術を持った者が必要なのだ。
それが魔工鍛冶師である。
彼らの数は、それ程に多くはない。
ハノガナの街にも、ほんの数人いるだけだ。
今までは、手に入る魔鉱石の数が少なかったのだが、今はそれが余りつつある。
未加工の石が積まれている状態なのだ。
ギルドでヘルガに言われた。
「貴重な鉱石をもう採って来るなとは言えないけど、最近、余っているんですって。だから、他の地方に売っているそうよ」
まさか、そんな事になっているとは。
「街の鍛冶場でも、魔工鍛冶師を新たに雇うかどうか話合っているみたい」
ただ、都合よく人材が見付かるものなのか?
魔工鍛冶師は、小人族に多いようだが、彼等はラッカムラン王国内に余りいない。
これは、国外から雇わなければならないかもしれない。
ギルドからサダらが出て来ると、偶然、マディオンに出会った。
「よう、元気でやってるか? 噂を聞いたけど、あんたら黄昏の荒れ野に行ってたんだって? 何か、あそこにあったかい?」
マディオンが話を聞きたいようなので、サダらは飲み屋に一緒に行く事にした。
彼の馴染のあの汚い店ではなく。
サダらは、酒だけでなく料理も注文したが、彼は酒だけでいいそうだ。
「それで、どうだったんだ?」
サダは、荒れ野の魔獣の事、村での事、廃城の話などをした。
「何だ。その城も街も空っぽなのか」
サダは、魔界との繋がりの事だけは伏せておいた。
変に、魔界の噂が広がるのは、好ましくはない。
「それで、魔鉱石が掘れるんだな?」
キオウ「そうだけど、そこまで行くのは大変さ。掘れる場所は、誰かしらが抑えているし」
「まあ、当然だな。あそこでは、金より価値があるんだろ? それなら仕方ない」
魔鉱石の話が出たので、サダはあの事も聞いてみた。
「小人族の魔工鍛冶師? そうか、こっちの国内じゃあ珍しいよな。でも、他国なら別だぜ。特別に、荒れ野の話を聞いたからタダで教えるが、それはナハクシュト王国で探してみるといいさ。あっちは、鉱山も多いのよ。魔鉱石もたんまり採れるから、魔工鍛冶師も多いのさ」
それは初耳であった。
マディオンと飲み屋で別れると、サダらもそれぞれの家に帰った。
翌朝、サダらとキオウ、イルネは、ギルドで集合した。
キオウ「昨日、伯爵に魔工鍛冶師とナハクシュト王国の話をしたら、乗り気になってたよ」
「まさか、今度は、向こうで魔工鍛冶師を探して来いとか?」
イルネ「いえ、それは無いわ。早速、鍛冶ギルドを通して、向こうのギルドと交渉するみたい。だから、誰かが探しに行く事は無いわ」
カディン「また、違う国に行けるかと思ったけど、それは残念ね」
ディーナ「カディンは行きたいの?」
カディン「うん。だって、いろいろと旅が出来て楽しいじゃない?」
まあ、今回は、ナハクシュト王国行きは回避出来たようだ。
あの派手な文化の国は、面白い場所でもあるのだが。
サダらがあの国に行ったのは、もう2年位、前になってしまっていた。
南の国から魔工鍛冶師らがハノガナの街にやって来るのは、まだ先の話である。
だが、報せは、別の場所から、それも全く別の内容で届いた。
アグラム伯爵の呼び出しが来たので、サダらは城館に向かう。
伯爵の執務室に入ると、彼は難しそうな顔をしてサダらを迎え入れた。
アグラム「ついに、見付かったよ」
サダらには、何の事だか解らない。
イルネ「何が見付かったのでしょうか?」
アグラム「それはそうだな。それはだな、退魔師らの拠点についてだ」
サダらに緊張が走る。
アグラム「ガドナ地方の領主が報せてくれたよ」
ガドナ地方は、ラッカムラン王国の北東にあり、ダラドラム王国にも近い場所である。
アグラム「ガドナ地方の北に、自由都市がある。そこの領内に不審な施設があるようだ」
マレイナ「あのその事で、今朝、ハルム王国のフランからも文が来ています」
フランからも、その自由都市が妖しいと書かれていたそうだ。
アグラム「今すぐにとは言わない。だが、そこに諸君らも行って貰う日が近いであろう。自由都市『エルザ』に」