第22話「地下迷宮の水辺」
また、ハノガナの街での冒険者の生活が始まる。
「依頼だけど、どうする?」
キオウ「やっぱり、それは迷宮だよな。でも、上層や中層は、ほぼ行ったと思うから。」
マレイナ「まだ、深層に向かうのは、私達じゃ無理だよね。」
ナルルガ「その一歩手前くらいが、今の限界かしら?」
フォド「無理の無い、新しい場所を開拓するしかありませんね。」
今のところ、貯えがそれなりにあるので、経験値稼ぎに向く狩場を探してみる。
魔獣の多いと言われている地域を目指し、迷宮を進む日々が続いた。
今の技量だと、狗毛鬼が経験値稼ぎに良い相手だ。
ただ、連中は仲間を呼び寄せる事があるので、余りに集まり過ぎると手に余る。
昆虫系の魔物は数が多い事もあるが、手頃な相手であり、良い経験値になる。
そんな相手を求め、日々地下を進む。
数日して、修行の成果は出た。
全員のレベルは26となった。フォドは27だ。
それと、自分の魔術師とマレイナのスカウトのレベルは15になった。
キオウ「よし、今なら、もう少し深い所まで行けるだろう。」
ナルルガ「無理はしない程度にね。」
それと、4日続けて仕事をし、1日休む配分へと調整する事にする。
負担が大きくなる分、無理も利かなくなる。
無理をすれば、怪我につながり、最悪の場合もある。
ナルルガが、キオウを見て、何故か笑う。
キオウ「なっ、何だよ。」
ナルルガ「別に。」
深層の入口周辺も、他の冒険者らによく探索されている場所が幾つもある。
新たな遺物を見付けられる確率は低いが、深層に出没する魔獣らにも遭遇する可能性があり、更なる腕磨きにはなるであろう。
迷宮内で、今までは引き返していた地域の更に奥へと向かう。
低い場所へと下るルートを見付けたので、そこを進む。
しばらく進むと、朽ちた装備が転がっているのを見付けた。
誰か冒険者が、命を落とした場所なのだろう。
錆びて欠けた剣と、ボロボロになった革鎧のなれの果てのような物が落ちている。
気を引き締めて先を進む。
最初に遭遇したのは、狗毛鬼の一団であった。
ものの数分で連中を片付け、更に進む。
下り道は、いつしか水平に変わっていた。
着いた場所は、湿った洞窟だった。
通路は徐々に広がって、大きな空洞になって行く。
毒吐きマダラヘビに遭遇した場所に似ている。
所々に水溜まりがあり、場所によっては膝下までの深さがある。
もっと深い場所もあるかもしれない。
水を掻き分けながら進む。
すると、前方からも、水を掻くような音が聞こえる。
「冒険者か? 違う、そうじゃないな。」
向こうはランタンを使わずに、こちらに近付いて来る。
ランタンを水音のする方角に向ける。
何か闇に光る物が見える。
いや、こちらのランタンを反射した目の光だ。
2つ並んだ光る目、それが幾つか洞窟の暗闇に見える。
フォドがその背後の辺りを目掛けて、複数の光の玉を放ち辺りを照らす。
前方に、何かの姿が浮かび上がった。
やや大きい人の背丈位の生き物が、前屈みでこちらを見ている。
その数は4匹、手に長槍のような武器を持っている。
その顔は、ワニのそれに似ている。
キオウ「こいつら、鰐人だ。」
これも魔獣に仲間で、凶暴な連中だ。
似たような種族で蜥蜴人もいて、そちらは他種族と交流のある部族もいるが、鰐人は人間らを見ると迷わず襲って来る。
今も、こちらを攻撃する機会を伺っているようだ。
フォド「手強い相手です。皆さん、注意して。」
自分達も、戦闘態勢を取る。
鰐人がすーっと、水の中をこちらに近付いて来る。
ナルルガらが火炎矢や光弾で攻撃するが、ダメージは余り無いようだ。
更に近付いて来た鰐人が、長槍を繰り出して来る。
その切っ先が鋭い。
自分達と互角か、それ以上の技量かもしれない。
槍のリーチが長い分、自分やマレイナには不利だ。
前衛の数が少ないのを後衛が魔法で援護してくれている。
「くそっ、こいつら硬いぞ。」
鱗に覆われた腕や胴体を切り付けても、刃が弾かれる。
これは気合いを込めて、衝撃打を使うしかない。
長剣に気を込めて腕に叩き付けると、怯む鰐人。
流石に、この攻撃は効果があるようだ。
続けざまに衝撃打を、同じ箇所に叩き付ける。
3撃4撃と加えると血飛沫が飛び、相手の腕がぶらんと下がる。
片手でも長槍を繰り出して来るが、両手よりは威力が落ちている。
槍を剣で叩き落とし、無防備になった鰐人の頭に強撃を加える。
(まだ足りないか?)
ならばと、連撃する。
鰐人の頭とその巨大な口を叩き切る。
キオウも、もう1匹の鰐人を突き崩していた。
後は、苦戦するマレイナと、後衛が足止めしていた2匹だ。
マレイナの援護には自分が向かい、キオウが残りの1匹に突き掛かる。
「マレイナ、大丈夫か?」
何となく、今日のマレイナの動きが悪い。
マレイナ「うん、ありがとう。」
マレイナをカバーしつつ、鰐人を追い詰めて行く。
硬い鱗を衝撃打で叩き割る。
油断のできない相手ではあったが、鰐人を片付けた。
負った傷は、フォドの呪文で癒して貰う。
マレイナのダメージが、何時もより多いのが気になった。
休憩を取った後に、洞窟を探りながら進む。
鰐人の手槍は、買い取りを期待して持ち帰る。
次に遭遇したのは石頭サンショウウオだった。
体長3m近くにもなる大型のサンショウウオで、頭が岩のように硬くなっておりこれが擬態にもなっている。
浅瀬に突き出る岩を不審に思っていると、動き出して向かって来た。
これも肉食の厄介な相手である。
ただ、群れでいる事はほとんど無く、今も1匹で向かって来ていた。
それを囲んで切り付ける。
巨体の割りに素早いのと、体表の粘液が剣の刃を受付け難くなっているのが厄介だ。
ナルルガの火炎鞭を巻き付けると動きが鈍ったので、そこを切り刻む。
なかなかに、頑丈な厄介な相手ではあった。
この辺りは、水辺に出る魔獣に遭遇する事が多いようだ。
深層に近い場所である為であろうか、どれも硬く手強い。
水に浸かった辺りでは、遺物などは余り期待できないだろう。
この後も、何度か鰐人や石頭サンショウウオに遭遇し、それを切り抜けた。
とりあえず、今いる洞窟の様子を探って街に戻る事にする。
家に戻って食事を皆で摂り、各々の部屋に移動した。
ふと気になったので、いつになく大人しいマレイナの部屋を尋ねた。
「マレイナ、今日は、どうしたんだ?」
マレイナ「・・・・・・。」
だが、彼女は黙ってなかなかに答えない。
何も話す事がないので、自分の昔の事を何時の間にか話していた。
「自分はさ、あの村で育ったんだ。」
ニナサの村での子供時代、両親の話など。
別に、珍しい話など何一つない。
ただの田舎の小さな村で育った、農夫の息子の話でしかない。
特別に、刺激的な出来事もなく、平凡な少年時代の思い出だ。
村や周辺の森や小川での遊び、両親の畑仕事の手伝いや村の祭りの話などをした。
マレイナは話の流れを乱す事もなく、ただ静かに聞いていた。
いつしか、バロの魔犬の話になる。
「あの時、村に出た魔犬を退治した時に両親の仇は討てたのだろうか?」
最後に、ふと疑問を口にした。
マレイナ「・・・多分、できたと思うよ。」
マレイナが呟いた。
それから彼女は、自分の事をぽつりぽつりと語り始めた。
マレイナ「父さんは、ある貴族に仕えていたの。」
その貴族の馬屋係り兼狩猟の案内人であったようだ。
彼は腕利きの狩人であり、家畜の扱いにも長けていた。
同じ仕事をマレイナの叔父や従兄らも務めていたらしい。
ある時、王族や貴族らが森で狩猟に出掛ける事があったそうだ。
その時、仕留め損なった猪が王族の1人に襲い掛かって来た。
それを防ごうとした貴族の家人が、守ろうとした王族を誤って射殺してしまったらしい。
その責をマレイナの父親の雇い主の貴族も、負う事になった。
しかも、単なる偶発事故ではなく、事故を装った暗殺の疑いも出て来たという。
雇い主の貴族も、狩猟の案内人であるマレイナの父親らも、取り調べられる事になった。
雇い主の貴族は、身分もある為に取り調べも穏やかな物だったようだが、その家人らへの扱いは、まるで反逆者へのそれと同様の物であったらしい。
身の危険を感じたマレイナの母親は、彼女を逃がす事にした。
マレイナは、故郷や親元を離れ、流れ流れてハノガナの街に来たらしい。
マレイナ「この前、占いで言われた探している人って、多分、両親や家族の事だと思う。もう、会えないっても言われたし。」
何時の日にか、故郷に戻り両親らの消息を調べてみるべきなのだろう。
マレイナ「でも、今の私じゃ、どこに探しに行けばいいのかも・・・。」
今の彼女は無力だ。
単なる冒険者の1人でしかない。
彼女の告白に何も言えなかった。
何か言おうとは思ったが、言葉が浮かばない。
その日は、自分の部屋に戻るしかなかった。
父や母、そして姉や従兄達はどうしたのだろうか?
狩場の事故の後、父や叔父らは取り調べを受ける事になった。
その事情は、まだ小さい自分にはよく解らなかった。
ただ、あの優しい父や叔父らが、何か悪い事をしたとはとても思えない。
王国内の権力争いの事など、想像もできない世界の事で、馬屋や狩場での仕事しかしていない家族が、そんな物に関わっている事など知るはずもない。
その嫌疑が家族全体に広まる前に、母は私達姉妹と従兄達を逃がす事にした。
一団となって逃げては、見付かり易い。
私は従兄の1人と、姉はまた別の従兄とに別れて、別々の道を選んで逃げる事となった。
従兄と2人で、その日暮らしの生活が1年以上も続いた。
時に農家、そしてある時は隊商で働きながら、故郷から離れた土地へと流れて行った。
気が付くと、自分は1人になっていた。
従兄とは、別々の隊商で仕事をしている内に、互いの行方が解らなくなってしまったのだ。
とある地方の町に辿り着いた私は、誘われるまま冒険者となった。
幸いな事に、父らに狩猟の技術を学んでいた。
獲物を探し追い掛け、仕留める。
そして、その獲物を解体し肉や内臓、皮を取り分ける。
そんな知識と技術が、冒険者の仕事にも役だった。
冒険者は、素性の解らない者でもなる事は可能だった。
余程の凶悪な犯罪、例えば殺人などをしていれば王国内に手配書が出回り、流石になる事はできないが、幸いな事に自分を公式に探し回ってはいないようだ。
それでも、偽名でギルドには登録する事にした。
マレイナの名は、私の子供時代の友人の名前なのだ。
冒険者となって一年近くが過ぎたが、一か所で仕事をする事はなかった。
幾つかの町を移動しながら、ハノガナの街に来た。
流石に、こんな地方に来れば、誰も自分の事を探してはいないだろう。
サダらの仲間に巡り合えた自分は幸せだ。
けれど、姉達は今は何をしているのだろうか?
翌日、また地下迷宮へ向かった。
「マレイナ、依頼中には集中を切らさないようにしてくれ。」
マレイナ「うん、解った。」
「いつか、時が来たら、自分もマレイナの家族を探すのを手伝うよ。」
マレイナ「本当?」
「ああ、約束さ。マレイナは、父さん達の仇を討つのを手伝ってくれたし、何と言っても仲間だからな。」
マレイナは頷き、やっと笑顔を見せてくれた。
さあ、今日も気合いを入れて地下へ向かおう。
今回も、深層の入口付近を目指す事にする。
水辺の厄介な魔獣は手強い相手ではあるが、その分稼ぎにも経験値にもなる。
洞窟の中を進むと、鰐人の一群に遭遇した。
今度は、自分が魔法を使う。
岩塊を魔法で作り出すと、連中の上空へと撃ち出す。
そして、連中の頭上でその岩を破砕すると、その勢いのままに一群の敵に目掛けて放つ。
名付けて岩塊弾だ。
これもナルルガの魔導書に書かれていた、強力な地属性の魔法の1つである。
ただ、広範囲に岩塊が飛び散るので、地上か地下でも広い場所でしか使えない場所を選ぶ魔法だ。
頭上からの強烈な岩塊の炸裂が、鰐人の集団を怯えさせる。
しかも無防備な上空からの攻撃は、相当なダメージとなったようだ。
そこを前衛の3人で、切り掛かる。
技量は、ややあちらの方が上のはずだが、岩塊弾の一撃が連中の正気を失わせたようだ。
怯える5匹の鰐人を、呆気なく討ち取った。
次に出会ったのは、石頭オオサンショウウオだ。
今度は、キオウが風の竜巻をまとった戦槍を繰り出す。
槍の刃の先端から伸びた竜巻が、オオサンショウウオの体を捉え、風の刃の数倍もの威力で切り裂く。
その一撃で、オオサンショウウオは絶命した。
キオウ「うほっ、一撃だぜ。我ながら、おっかない技だな。」
風神閃、風属性の呪文と槍術を組み合わせた、キオウの必殺技だ。
風神閃も、ナルルガの魔導書の産物だ。
風属性の魔法であるから、ナルルガも勿論の事使う事ができる。
魔導書の存在は、明らかに自分達の魔法の力を底上げしていた。
どの魔法も強力ではあるが、その分、消耗も激しいので連続して使う事はできない。
だが、この辺りの魔獣を相手にするには、これらの魔法に頼らないと辛い。
頼らずにこの周辺を探索するには、今一つ実力が足りていない。
そんな事を考えていると、また水の中を歩み寄って来る足音が聞こえて来た。
この日も、幾度か鰐人の襲撃を受けた。
更には、浅瀬に乗り上げて来るウナギのような物とも戦った。
地下ウナギとでも、呼べば良いのだろうか?
いや、多分、どこかの河川から入り込んで、幾年も過ごして巨大化した大ウナギなのだろう。
それにしても、3m近くなるのは普通の大ウナギなのだろうか?
ウナギにしては、手強い相手であった。
中層に戻ると、狗毛鬼などに遭遇するが、そいつらが楽に感じるようになっている。
狗毛鬼は武器の扱いに長けているのだが、素直な武器の扱いは、何度も対戦してみると物足りなくも感じるように思える。
こうして、深層への入口付近を探る日々が過ぎて行った。
もっとも手強いのは鰐人であるが、それらと対等に戦えるまでに腕前も上がっていた。
迷宮への出発の前、何時ものように依頼を見定めて受注する。
ついでに久し振りに、技能判定ボードで調べてみる。
フォドがLv.29、他の仲間はLv.28になっている。
自分とマレイナの2つ目の職業はLv.20だ。
Lv.30には、まだ達していない。
もう少し技量を上げれば、深層での活動も難しくはないだろう。
まだしばらく、鰐人らに胸を借りて鍛えよう。
鰐人の革、石頭オオサンショウウオの肝などの素材を集める依頼も多い。
この頃には、連中に遭遇する洞窟の周辺の探索もほぼ完了していた。
水の溜まる大洞窟も、幾つかの狭い洞窟に分岐している。
その中には、上方に向かっている場所もあれば、更に深い方向へとつながる物もある。
今は、下ではなく上に向かっている所が、どこに繋がっているのか確かめる事にする。
上に向かってみると、地上の河川近くへ続いている事が解かった。
そこから、河川の増水期に、様々な生き物が地下迷宮へと彷徨い込むのだろう。
その出口は街からも遠い場所にあり、鰐人の出入りにも使われているようで、地上でも彼らと遭遇した。
そこから街への移動は、少々難儀ではあったが、河川敷や林を通り数時間で帰る事ができた。