第218話「採掘の依頼」
周囲に、けたたましく、蹄が岩盤の上を走り抜ける音が反響する。
暗い迷宮の中、そいつが走り抜けた跡に、火炎の軌道が残る。
黒い巨体が2匹、獲物に体当たりをしようと繰り返し突撃を繰り返していた。
その体当たりを散らばって避けるサダ達。
そいつの体は大きいので、まともにぶつかられれば大怪我だ。
更に、その頭には、先端の尖った2本の湾曲した角も生えている。
その角に引っ掛けられるのも、面白くはない。
サダは長剣を構え、そいつが走り抜ける時に、何とか切り付けてはいたが、まだ致命的な斬撃を加える事が出来ていない。
事の始まりは、ハノガナの迷宮に入り、第二拠点の先を探っていた時であった。
今日は、周囲に例の謎の足音に囲まれていた。
前後左右を複数の足音がサダら一行を取り巻いていた。
その音は付かず離れず、サダらと共に移動している。
立ち止まれば足踏みをしてその場に留まり、歩き出すとまた付いて来る。
だが、その音は遠方から近寄る、それよりも大きな足音に取って代わられた。
現れたのは、黒い牛であった。
黒い姿に大きな前側に湾曲した2本の角。
見た目は、どこからどう見ても牛であった。
だが、違うのは、こいつらが走ると、その蹄が地面を踏んだ場所に炎が残る。
キオウ「何だよ、この牛は?」
フォド「ただの牛じゃないですね。何でしょうか?」
サダも見た事の無い牛である。
だが、何か予感がした。
(こいつ、どこかで会ったような。いや、こいつには会った事はないが、似た奴ならよく知っている)
見た目は、大きく違う。
だが、どこか激しい殺気を感じる。
ただの牛などではない。
確信は無いが、こいつから魔界の風を感じる。
そう、バロの魔犬に似た。
牛の足跡に炎が残るはずなど無い。
魔火牛、最近、冒険者らが遭遇し始めた、新手の魔獣と言われている。
走り抜けた魔火牛に、サダは長剣で切り付けた。
前に付けた傷跡はまだ見えるが、それが塞がりつつある。
回復量は少ないようだが、こいつも受けた傷を回復させている。
(戦いを長引かせるのは不利だ)
魔界の生き物に思えるが、光の円陣の効果は見えない。
光属性の魔法よりも、水属性の方が効果があるようだ。
魔族と魔界の生き物にも、違いがあるのであろうか?
なかなかにダメージが通らない相手のようだが、何度も切り付け呪文を叩き込んで行く。
いつしか、奴の通った跡に炎が残らなくなって来た。
(これは、もしや?)
サダらは、振るう剣に更に力を込めてやる。
すると、黒牛の足が止まる。
その機会を逃す手は無い。
止めの攻撃に出る。
1匹は武器で切り付け、もう1匹は呪文を集中する。
やがて2匹の暴走牛を仕留めた。
キオウ「また、変わった奴がいたもんだ。体力が凄かったな」
「こいつ、バロの魔犬に似てる気がしたよ」
マレイナ「そう言えば、そうかも。この牛も魔界から来たのかな?」
カディン「魔族だけでなく、魔界の生き物も、こっちに来るのね。でも、何で?」
ディーナ「こちらの世界の方が、環境が良いとでも?」
理由は解らない。
だが、迷宮の奥にあると言われている、魔界とつながった場所から出て来るのであろう。
あの天空の神殿も、そうだったのだろう。
休憩の後、サダらは迷宮の探索を再開した。
黒牛が走り回っていた時には気にならなかったが。今も謎の足音に囲まれたまま。
数週間、サダらはハノガナの迷宮に潜り続けていた。
新たに進んだ場所で、様々な魔獣や魔族とも遭遇した。
それらと戦い、探索の領域を少しづつ広げていた。
ある日、サダらはアグラム伯爵の城館に呼び出される。
伯爵の執務室に行くと、伯爵と見知らぬ中年の男が1人、その場にいた。
サダらが椅子に座ると、伯爵は男を紹介してくれた。
アグラム「この男は、クラッカードと言う。鉱脈を探し、採掘をする山師だ。今回、彼の護衛兼助手として、鉱石の採掘を頼みたい」
今回は、アデレード地方内にある山で、鉱石の採掘をするのが目的だ。
狙う鉱石は、あの紫光石である。
キオウ「アデレード地方でも、あの石があるのですか?」
アグラム「それは、クラッカードから説明させよう」
クラッカード「ああ、どうも。紫光石だが、この領内でも少数だが産出する。場所は、ケムネン町近くのボッタル山になる。今回は、新たな鉱脈があるか探るのが目的になる」
2日後、サダらはケムネン町へと向かう事になった。
その町は、ハノガナの街の東側にある。
当日、サダらが支度をして伯爵の城館に集まった。
今回は、馬車にクラッカードと彼の助手1人を乗せ、サダらが交代して御者を務める。
馬車の護衛を兼ねて4人が馬に乗る。
今回、伯爵はイルネには同行させない。
アグラム「君には、別の仕事があるので、別行動だ」
サダら6人は、馬車と馬に別れて東へと向かって行く。
ケムネンの町までは3日で到着するであろう。
サダが御者を務め、その横にはカディンが座る。
荷台には、クラッカードと助手に、採掘道具が乗っている。
街道を進み、予定通りに町に着いた。
ケムネンの町、余り大きくはないが、鉱山の町である。
主に採れるのは、鉄鉱石のようだ。
その鉄鉱石にも種類があり、様々な道具や材料になり、勿論、武器や防具も作られる。
採掘場所は、町の目の前のボッタル山である。
まずは、宿に向かい、馬や馬車を預け部屋を確保する。
まだ、昼前なので、昼食を食べてから少しボッタル山まで見に行く。
町には鉱山ギルドがあるので、挨拶もしに行った。
既に、伯爵からの伝言もこのギルドに届いているので、揉める事も無い。
「で、その鉱脈をどこで探すんだ?」
ギルドの職員から尋ねられた。
クラッカード「いや、坑道の中ではなく、表から探すつもりだよ」
鉱山に来たが、坑道内では無い別の場所を探ると言う。
まあ、その辺りの事は、サダらには専門外の事なので、クラッカードに任せるしかない。
サダらも、ハノガナの迷宮などで、採掘の経験もあるのだが。
クラッカード「まあ、その経験も無駄ではないからな。護衛以外でも期待してるよ」
サダらは、クラッカードらと共に、山に向かう。
鉱山は、何人も働いているようだ。
そのほぼ全員が坑道やその周囲で働いているが、クラッカードはそことは違う山道を歩いて行く。
やがて、その山道も消えて、草木が生い茂る場所へと到着した。
その先の経路を、クラッカードは探しているようだ。
そして、何かを見付けたのか、また進み始めた。
山の道無き場所を進む。
サダは、迷いはしないか心配ではあるが、クラッカードは迷いを見せずにどんどん進んで行く。
やがて、30分程進むと、岩肌の剥き出しになった場所で足を止めた。
そこで、持参して来た道具を広げた。
まずは、鶴嘴で、山肌を掘って行く。
助手の若い男性も、師匠に倣って鶴嘴を振るう。
サダらは、その掘り返された石を選別する。
最初に出て来たのは、ただの石なので、捨てるしかない。
何度か掘ってみたが、僅かに鉄鉱石が混ざるだけである。
クラッカード「まあ、いきなりは出て来ないさ。この周囲は明日も掘ってみよう」
サダらは、初日の作業を終えた。
掘った鉄鉱石をクラッカードは、鉱山ギルドに持ち込んだ。
彼と助手は、採掘師として、鉱山ギルドに登録をしている。
こうして登録しておけば、冒険者のように活動出来るのだ。
クラッカード「そこは、冒険者とそんなに変わらないよ。まあ、本格的な作業は明日からだがね。よろしくな」