第212話「下城」
黄昏の荒れ野の中にある城で目覚めたサダら。
ポイは、魔界に行ってしまった。
彼が、向こうで無事でいるのか、その不安はある。
サダらは、今後の事を話し合った。
この荒れ野で、もう探るような場所は無い。
ならば、ここで探索は終わらすべきではないかとの結論が出た。
ディーナ「でも、これで終わりなら、この城をもう少し調べてみない?」
ディーナの提案もあり、今一度、この城の中を探ってみる事となった。
領主の館と、貴族らの屋敷を中心に、その探索を行う。
城内に残された物で、価値のありそうな物は、ほぼ無い。
だが、残された日記などを見付けると、今度はその中身も確認して回った。
その多くも、ただ日常が綴られているだけである。
貴族らのたわいのない日常。
ただ、一部には、厄災の時代の直前の事が書かれていた。
厄災の時代、今から210年~180年前程の時代である。
世界各地での戦乱、天変地異、魔族らの跋扈などがあった時代とされている。
その痕跡は、今も所々に残り、この黄昏の荒れ野が、それを最も残している場所と言えるかもしれない。
当時は、天候不順、大地の隆起や陥没、火山の噴火、海が干上がるなど世界各地での災害も多かったのだとか。
多くの人々が死に、滅びた国家もあったのだとか。
ラッカムラン王国でも、王都を移転させる程の被害も出ていたらしい。
記録に残っていたのは、その時代の始まりの辺りであった。
それまでは、この地も緑豊かな場所であったようである。
それが、天候の不順に始まり、季節外れの大雪や大雨、干ばつなどから始まり、周辺国との衝突などが始まったようだ。
最後の方は、しきりに移住について書かれて終わっていたが、これを書いていた人物も、この城から別の場所へと移って行ったのであろうか?
その後の記録は残ってはいない。
城の探索も、結局、1日で終える事にした。
もう一晩、城に留まるサダ達。
その夜、また屋外が騒がしくなっていた。
格子戸を開けて窓の外を確認すると、大量の魔族が今度はあの空間の歪みのある方向へ戻って行くのが見えた。
あの魔族らは、何をしていたのであろうか?
各地で何らかの被害が出ていない事を祈るばかりである。
翌朝、サダらは目覚めると、旅立ちの支度を始めた。
馬屋から馬と小脱兎鳥を引き出す。
小脱兎鳥も、馬との行動にすっかり慣れており、馬に付いて歩き出す。
サダらは、城に別れを告げた。
家屋の間を抜け、城門を潜り抜けた。
そして、小山の斜面を荒れ野に向かって降りて行く。
小脱兎鳥らも続いているが、その背に主がいないのは、寂しくも思える。
サダらの口数が少なくなっていたが、あの陽気な小さな仲間がいなくなった為であろうか?
城に続く斜面を降りて、荒れ野へと進み始めた。
この辺りに、岩蠕虫はいない。
今度は、東の方角、ラッカムラン王国へと帰るだけである。
だが、その前方、荒野のただ中に、何かが立っているのが見えた。
何かの生き物のように見える。
そいつは、まだ数百mは先にいる。
こんな場所にいるとしたら、魔獣以外には考えられない。
余計な戦いを避ける為に、サダらは少し進路を変えたが、そいつがこちらの行く手を阻むような動きをする。
再度、方向を変えても、その先へ進路を塞ぐような動きをして来る。
キオウ「何か嫌な動きをするな」
マレイナ「まるで、私達をとおせんぼするみたいね」
仲間らも、その不気味な行動を不審に思う。
相手は、1匹だけのようだが、やや体が大きい。
カディン「あいつ、相当に自信があるんじゃないの?」
魔獣とは言え、単独行動。
こちらは複数いるのに、果敢に絡んで来ようとしているように思う。
その後も何度か進路を変えたが、執拗にこちらを狙っているようだ。
ディーナ「いっそのこと、進路を変える?」
イルネ「それでも追い掛けられるのは面倒ね」
そいつとの距離は、もう200mを切っていた。
「あれは、頭に角が生えてるのか?」
頭の左右から、横に牛の角のような物が飛び出て見えた。
直立して立つ、二本角の魔獣。
まさか、あれは?
しかも、腰に毛皮を巻き付けただけで、上半身や足は、そのまま晒されている。
その体が、赤く見えた。
その腕には、巨大な棍棒のような鎚鉾が握られているようだ。
キオウ「あいつは、牛頭巨人だぜ。それも、体が赤い」
フォド「確か、赤い魔獣が最も厄介な相手でしたね」
もう、赤い牛頭巨人と戦うしかないだろう。
馬上のまま、サダらは魔法で自分らを強化して行く。
体力、腕力、防御力に、行動速度も上げる。
馬らの防御力も上げた。
既に、距離は100mを切った。
まずは、全員で攻撃呪文を放つ。
荒野に現れた赤い牛頭巨人へ向け、無数の呪文を放った。
すると、奴は、その手の鎚鉾を振り回した。
大半の呪文がかき消されたが、何発もの呪文がその体に炸裂した。
激しい叫びを上げる牛頭巨人。
すると、今度は、鎚鉾で地面を叩いた。
鎚鉾が地面に食い込むと、その周囲から振動が地面に伝わったようだ。
周囲の大地が揺れた。
局地的ではあるが、地震のような揺れを感じた。
馬が嘶いて、前脚を上に上げると後ろ脚だけで立ち上がる。
咄嗟に、サダら幾人かは馬から飛び降りた。
サダとキオウとイルネは、そのまま牛頭巨人に武器を構えて立ち向かう。
彼らに向けて鎚鉾が振り回される。
まともに受けたら、ただ事では済まない。
そう、サダらは直観的に思った。
魔法で強化していても、あの攻撃を受けたら堪らない。
武器も防具も強化してはあるが、それに頼るのも危うい。
ただ、身を捻り、その猛攻を避ける。
牛頭巨人は、時に片手で時に両手で巨大な鎚鉾を自在に操る。
前衛のサダらが交互に攻撃を加え、鎚鉾の攻撃を避ける。
その後ろからは、仲間が呪文で援護する。
鎚鉾が、呪文を無効化するが、その全てを避けている訳でもない。
徐々に、その呪文もサダらの攻撃も牛頭巨人の体力を奪って行く。
だが、奴の体力は、これまでに出会った牛頭巨人よりも高いらしい。
まだ、その衰えが見えない。
更には、また鎚鉾で地面を叩くと地震が発生する。
間近でそれを喰らうと、体勢を維持するのに踏ん張る必要がある。
奴には、その地震の影響は無いようである。
動きの止まった所に、鎚鉾の攻撃を喰らいそうになる。
咄嗟に地面を転がり、その攻撃を避ける。
(あの地震の攻撃を封じないと)
だが、それは、鎚鉾を奪わないと無理であろう。
ただ、その攻撃が連続で使えないようなのが幸いである。
揺れが収まると、再び体勢を立て直す。
左右、背後と、サダらは攻める方向を分散する。
素早く動くサダらに、苛立ちを見せる牛頭巨人。
更には、そこへ呪文の攻撃も加わる。
1匹の魔獣を7人で攻め立てる。
武器の攻撃、呪文を幾度当てた事であろうか?
奴の体にも、無数の傷が残るが、まだ倒れる気配はない。
小さな傷は回復し始めている程だ。
それでも、サダらはこいつを追い詰める。
腕を狙い、足も切る。
その胴体へも切り込んで行く。
牛頭巨人が、赤い汗を吹き出していた。
体力のある奴だが、流石にここまで攻め続ければ、限界もある。
腕に切り付けを入れると、再度、その傷を狙う。
他の部位にもそうだ。
続けざまに同じ場所を攻撃すれば、再生も出来ない。
そこを更に深く抉る。
巨体の魔獣も、そんな攻撃を受けては堪らない。
足の裏側への攻撃を重ねると、奴の足が引き裂かれ、膝を付いた。
動きに制限の出来た所を更に攻めて行く。
低くなって狙い易くなった、奴の顔面をも狙う。
奴も、目や鼻を切り刻まれるのは、大きく衝撃を受けたようだ。
牛頭巨人がごろりと鎚鉾を大地に投げ出した。
そこへ最後の攻撃を叩き込む。
やがて、赤い牛頭巨人の動きは止まった。
やっと終わった。
サダらは、牛頭巨人の体を確認した。
既に、奴はこと切れていた。
サダらも直撃は喰らってはいないが、体の各所に奴から受けた傷が何カ所もある。
フォドが来て、それを回復してくれた。
「ありがとう」
フォド「いえ、どういたしまして。手強い魔獣でした」
サダらの馬は、少しばかり逃げ出していたが、口笛を吹くと戻って来た。
牛頭巨人の持っていた鎚鉾を調べた。
とても、人間の扱えるような大きさではない。
だが、何かしらの魔法の力が込められているのは、間違いないであろう。
キオウ「これが、今回の旅で一番のお宝じゃないのか?」
カディン「魔法の鞄が無ければ、持って帰るのも大変よ」
サダらは、この武器を持ち帰る事とした。
サダは馬に跨り、東の方角を目指して再び進み始めた。
少し時間が掛ったが、それは仕方ない。
その様子を城から見ている者がいた。
紫の魔人が、サダらと牛頭巨人の戦いを。
「ふむ」
その戦いを見て、何を思ったのだろうか?
遠ざかって行くサダらをその魔人は眺め続けていた。