第210話「天空の神殿」
黄昏の荒れ野の中、廃城の奥から空間の歪みを通り抜け、サダらは天空に浮かぶ神殿のような場所に来た。
そこで、サダらは、神殿にいた魔族の群れに囲まれていた。
紫の魔人が2匹、サダらの前に歩み寄って来た。
紫の魔人が、周囲の魔族に向けて手を振る。
それに合わせてか、他の魔族らの包囲が数歩下がった。
紫の魔人らは、その掌をサダらに見せ続けているのは、敵意が無いという事であろうか。
サダ達も、武器を手にしたままだが、それを下げた。
敵意は示されてはいないが、その数は魔族の方が多い。
それに、こんな隠れる場所の少ない所では、空を自由に飛べる奴らの方が有利である。
イルネ「何か、話があるのかしら?」
イルネが、魔人に答えた。
「そうだ。こんな場所に、魔族以外が訪れるなど滅多には無い。どうしてここに来たのかは、想像が付くがね」
キオウ「魔族が、俺らに何の話があるんだ?」
「そういきり立つでない。我らは、必ずしも敵対する関係でもないと思うが」
ディーナ「今までに出会った魔族は、そうではなかったけれどね」
「ふむ。我らの中にも、そなたらの中にも、闘争を好む者は多いでな」
確かに、自分らも、魔族は常に戦いを望んでいるものだと、どこか思っていたのだが、それは違うのか?
魔族とも、話し合いが出来たのか?
それとも、こいつも何か時間稼ぎでもするつもりなのか?
フォドが少し前に出た。
フォド「お話しが出来るようなので、お聞きしたいのですが、魔族の方々は、我々の世界に何を求めているのでしょうか?」
紫の魔人も答えを考えているようだ。
「そうだな。それを一言で現すのは難しい。我らも、様々な思惑があるからな」
フォド「では、あなたは、どう考えているのですか? それに、この場所は既に魔界に入っているのでしょうか?」
フォドの答えに、魔人らは答えるつもりのようだ。
「まず、最初に、ここは魔界ではない。ここも、そなたらの棲む世界の一部よ。ただ、ここまで、通常の手段で至る事は出来ないであろう」
フォド「ここは、どこか山の上か、そんな場所なのでしょうか?」
「そうだな。高さは、世界でもっとも高い山よりは低い。だが、空を飛べぬお主らには、到達は出来ぬ場所よ。門を通らなければな」
門とは、ポイが開けた空間の事であろうか?
「それから、我が、この世界に来たのは興味があった故だな。こちらの世界がどうなのか、見てみたくなってな」
キオウ「なら、観光が目的だと?」
「ふふふ、そうとも言えるな。お主らの世界は我らの世界とは違う。そこで暮らす者らもな」
イルネ「じゃあ、魔族の全てが争いを好むのではないのね?」
「ふむ、我らの世界では、全てがある秩序の中にある。それを決めるのは強さよ。故に、こちらの世界でも、それを求める者もおるからな」
マレイナ「それで、こっちの世界でも人や様々な種族を襲うのね」
「それは、我らの本能故、許されよ。弱き者は強者に従うが我らの秩序なれば」
「そんな秩序、こっちにも持ち込まないで欲しいんだがな」
「そうか、しかし、こちらに来ても、我らの生き方を変えるのも難しい」
カディン「なら、あなた達の世界に帰りなさいよ。こっちには、興味持たないでよ」
「そうもいかんな。こうして、門は開いたのだから」
フォド「ここと、我々の世界との門もあれば、魔界とこちらを結ぶ門もあるのですね」
「そうだな。隠しても意味はないであろう。そのような門があるからこそ、我らはここにいる」
ポイ「その門からは、僕らも魔界に行けるの?」
「行きたいか? 小さな者よ?」
魔人がポイと話し始めた。
ポイ「君らが、こっちの世界を見たいなら、その逆もあるよ。君らの世界を見て来たら、君らの事をもっと理解出来るようになる。どうせなら、互いに上手くやる方法を探したいからね」
「なる程、そなたは、我らの世界に来たいのか?」
ポイ「許可してくれるならね。どう?」
カディン「ダメよ、ポイ。そんな奴らの世界に行ったら」
ポイ「何で? 行けば、いろいろな事が解るんじゃないかな? 僕は、興味があるよ」
「ふむ。我らの世界に来たいとは、珍しい奴だな。そんな奴もたまにいるが、そう数は多くはないからな」
ポイ「行っちゃダメなの?」
「我らの世界は、過酷であるが、それでも良いか?」
ポイ「食べ物は、沢山あるの? それだけが、心配だけど」
魔人らが笑い出した。
「食べ物が心配か? そうだな、この世界と似たような物も、勿論、あるぞ。心配するな」
ポイ「なら、問題は無さそうだね。僕は、向こうに行ってみるよ」
「いいのか? それでも?」
イルネ「帰って来られないかもしれないわよ?」
マレイナ「寂しくないの?」
ポイ「ねえ、向こうに行ったら、こっちに戻って来れないの?」
「戻ろうと思えば戻れるであろう。珍しい客人なので、案内役も付けよう」
ポイ「なら、問題ないかもね。それに、戻れないなら、また別の方法を考えるよ」
ディーナ「別の方法?」
ポイ「うん、魔界とこっちの世界がつながっているんだ。また別の世界に行く方法もあるかもよ。ねえ、魔人さん、どうなのかな?」
「それは考えた事が無かったな。ただ、2つの世界が門で行き来出来るようになったのは、偶然だそうだ。だから、それがまた起きるのかは、解らない」
ポイ「そうか、難しいんだね」
「おい、ポイ、向こうは危険な所だぞ。そんな場所に行くなんて、どうかしてる。考え直せよ」
ポイ「でも、君は、魔界を見た訳じゃない。そんな事は、行ってみなきゃ解らない。それに、僕みたいな小さな生き物を、彼らが騙して連れて行く意味なんてないさ。だよね?」
「そうだな。我らが、こちらの世界の者らを魔界に連れて行く意味などはない」
ポイ「ほら。僕なんかが行っても、向こうではありがたくも思わないし、迷惑でもないんだよ」
カディン「でも、ポイと別れるのは寂しいよ」
ポイ「大丈夫、今の君は1人じゃない。僕がしばらくいなくても、他に大勢いるから」
紫の魔人らが、サダらに語り始めた。
「我らの世界に行くのは、この小さな生き物だけか? 他にはおらんのか?」
流石に、答えは出せない。
魔界に行くのは恐ろしい。
戻って来れない可能性も考えると、足が前に出ない。
ポイ「やっぱり、僕だけみたいだね。それは、無理も無いさ。僕は、この時代に生まれた訳じゃない。だから、他との関りが薄い。それに、気になる事は見ておきたい。この衝動は抑えられないから」
ポイが、魔人の方に歩み出した。
ポイ「それじゃあ、お邪魔してもいいのかな?」
「なあ、彼の見送りくらいは、させて貰ってもいいよな?」
「それは、好きなように」
魔人らの案内で、ポイが神殿の奥を進んで行く。
その後ろをサダらが続く。
魔族らは、彼等に道を開けて左右に並ぶ。
マレイナ「いいの? 本当に?」
ポイ「ああ、僕が言い出した事だからね」
カディン「向こうで、変な物を食べては、ダメだよ」
ポイ「平気、平気、僕には、ダメな物がちゃんと解るから」
ディーナ「戻れなかったら、どうするの?」
ポイ「向こうから帰れない。その上、どこにも行けない。そうなったら、そこに留まるだけさ。僕は、虚無の迷宮にだって行って来たんだ。何も問題ないさ」
「あそことは、随分と条件は違うぞ。帰り道もあったんだからな」
ポイ「そうだね。サダやカディンには、向こうでいろいろ世話になったよね。君達としばらくお別れになるのは、寂しいけどね」
カディン「なら、行かないでよ」
ポイ「でも、こんな機会、他じゃないでしょ」
神殿の奥に着いたようだ。
その正面には、この空間に来た時のような歪みが見える。
フォド「これが、魔界へつながる門ですか?」
「そうだな。こちらからも向こうからも行き来は出来る」
空間の先は、今は夜中なのか真っ暗に見えるのだが。
イルネ「なら、ポイをここから返してくれるの?」
「それは、この者がどう望むかによる」
キオウ「なあ、行くのも帰って来るのも、何か要求される事はないよな?」
カディン「そう、それよ。それを先に聞かないと」
「そのような求めはしない。自由に通っても構わない」
ポイ「心配なら、最初に試してみるね」
ポイとのお別れが来たようだ。
突然に、別れる流れになってしまった。
(ポイは、不安や寂しさが無いのか?)
マレイナ「本当に、行っちゃうの? 向こうは、どんな場所なのか解らないのに」
イルネ「ところで、あなた達の世界って、どんな所なの?」
イルネが魔人に聞く。
「それをどうお主らは考えているのか?」
キオウ「そりゃあ、住むのも大変な場所じゃないのか? 天気も荒れていて、大きな火山が常に噴火してるとか」
カディン「海も溶岩の海なんでしょ?」
「はは、どんな世界を想像しているのか。そう、こちらの世界とはそれ程に変わらない。だが、夜は長いぞ。こちらの世界で言えば、2日が夜で1日が昼になるな」
ポイ「それは、随分と違うね。魔族も魔法を使うけど、向こうでもこっちの魔法は使えるのかな? 使えないと、僕は困るよ」
「それは大丈夫だ。この世界の魔法とは、元をただせば我らの世界から齎された物である。源流は同じよ」
フォド「そんな話も、聞いた事がありませんでした。もしかして、あなた方の崇める神は、私達の世界にも影響を?」
「神の事は、我らにも解らぬ。ここにも神を祀っておるが、我らの世界とこちらの世界で神が力を及ばせているのかは、解らん」
ポイ「じゃあ、これで、みんなとはお別れかな?」
ポイが、皆の顔を見ている。
ポイ「そうだ、小脱兎鳥だけど、荒れ野の外に連れてって貰える? 多分、荒れ野では、生きていけないから」
マレイナ「ちゃんと、連れて行って、安全な場所で解放するね」
ポイ「ありがとう。安心したよ」
皆と、順番に言葉を交わして行くポイ。
最後に、サダの前に来た。
ポイ「ごめんね。僕、我儘かな?」
「そんな事はない。行って来いよ。そして、満足するまでいろいろ見て来いよ。そして、必ず帰って来いよ」
ポイ「うん、ありがとう。行って来るよ」
紫の魔人が、1匹の魔族を紹介してくれた。
まだ、サダらが見た事の無い種類の魔族だが、120cm程の小柄で全身が黒く背中に小さな羽が生えていた。
見た目は、どこか子供っぽいというか女性にも見えるのだが。
今までの魔族に比べれば、顔もあり服のような物も着ており、人間に最も近く見えて。
「こやつに、小さい者の案内はさせる。こう見えても頼りになるであろう」
ポイ「よろしくね、僕はポイだ」
「よろしく、ポイ。我には名が無い」
その魔族も喋ったが、どこか女性的な声である。
ポイ「そうか、ならブランって呼んでもいい?」
「ブラン? それが名か?」
ポイ「そうそう、君の名前だよ」
ブランの体が微かに光ったようだ。
紫の魔人が言い出した。
「我らは、滅多に名を持たぬ。ブランは、特別の存在となった」
ポイ「そうなの? 勝手に付けちゃまずかったかな?」
ブラン「名を持つ事、名を付ける事は、特別。ポイは優れた力を持つ者だ」
ポイ「そうさ、僕は、大魔術師だからね」
ブラン「大魔術師ポイ、我の名を付けた者」
ポイの体も微かに光ったように見えた。
紫の魔人に導かれ、ポイとブランが空間の歪みに向かって行く。
ポイ「じゃあね、皆」
ポイが空間の歪みに消えて行った。
その様子をサダらはしばらく見ていた。
すると、空間からまたポイが現れた。
ポイ「ほら、戻るのも簡単だよ」
別れたポイが再び現れたので、サダや魔人も驚いたようだ。
ポイ「じゃあ、今度こそ行って来るね」
ポイの姿がまた消えた。