第209話「廃城の奥」
黄昏の荒れ野の廃城の中心の探索を、サダらはこれから始める。
昨夜、今までに見た事の無い程の数の魔族が、そこから湧き出していた。
城の奥に、一体、何があるのであろうか?
ここは、元は、この城の領主の館と思しき場所である。
その門の中にサダらは踏み込んだ。
敷地内には、母屋や、その他の建物が幾つもあるようだ。
まずは、その母屋の玄関へと向かう。
その扉には鍵が掛っているが、ポイが魔法で開錠した。
キオウ「お前、何でも出来るよな」
キオウが感心して、ポイを褒めた。
ポイ「この位、簡単な初歩の魔法さ」
元領主の屋敷の中を見回ってみたが、そこは城内の他の場所と変わらない。
邸内には、埃が薄っすらと積もり、目ぼしい物はほぼ持ち出されてしまっているようである。
武器や鎧の類も多数残されてはいるが、どれも兵士向けの大量生産品であり、価値のありそうな物は無い。
武器庫や倉庫を開いても、がっかりするだけであった。
キオウ「お宝は、ここでも無しか」
イルネ「どうも、街の方もそうだったけど、慌てて出て行ったという訳ではなさそうね」
ディーナ「でも、結局は放棄したのよね。やっぱり、荒れ野で沢山の人が生きて行くのは難しかったのね」
カディン「でも、少しは残しておいてくれてもいいんじゃない?」
「空っぽではないが、空の城か」
マレイナ「それ、何か変な表現だよね」
フォド「まあ、荒野で野宿するよりは、良かったのでは?」
カディン「かもしれないけど、探索の終点がこれじゃあ、つまらなよね」
ポイ「きっと、まだここには何かあるよ」
そう、あの魔族らが湧き出していた場所も、まだ見付けてはいない。
屋敷の母屋は入り組んだ構造になっている。
長年の間に、増築や改築を何度も行っていたようだ。
連結された廊下や通路が、別棟や尖塔につながっている。
だが、屋上階にも地下室にも塔にも、妖しい場所は見当たらない。
室内は奇麗な方であろう。
馬屋や納屋、中庭であった場所まで探ってみたが、あれだけの魔族がいた場所も見付からない。
ディーナ「流石に、変ね。もう城の中に探す場所なんて無いはずだけど」
ポイ「あっちの奥はどう?」
ポイが指し示した場所が、まだあった。
それは、裏庭とでも言って良いのだろうか?
サダらは、そこに移動した。
前庭や中庭程の広さは無い。
だが、それなりの広さはあり、何やら構造物も少しばかり立っている。
屋根の付いた休憩場所のようである。
だが、これと言って、他に何も無いようだが。
だが、そこにポイがすたすた歩いて近付いて行く。
休憩場所の手前で、ポイが立ち止まった。
しきりに、その周囲を伺っているようで、鼻やら何やらを動員しているようだ。
カディン「何があるの、ポイ?」
ポイ「おかしいよね。ここは」
何も見えないが、ポイが警戒を続けている。
キオウ「ここも、何も無いだろ。やっぱり、ここは空の城なんだよ」
それでも、ポイは諦めていない。
そして、彼の杖を取り出した。
フェムネの体の半分位の長さがある、50cm程の木の杖だ。
あれも、虚無の迷宮から持って来た物だったと思うが。
ポイが杖で、空間に何かを描くように動かした。
すると、2つの休憩所の間の空間が歪んだように見えた。
そして、その空間の向こう側が変化した。
こちらの紫色をした空の下ではなく、まるで青空の下のような空間がそこに見えていた。
カディン「何なの、その向こう側は?」
ポイ「ほら、抜け道があったよ」
皆が驚いていたが、ポイだけは、さも当然とした様子だ。
ポイ「ここが、魔族がいた場所だと思うけど、どうする?」
「何だ、これ?」
ポイ「うん、何だか空間が歪んだ場所があるなと思ったら、これが開いたよ。多分、ここから別の場所に行けるんだよ」
フォド「もしかして、魔界ですか?」
ポイ「そこまでは、解らないや。でも、その可能性もあると思うよ」
カディン「この先が、魔界なの? それにしては、明るいよね」
イルネ「魔界が、どんな場所なのかは解らないけどね」
マレイナ「行ってみないと解らないって事かな?」
皆で相談を始めた。
ポイが開けた空間の先を探りに行くのかどうかと。
ディーナ「この中に入ったとして、戻って来られるの?」
ポイ「解らないよ。でも、多分、魔族が出て来たのはここからだと思う」
キオウ「なら、やっぱり、この先は魔界か?」
ポイ「それは、何とも」
イルネ「行って確かめるしかないわね」
意見は、半々だ。
中を確かめたいと言う、イルネ、ポイ、フォドにマレイナだ。
行かないとまでは言わないが、不安を感じているのは、キオウ、ディーナ、カディンだった。
カディン「兄さんは、どうするの?」
カディンがサダを問い詰めた。
「ああ、自分は、あの向こうが見てみたい。折角、ここまで来たんだ。ここで引き返すのは違うかなって」
再度、皆、考えたようだ。
そして、導き出した結論は、
キオウ「だよな。今まで、いろいろな場所に挑戦して来たんだ。ここで尻込みするのもな」
皆が、開いた空間の向こう側を探る事に賛成した。
イルネを先頭に、歪んだ空間を潜り抜けた。
(んっ、何も感じないな)
サダは空間を潜り抜けたが、まるで何も無い場所を歩いたような感覚しかなかった。
紫色の空の下から、雲はあるが青空の下に出た。
ただ、元の場所よりも、僅かに気温が低く感じた。
行き付いた場所を見回してみたが、どこかの台地か何かの上らしい。
目の前に、長い石橋が続いている。
いや、その光景が何かおかしい。
キオウ「おい、ここは、空の上だぞ!」
キオウが声を上げた。
周囲を見ると、今立っている場所は、まるで空に浮いた小島のようになっている。
その他には橋しか見えないが、それが何も無い空間に、ただ真っすぐに伸びており、その先は雲に隠れて見えなくなっている。
カディン「これ、落ちないのかしら?」
ポイ「大丈夫だよ。落ちるとしたら、長くはここには無かったと思うよ」
確かに、石橋はなかなかに古い物のように見えた。
だが、これも不思議な事に、石橋を支える橋桁が無い。
何も無い空間を石の橋だけが伸びている。
ディーナ「あの橋、渡っても大丈夫なの?」
周囲を再度見回したが、ここには目の前の橋しか無いようだ。
不安はあるが、この橋の上を歩いて行くしかない。
キオウ「途中で魔族に遭ったら、逃げ場がないな」
石橋に踏み出して行く。
全員が乗っても、橋はびくともしないようである。
橋の幅は約5mで、手摺も横にあるので、落下する心配も無さそうだ。
サダらは、空中に架かる橋の上を歩き出した。
風も吹いているが、強くは吹かず、微かに髪の毛を揺らす程度だ。
橋の上にも、空にも、魔族や何物の姿も無い。
橋の下を見るが、その下にも何も見えない。
カディン「落ちた時の事は考えないようにするわ」
やがて、前方の雲が晴れて来て、橋の終点が見えて来た。
そこの空中に浮かぶ島のような物であるが、橋の出発点の数倍の大きさがある。
少しばかり高台になっており、その上に建物が見えた。
城か神殿のように見える。
キオウ「あそこも、空っぽじゃないよな?」
カディン「ええ、手土産の1つ位は用意しておいて貰わないとね」
そして、サダらは橋を渡り終えて、その島に上陸した。
目の前には階段があり、高台の建物に続いている。
30段程を登ると、建物の前に着く。
ここは城と言うよりも、神殿だったらしい。
建物の前に10m程の高さの円柱が横に並び、その上には石像が1つづつ設置されていた。
翼の生えた異形の物の石像が。
フォド「魔族の像ですね。すると、ここは連中の」
フォドが言い掛けた時、神殿の中から十数の影が湧き出して来た。
屋内からだけではない。
周囲を飛んで来た連中が囲んでいる。
全部で30匹はいるであろう。
キオウ「やっとお出ましか?」
皆が、武器を抜いた。
周囲を完全に魔族の群れに囲まれてしまった。
だが、奴らは囲むだけで、それ以上の動きが無い。
そいつらの顔を見てみた。小魔人に、赤の魔人、黒の魔人などがいる。
すると、神殿の奥から何やらまた出て来た。
「どうした事だ。ここに人らがいるとは?」
声のした方を見ると、新たに出て来た紫の魔人が2匹いた。
「正に、珍客よな。ようこそ我らの神殿に」
紫の魔人が出て来ると、サダらの前で立ち止まった。
手前の魔族らは、その魔人らに道を譲っている。
「お邪魔だったかな?」
「いや、そんな事は無いぞ。客が来る事など滅多にはない。歓迎する用意があるが、どうかね? 我らの招きを受け入れてはくれまいか?」
敵意が無い事を示す為か、紫の魔人は4本の腕を横に広げて掌をサダらに示した。
(ここは、どうする?)