第208話「無人の街、無人の城」
ついに、サダ達は、黄昏の荒れ野のただ中にある廃城に到着した。
その城内に入り、見付けた貴族の屋敷に拠点を定めた。
今の段階で、城内に何者もいない。
この屋敷の中には、部屋が幾つもある。
仲間らが一部屋づつを使う事は勿論可能ではあるが、用心の為に使う部屋は限定した。
屋敷の2階の隣り合った二部屋を、男性陣と女性陣で分けて使う事に。
幸い4人づつ使っても、部屋には余裕がある。
まずは、それらの部屋で体を休める準備をした。
マレイナ「中は奇麗な方で、助かったね」
少しばかり、窓を開けて埃を払えば、充分だ。
荒れ野で野営するよりも、遥かにマシである。
部屋で眠る時には、寝袋に入るのだが。
屋敷全体に結界を張るのは難しいので、ポイが仲間らの休む部屋だけを囲む。
ポイ「これで、充分だと思うよ」
カディン「ところで、ポイは男の子でいいの?」
ポイ「まあ、君達の基準だと、そうなるんだろうね」
マレイナ「ポイなら、私達の部屋でもいいんだよ」
ポイ「それは止めておくよ」
ディーナ「何で、遠慮するの?」
ポイ「それは、君らの習慣に反する事かもしれないから」
イルネ「そういう所は、いろいろポイは合わせてくれるわね」
屋敷の中で食事をした。
と言っても、既に、食料は携帯食料のみである。
ただ、水は魔法で湧き出させる事が出来るので、それで湯を沸かせばお茶は温かい物が飲める。
味気ない干し肉などばかりだが、温かい物を飲めるだけで心が落ち着く。
食後も、お茶を頂きながら、皆でこれからの計画を話す。
今いる、貴族の物であったと思しき屋敷が並ぶ場所の奥に、多分、ここの領主が暮らしていた城の中枢がある。
ここまで、この城の中で何か珍しい物は残されてはいない。
あるとすれば、中枢を探るしかない。
この城に魔族が出入りしていると噂もあったが、まだその痕跡さえ見付けてはいない。
イルネ「もしも、ここにあるならば、妖しいのは領主のいた館よね」
皆も、意見は同じらしい。
ディーナ「だから、それなりに危険な場所なのでしょうね」
キオウ「本当に、魔族はいるのか? その領主の館も空っぽなんて事はないよな?」
「それも、確認しないとな。空なら空と」
イルネ「この城に、何も無いなら、この荒れ野の秘密も解らないでしょうね。その秘密がそもそも無いのかもしれないけど」
何も見付からない。その可能性も、少しだけ考えていた。
食事が終わり、サダらは寝袋に潜り込んだ。
明日から、城の中心を探索し始める。
何も見付からなかったら、どうするのか、その不安はある。
だが、久し振りの屋根も壁もある場所で眠れるからか、皆直ぐに眠り始めていた。
どの位の時間が過ぎたのであろうか?
サダは、風の音を聞いて目が覚めた。
まだ、周囲は薄暗い。
だが、表から強風が吹いているような音が聞こえて来る。
荒れ野に来てから、毎日風が吹き、その音を何度も聞いていた。
だが、今の風は今までに無い程に強く吹いているようだ。
(いや、何か違う)
違和感を覚えたサダは寝袋から抜け出した。
仲間は、まだ気付いてはいないようだ。
部屋の窓枠に嵌る格子戸を少し開けて表を見るサダ。
その目の前を何かが横切って行った。
それも、1つや2つではない。
何かが無数に空を飛んで行く。
(何だ、あれは?)
いや、サダには、そいつらに見覚えがあった。
しかし、その数が尋常ではない。
数十数百も、その物らが飛んでいる。
羽の生えた、異形の物らが。
それは、魔族の大群であった。
その多くは、等級も低い小魔人である。
だが、中には、赤い体や黒い体も見えた。
巨大な翼を持つ物もいる。
赤の魔人に、黒の魔人、それに翼の魔人らも何十と混ざっている。
その圧倒的な数に、サダは声を失った。
そして、慌てて窓の格子を閉めた。
それから、仲間らを無言で揺り起こす。
キオウ「んっ、何だ?」
キオウが目覚めたので、サダは自分の口の前に指を1本立てて静かにするように伝える。
キオウも、表の音に気付いたようだ。
キオウ「あれ、何の音だ? 風にしては変だな」
「魔族の大群だよ」
サダは、一言呟いた。
キオウも、それだけで異変に気付いたようだ。
窓の所に行くと、微かに格子を開けて表を確認した。
そして、事態を把握すると、格子を閉めて戻って来た。
フォドとポイも、もう目覚めている。
その時、部屋の扉が軽くノックされ、サダらを少し驚かせた。
ノックして来たのは、イルネだった。
彼女らも、外の異変に気付いて起き出したようだ。
表に聞こえはしないであろうが、小声で相談を始めるサダ達。
キオウ「どうする?」
「表に出ても、何も出来ないだろう。あの数が相手なら、無理だな」
フォド「馬は、大丈夫でしょうか?」
そうだ、馬だ。
もしも、馬に被害が出れば、ここからの脱出は不可能になる。
ポイ「大丈夫。結界で安全だよ」
ポイは、結界の異変は感じていないと言う。
幻術も使ってあるので、魔族らも気付いていないようだ。
もう一度、窓から魔族の動向を探る。
どこに向かって行っているのかは解らないが、やはり城の中心の方角から飛んで来ているようだ。
その数も、数百、或いは数千もいるのかもしれない。
フォド「まるで、世界中の魔族がここから現れているみたいですね」
そうなのか?
いや、可能性はあるかもしれない。
この奥に、魔界へつながる出入り口があるのかもしれない。
ハノガナの迷宮の奥にあると言われている物と同じのが。
相手の数が多過ぎて、サダらには対処は不可能だ。
とりあえず、朝まで眠り、起きた時に対処を考えようという事になった。
再び寝袋に入ったが、表の物音は聞こえ続けていた。
いつまで続くか解らない、魔族の大群が発する羽の音。
ここにいる事を、気付かれなければ良いが。
ポイ「結界があるから、大丈夫さ」
そう言うと、逸早くポイが再び寝息を立て始めた。
フェムネの大胆さが羨ましい。
だが、サダらも疲れて、再び眠りについた。
気付くと、表が明るくなっているようである。
外の音も、今は止んでいる。
サダは、格子を開けて表を覗いた。
その視界に、動く物は入らない。
あの魔族の大移動は、既に終わっているようだ。
隣室の女性陣らも起きて来たので、朝食にする。
誰もが不安を抱き、口数が少ない。
だが、話し合わなければならないであろう。
「これから、どうする?」
サダがぼそっと、呟くようにして声を出す。
だが、皆が無言だ。
しばらくして、ようやくイルネが口を開いた。
イルネ「不安は大きいわね。でも、城の中心を探ってみないと」
キオウ「大丈夫なのか?」
イルネ「見てみないと、ここまで来た意味は無いわ」
ディーナ「でも、あんな数の魔族がいるんでしょ? 無謀じゃない?」
イルネ「かもしれない。けど、あいつらは、今は戻って来てはいない」
フォド「中を探っている時に、もしも帰って来たら、どうします?」
そこで、会話は止まった。
「でも、探りに行かないとな。それが、今回の目的だろう」
皆が、サダを見た。
イルネ「誰もが、怖いと思ってるわ。でも、確認しないと、それは」
フォド「ここの奥に、魔族の出現のヒントがあるのかもしれません。それを確かめる意義は大きいかと」
カディン「でも、危険は今まで以上でしょうね」
皆の顔は険しい。
ポイ「でも、僕は行ってみたい。そこに未知の何かがあるなら」
今度は、皆の目線がポイに集まる。
ポイ「僕は、1人でも行くよ。ここまで来たんだ。ここで引き返すなんて、僕には無い考えだね」
イルネ「私も行くわ」
「自分も行くさ」
キオウ「おいおい、行かないとは言ってないぜ」
マレイナ「そうだね。ここまで来たんだから」
ディーナ「行くしかないわね」
カディン「みんな、凄いわね。でも、私も行くわ」
フォド「決まりですね」
危険は承知だ。
だが、皆、城の中心に向かう決心をした。
出発の準備を整える。
サダらは屋敷を出ると、馬小屋の確認に行った。
馬も小脱兎鳥も無事である。
水や飼料も補充してやる。
マレイナ「この子達、ここに残しておいて大丈夫?」
ポイ「ああ、大丈夫さ。あれ程の魔族が通り過ぎたけど、ここには気付かなかったようだよ」
馬も馬小屋にも、魔族が何かした痕跡は無い。
それは、城内の他の場所も同じようであるが。
フォド「この城に、魔族らは住んではいないのかもしれませんね」
カディン「ただの通り道なだけ?」
ディーナ「それで、奇麗なんじゃないかな?」
サダらは、城の中心へと向かう。
その大きな門の前に立つ。
正門は閉じられたままである。
しかし、横には、通用口がある。
そこは、問題なく開いた。
キオウ「本当に、ここの城は不用心だよな」
フォド「逃げる時に、施錠するような余裕が無かったのでしょうか?」
領主の館に踏み込んだ。
だが、ここも静かである。
この先に、あれだけの数の魔族が潜んでいた場所はあるのであろうか?
サダらは建物の中を歩き始めた。