第205話「地下の脅威」
黄昏の荒れ野で、漆黒狗毛鬼らとの戦いが始まるかと思った時であった。
突然、地中から何か巨大な物が、サダらに向かって来ていた狗毛鬼の居た場所へ突き出して来た。
巨大な柱のような物。
その直径は5mは越えているだろう。
突き出て来たそれは、また地面の中に潜ったようだ。
イルネ「あれが、岩蠕虫ね」
荒れ野の丘で鉱石を採掘していた男らに教えられた、恐るべき巨大な魔獣、それが岩蠕虫である。
漆黒狗毛鬼らは、砂埃に覆われたように見えたが。
ポイ「あれ? 数が少ないよ」
砂埃が収まり始め、その中に漆黒狗毛鬼の姿が見えて来たが、3匹しかいない。
さっきまでは、4匹だったはずだが。
キオウ「蠕虫に食われたのか?」
こちらに向かっていた漆黒狗毛鬼も、今は恐慌状態である。
再び、魔獣がいる辺りで、地鳴りがしたと思うと、またあいつが地面から飛び出して来た。
漆黒狗毛鬼らの姿は見えないが、多分、また襲われたのであろう。
それを確認している余裕はない。
サダら下馬していた者は、慌てて馬に飛び乗った。
カディン「こっち側は安全よ」
上空を飛ぶタルナからカディンは安全な進行方向を聞き出し、皆を誘導する。
それに、仲間らの馬も続く。
漆黒狗毛鬼がいた辺りを迂回して、南西の方角を目指す。
しばらく、馬を進めた。
狗毛鬼がいた辺りを振り返ってみると、再び巨大な柱のような物が地面から生えていた。
キオウ「あのまま進んでたら、俺らも危なかったな」
カディン「あんなデカブツが地面の下にいるなんてね。地上に出て来ただけでも10mはあったわよ」
ポイ「あれとは、契約しない?」
カディン「あんな大きさじゃあ、呼び出す場所が限られてダメよ。それに、どうやって弱らせたらいいのかも解んないから」
サダは、もう一度振り返った。
もう、岩蠕虫は頭を出してはいない。
あの漆黒狗毛鬼達は、全滅したのだろうか?
距離も開いたので、馬の速度をやや落とした。
その後も、地表の盛り上がった所を見付けては、進路を変えながら、南西の方角に進む。
休憩するのも、丘を見付けて、馬達も少しばかり高い位置に登らせて休ませるようにする。
周囲から、たまに地響きが聞こえて来る。
それぞれの岩蠕虫が、数kmの縄張りを持っているようで、その間の緩衝地帯も数百mは離れていた。
その緩衝地帯を見付けては、そこを通って行く。
進んでいると、また丘を見掛けたが、上に何個か小屋が立っていた。
そこも、何かを掘り出している場所のようだ。
そんな場所を見付けて、サダらは立ち寄った。
採掘者も、旅するサダらを煙たがる事も無い。
サダらの質問にも、知っている範囲で教えてくれた。
だが、誰も荒野の城については知らない。
遠くから、見た者はいるが、近付いた者はいないのだ。
彼等から、様々な話を聞いたが、災厄の時代の言い伝えも教えてくれた。
「その時代、世界は戦乱の世でな。この土地にも、今は名も解らぬ国があった。それはそれは豊かな国であったらしい。だが、ある日、空から星が落ちて来た。そして、ここは荒地となり、空は星の放った力で紫色になったんだよ」
カディン「それ、本当ですか?」
「さあな、もし、この土地がこんな風に変わった時に、ここにいたら、命は無いんじゃないのか? だから、そんな事を見た奴がいるのかどうか」
フォド「真実なのかは解りませんが、それに近い事が起きたのかもしれません。ただ、空から星が落ちて来たというのは気になります。落ちたのは、本当に星だったのかどうか」
ディーナ「あなたのご先祖も、昔からこの土地に?」
「そうだな、爺さんが、昔、ここに戻って来たんだそうだ。以前、ここに住んでいたんだと。いつか、この荒地も、元に戻るのかもしれん。その時に、儂らは生きてはいないだろう。けど、昔から住んでいるから、離れられはしない」
採掘者らへ、サダ達は礼を言って別れた。
「ああ、構わないさ。外から来た人と話すのも楽しみだよ。それじゃあ、お前さん達、気を付けてな。帰りにも、また寄ってくれよ」
丘の上から、男が手を振っていた。
荒れ野をサダらは進んで行くが、地表への警戒も忘れない。
普通の魔獣ならば、遠目からも近付いて来るのが解るが、起伏の少ない場所で地面の変化を探るのは難しい。
一番頼りになるのは、カディンの呼び出したタルナに探らせる事だが、常時、彼を上空に上げておく訳にもいかない。
他の召喚獣では、岩蠕虫の餌食になる可能性もある。
高台や丘を見付けると、サダらはそこに登り、休憩をしながら進路の安全を確認する。
だが、岩蠕虫が、その移動範囲を広げる事もあるので、前もって確認したルートが安全とは限らない。
ディーナ「地面の下を警戒しなきゃならないなんて、初めての体験ね」
キオウ「気付かずに近寄れば、あの狗毛鬼の二の舞さ」
マレイナ「全部、食べられたのかな?」
フォド「地下にいながら、地上の動きに敏感なようですね」
ポイ「そういう感覚に優れているんだと思うよ」
サダは、ポイに聞いてみた。
「幻術で、何とか誤魔化せないのか?」
ポイ「うん、離れた所で、何か音を立てる事は出来るけど、多分、あいつは地表の振動を感知していると思うから、誤魔化せないと思う」
ポイの幻術も、あれには相性が悪いようだ。
また、丘を見付けたので、上に登ってサダらは休みを取る。
馬にも水をやり始めると、思いの外近くで地響きがした。
はっと、皆に緊張が走る。
キオウ「近くないか? これ?」
マレイナ「あれ見てよ」
丘から300m程離れた場所の地表が動いている。
何かが、地下を移動しているようだ。
キオウ「これは、近いな」
マレイナ「そうじゃない。その先を見て」
皆が、マレイナの指差す方角を見た。
ディーナ「あれは?」
地面が動いている場所から、更に100mは先の辺りに、何かがいる。
フォド「あれは、もしかして大角鬼でしょうか?」
そう言えば、体が大きく、頭に角があるような。
色までは解らないが、8匹程の大角鬼がいる。
連中も地響きには気付いているようだが、それが迫って来る方向は解らないようだ。
しきりに周囲に顔を向けているが、どの方角に逃げたら良いのか解らないらしい。
イルネ「あれじゃ、助からないわね」
地面の盛り上がりが、大角鬼に近付く。
そして、どんと、地表に巨大な柱がいきなり出現した。
地面から飛び出た奴が撒き散らした土砂で、周囲がよく見えなくなる。
が、それも数秒で収まると、柱のような物が出て来た時と同じく地面の下へと消えた。
イルネ「案外、スムーズに出入りするのね」
地表には、7匹の大角鬼が残されていた。
それからも、地面から巨大な岩蠕虫が飛び出て来る度に、地表の大角鬼の数は減って行く。
残すは、最後の1匹だけだ。
慌てて走り始めた大角鬼が、サダ達のいる丘を目指して走って来る。
キオウ「おいおい、この丘は大丈夫なのか?」
「多分、大丈夫だと思うけど」
丘の周囲の地表には、掘り返したような跡はないのだが。
最後まで残っていた、大角鬼が丘へ100m程の場所まで来た。
向こうも、サダらが見えたようだが、そのままこちらに走り続けている。
だが、しばらく止まっていた地表の変化がまた動き出し、その大角鬼の後を追い掛けて来る。
大角鬼の走る速度は、そんなに遅い訳ではないが、地面の動きの方が早いようだ。
今度は、大角鬼の背後から飛び出すように巨大な柱が地面から出現した。
そのまま大角鬼を大口を開けて飲み込んだ。
柱の先端に、胴体とほぼ同じ大きさの巨大な口があった。
あの大きさなら、馬に乗った人間も丸飲み出来る事であろう。
大角鬼は、飲み込まれる瞬間に、サダらの方に手を伸ばしていた。
まるで、助けを求めるように。
大角鬼を飲み込んだ岩蠕虫は、また地面の下に姿を隠した。
その光景を声も無く、サダらは眺めていた。
今も、彼等は身動ぎ1つしない。
少しでも、音を立てないように、息を殺して地表を見ている。
岩蠕虫も、動きはない。
あれから、地響きも地表の変化もない。
そんな荒野の静寂が、1分程続いた。
その1分が、丘の上から見ているサダらには、とてつもなく長い時間に思えた。
再び目の前で地響きがすると、地表の盛り上がりが遠ざかって行く。
それが、数百mも先に移動して、やっとサダらは溜息を吐いた。
フォド「行ってくれましたね」
キオウ「こっちには、気付いて無かったのか?」
ディーナ「そうだといいけど」
マレイナ「あいつ、聞いた音を記憶していて追い掛けて来るなんてないよね?」
カディン「姉さん、怖い事言わないでよ」
サダは、イルネの方を見た。
「なあ、あいつを倒せると思うか?」
イルネ「そうね。それには、まず地上に引き摺り出さないと。地下にいたら、攻撃は無理ね」
キオウ「地上に出したとして、どうする?」
イルネ「特大の魔法を連続で叩き込めば、何とかなると思うわ。隠れる場所から引き摺り出せば、あとは体力が桁違いなだけの魔獣だと思う」
ディーナ「その桁違いが、どの程度なのかよね」
ポイ「試してみる?」
カディン「いやよ。そんなの」
「そうだな。あいつと戦うのは、極力避けよう」
ポイ「僕なら、呪文50発で終わると思うけどな」
マレイナ「特大の呪文をそんなに唱えるのも大変よ」
ポイ「そうかな? みんなでやればいけるよ、きっと」
ポイだけは、戦いたいようだが。
イルネ「時間はまだ早いは、迂回してもう少し進みましょう」
丘の上から進路を探ってから、サダらは、また馬を進ませて行く。
まだ、目的の城は、視界には入らない。