第202話「荒れ野の村」
サダらは、黄昏の荒れ野に、村を見付けた。
そこの住人らは、人間らしいのだが。
なだらかな斜面を馬を引きながら、登ってその村に入った。
平坦な丘の上に、家屋が50軒は並んでいるであろうか?
どれも、石を積んだり木片や布を寄せ集めただけの粗末な家だが、ここで資材を集めるのも大変なのかもしれない。
村人らも、その服装は、やや古びた物を着ている。
その大半は人間であるが、獣人や小人らも混ざっていた。
彼等は、サダ達を見ても余り気にはしていないようだ。
全員で、村に入ったが、馬を引き連れて中をうろつく訳にもいかない。
村に入った所が広場になっているので、ここに馬を止めている。
そして、サダ、イルネ、フォドの3人で村の中を見て歩く事とし、仲間らは馬の見張りに残る。
(こう言っては申し訳ないけど、ここが信用出来るとはかぎらないからな)
サダらは、歩きながら、家の一軒づつ表から眺めて行く。
比較的手前に立っているのは、どうやら何かの店のようだ。
道具類をまとめて扱う雑貨屋が数軒、食べ物屋に、更には、鍛冶場を備えた店もある。
道具類を作る所に、武具を作る店。
武具を作る店に、イルネが寄りたいと言うので、中に入った。
イルネ「こんにちは」
「おお、こんな村に似合わないべっぴんさんだな。何の用かな?」
対応したのは、中年の岩小人の男性のようだ。
職人のようで、鉢巻に前掛けを着けている。
小人族の中でも、岩山などに住む彼らは、様々な職人が多いのだが、彼は鍛冶師なのであろうか?
イルネ「この剣を見て欲しいのですが?」
イルネは、白い角無し鬼から奪って来た長剣を彼に見せた。
「うん、何じゃ。これは、ここで鍛えた剣だな。これがどうしたのかな?」
イルネ「いえ、荒野で襲って来た魔獣が、この剣を持っていたもので、どうしたのかと思いまして」
「何だ、そんな事か。これは、ここで、あいつらが取引して持って行ったものよ」
「まさか、武器を魔獣に与えてるのですか?」
サダは驚いて彼に食って掛かったが、相手は動じない。
「余所者が驚くのは無理もないが、あいつらも儂らと同じく、ここの住人だから。ああ、あんたらが、そいつらを倒しても、別に儂らは恨んだりはせん。安心してくれ」
イルネ「あの、良かったら、事情を説明して頂けないでしょうか?」
「ああ、いいとも」
その小人の職人は、語り始めた。
この村は、いわばこの荒野の離れ小島である。
村は、カドの村と言うそうだ。
ここで、暮らすからには、人間だ小人だ魔獣だなどと言ってはいられない。
互いが、余った物を持ち寄り、それを互いに分けたり交換して、この村は存続しているそうだ。
「だから、魔獣も、ここではお隣さんなんだよ。だから、村の中では揉めないようにしてくれ。向こうも、襲って来る事はないからの」
フォド「そうだったのですね。では、魔獣もここにはよく来るので?」
「ああ、そうとも。ここに住んでいる奴もおるからな。驚かないでやってくれ」
魔獣が何を提供するのかと聞けば、鉱石や木材、また食料などを集めて持って来るそうだ。
「あいつらがいないと、ここは立ち行かなくなるのさ」
サダらは、武具屋から出た。
「まさか、ここが武器の出所とはね」
イルネ「ええ、大分、他とは事情が違うようね」
フォド「もう少し、村の中を見てみましょうか? おや、あれは?」
フォドが見た方に顔を向けると、村の中を白狗毛鬼が3匹、連なって歩いている。
だが、そいつらと村の住人らがすれ違っても、何も起きない。
それどころか、互いに何も意識はしていないようだ。
サダらが見ても、白狗毛鬼は気にはしない。
前を通り過ぎる時に、僅かに喉を鳴らすような音を発っしただけだ。
ハノガナの迷宮や、この荒野でも死闘を繰り広げたのと同じ魔獣が、何もなく通り過ぎて行った。
フォド「実際に見てみると、緊張してしまいますね」
「ああ、反射的に、手が剣に伸びそうになったよ」
イルネ「こんな場所があったのね」
サダらは、村の他の場所を見に行く。
その後も、サダらは、村の中で幾度か魔獣に出会った。
白い大角鬼にも出会った。
そして、黒い狗毛鬼にも。
だが、彼等も、村人やサダを攻撃するような事はない。
イルネ「あれが、黒い狗毛鬼ね」
「でも、普通の黒狗毛鬼とは違うな。あいつらは、体毛の一部に黒毛が混ざってる程度だけど、あれは全身の毛が黒いな」
フォド「それに、何だか強そうですね」
その黒い狗毛鬼は、革鎧の上に胸甲を着けていた。
その腰に吊るした大剣も、なかなかに大きな物である。
イルネ「確かに、なかなかやりそうな相手ね。村の外で出会うのが、楽しみだわ」
「おいおい、ここでは、そんな事を言わないでくれよ」
(黒狗毛鬼と区別が付かないので、あいつらは漆黒狗毛鬼とでも呼ぼうか?)
更に歩いていると、フォドが何かを見付けたようだ。
フォド「あれは? まさか」
フォドがある建物を驚愕したように見詰めている。
今度は、何かと思えば、外観は神殿のようだ。
だが、その装飾に、どこか違和感がある。
(何だろう。見た事が無い神殿にも思えるが)
フォドが、村の住人を捕まえると、質問を始めた。
急に話し掛けられた、その獣人の女性が驚いたようではあるが。
フォド「あれは、神殿ですよね?」
「ええ、それは、見れば解かると思いますけど」
フォド「はい、それは解るのですが、あそこで祀られている神について知りたいのですが?」
「ああ、それは、あの神殿では、影の神を祀っているんですよ」
フォド「影の神? つまり、それは?」
「そうですね。四主神とは別のもう一柱の神ですよ」
フォドの顔が更に驚いたようで、大きく口を開けたままだ。
フォド「まさか、この世界に、かの神を祀る場所があるとは・・・」
獣人の女性は、言葉を失ったフォドを置いたまま、村のどこかに去って行った。
イルネがフォドに近寄る。
イルネ「ねえ、その影の神って、魔族や魔獣のあれなの?」
フォドが、我に返ったようだ。
フォド「はい、そうですね。彼等の崇める神でしょう」
「もう少し、あの神殿について聞いて回ってみるか?」
フォド「そうですね。これは、調べておかないと」
フォドは、今度は道行く人間族の男性を捕まえた。
フォド「あの、失礼ですが、あの神の神殿が何故、ここにあるのでしょうか?」
いきなり声を掛けられた、その男性はフォドに質問に丁寧に答えてくれた。
「ああ、それはだな」
災厄の時代から、この荒地はこのような有様になってしまった。
その範囲も、ちょっとした規模の国家にも匹敵する程である。
何故、この地は再生もせず、空の異変もそのままなのか?
それは、この地が四主神に見捨てられたからなのだと。
フォド「そんな事は、無いはずです」
フォドが慌てて口を挟んだが、その男は淡々と話を続けた。
ここを四主神が見捨てたのかは、本当は解らない。
だが、ここは百数十年も、こんな有様なのだ。
ここを四主神の神官らが訪れる事も無いし、神々の恩寵も感じられない。
だが、影の神だけは、何故だが違うのだ。
ここでは、魔獣さえも、人間らと共に生きているのだから。
確かに不思議だ。
村の外の荒野では、魔獣がサダらを襲って来た。
けれど、ここの村に来た魔獣は、まるで別物のように大人しい。
外と内との区別を魔獣が付けているのは、間違いないのだろう。
「まあ、外から来た人達には、ここの事を理解するのは難しいだろうな。魔獣の事も、神の事もさ」
そう言って、男は去って行った。
フォド「でも、何かおかしいですよ」
そう言うフォドにも、自信は無いようだ。
フォドが珍しく、俯いていた。
一通り、村の中を周り、サダらはキオウらが馬を見張る広場に戻って来た。
キオウ「どうだった?」
「そうだな。ここでは、魔獣とも共存している。影の神って奴の神殿もあったよ」
ディーナ「それで、家の神官殿は落ち込んでるの?」
フォドは、まだ元気が無いようだ。
時折、ぶつくさ言っているが、大丈夫だよな?
カディン「魔獣がいるのは、私達も見たわよ」
ポイ「ええ、黒い灰白巨人もいましたね」
イルネ「あいつらまで? それに黒いのに灰白は変ね」
「漆黒巨人になるのかな?」
マレイナ「そう呼んだ方がしっくり来るね」
イルネが一同を見回した。
イルネ「それで、どうする? ここに留まる? それとも?」
皆、しばらく考えている様子である。
キオウ「ここは、面白そうだけど、留まるのはどうも気が進まないな」
「一応、宿屋らしいのもあったよ」
ディーナ「でも、ここに泊まるのは、怖くない?」
マレイナ「私も、反対かな? ここよりも、外の方がまだ安心するよ」
ポイ「僕は、どっちでもいいけどな」
この村に、泊まるのは反対の者が多いようだ。
サダは、フォドにも意見を求めた。
フォド「えっ? そうですね。私も、ここに留まるのには、抵抗があります。でも、村の中を見ていない皆さんも、一度、見てきてはどうですか?」
フォドの提案で、馬や荷物の番をしてた仲間らが、村を見に出掛けた。
代わりに、今度はサダらが見張り役だ。
見張りをしながら、村の様子を眺める。
イルネ「確かに、妙な光景ね」
村の人達に混ざって、たまに魔獣の姿がある。
「ああ、こんな村があるなんて、思いもしなかったよ」