第200話「紫色の空の下」
サダらは、黄昏の荒れ野に到着したようだ。
その数歩手前で、馬を一度止めた。
自分達の真上から後ろは、青い空が広がっている。
だが、その先は何故か、紫色をした空になっている。
その空の境界線の下が、今いる場所なのだ。
ここから見上げると、はっきりと空の色が二分されている。
空に一直線の境界があるように見えるのだ。
そして、先の紫の空の下は、風景が一変している。
そこからは、草木も生えない荒れた原野である。
剥き出しの土、凸凹とした地面。
それでも、雨は時折降るのだろうか?
所々に水溜まりも見えた。
キオウ「本当に、荒れ野だな。草も生えてない。こんな所で、魔獣も生きていけるのか?」
イルネ「災厄の時代の終わりから約180年。ここの空は、ずっとこうだったみたい。草も木も生えないのでしょうね。」
フォド「もしかしたら、これが魔界の風景なのかもしれませんね。」
ディーナ「ここが、魔界の? だから、魔族もいるの?」
「余り会いたくないけどね。」
カディン「何となく、虚無の迷宮みたい。何が似てるのかは解らないけど。」
ポイ「あそこの沼地みたいな所が、ここに似てるのかな?」
「かもしれないな。」
マレイナ「その迷宮に、ここに似た場所が?」
「偶然に、少し似てるだけだと思うけどね。」
紫色の空の下、サダらは進み始めた。
青空も、後ろに遠くなった。
周囲は、少し暗い紫色の空に染められている。
今の所、魔獣を含めて、動く物は見えない。
ただ、微かに風が吹いているだけだ。
カディンは、50m程先にサンタを呼び出して先行させている。
上空では、これも呼び出したタルナが警戒している。
カディン「本当に、何も無いし、いないのね、ここは。」
既に、荒れ野に入り込んでから、2km以上は進んで来た。
地形は多少の起伏があり、窪んだ場所には水が溜まっていたりもする。
だが、鳥も小さな虫さえもいない。
時々、馬を停めるが、彼等も不安そうである。
タルナもサンタも、何も動く物を見てはいない。
ポイ「これは、良くない土地だよね。大地さえ死んでいるように思える。こんな所は来たくはないよね。」
ポイもどこか不安そうである。
キオウ「まだ、早いけど、野営はどうする?」
イルネ「余り見晴らしが良過ぎる場所も嫌ね。どこかテントが隠せそうな場所は無いのかしら?」
「もう少し進もう。それで、もし、いい場所を見付けたら、時間が早くても、そこで今夜は休もう。」
カディン「ここに、夜が来ればだけどね。」
再び、馬を進めて行く。
カディンは、サンタとタルナを呼び戻すと、今度はバルマを呼び出して、先行させた。
マレイナ「蜘蛛にも警戒がさせられるの?」
カディン「目が8個もあるから、監視には向くのよ、姉さん。」
マレイナ「私が、姉さん?」
カディン「あっ、兄さんが出来たから、お姉さんもいたらな~って思って、つい。」
マレイナ「いいよ。私が姉さんでも。」
カディン「ありがとう。なら、これから姉さんって呼ぶね。」
マレイナ「うん、うん。」
カディン「ねえ、いいでしょ? 兄さん。」
「もう、好きにしろよ。」
サダらは、進み続けていたが、まだ何も見えない。
そろそろ、昼食をという事で、馬と鳥を止めた。
ここも、ほぼ平らな場所だ。
ポイ「ふう、やっと食事だ。」
ディーナ「あなたは、しょっちゅう何か食べてたでしょう。食べ物が無くならないように注意しなさいよね。」
周囲を見回す。
イルネ「あれは、丘か山かしら?」
確かに、前方に起伏がある。
「なら、今夜は、あそこで休むか?」
向かう方向が決まったので、まずはここで食事だ。
ここで食べるのは、ライドリアンの町で買った野菜やパンなどだ。
最初は新鮮な物が食べられるであろうが、途中からは味気ない携帯食料になるであろう。
それでも、空腹よりはマシだ。
食事と休憩を済ますと、馬にまた乗る。
そして、少しばかり前進した時であった。
バルマが走り寄って来た。
カディン「何か、いたみたい。」
一同に緊張が走る。
進行方向の右手から、何かが近寄って来る。
まだ、距離はあるが、人型の何かだ。
「何か、白く見えるな。」
紫の空の下、薄暗い大地を白い姿の物が近付いて来る。
フォド「あれが、例の色の違う魔獣でしょうか?」
頭などが白く、鎧も着ているらしい。
こんな所で、他の人間に遭遇する事など無いであろう。
馬を降りると、戦闘態勢に入る。
相手は、4匹のようだ。
サダ、キオウ、イルネが前に出る。
他の者らは、援護と馬や荷物を守る。
(あいつらは?)
更に近付き、相手の正体が解った。
それは、白い狗毛鬼だ。
キオウ「いきなりの強敵か? それとも、ただ色が白いだけなのか?」
奴らも長剣を抜いて切り掛かって来た。
(こいつは?)
相手の強さは、本物だ。
4匹共が、あの白狗毛鬼なのだ。
凄まじい攻撃を受ける。
だが、こちらも前より各段に強い。
それに、武具も強化済みだ。
強敵である白狗毛鬼に遭遇したが、サダらは互角以上の戦いをする。
仲間らの支援の様々な魔法もある。
武器で切り合うが、少しづつ相手を圧倒し始める。
1匹、2匹と白狗毛鬼を倒し、ついには全滅させた。
「相変わらず、強いな。こいつらは。」
キオウ「ああ、だが、やってやったぜ。」
イルネ「でも、ここでは、白いのが最弱なのよね。まだ、この上の敵がいるって事ね。」
黄昏の荒れ野の恐ろしさを改めて実感した。
白狗毛鬼が最弱だって?
なら、他にどんな奴がここにはいるんだよ。
周囲を見回しても、他に動く物はいない。
再び、今夜の野営地候補の前方の丘を目指す。
だが、あの場所も、安全な所なのだろうか?
一同に、不安が過ぎる。
白狗毛鬼と遭遇した場所から、更に3km程進んで来た。
見えていた丘は、30m程の高さがあった。
サダとイルネ、それにディーナが、丘に登り周囲を見回す。
離れた場所にも、幾つか丘や山はある。
だが、動く物は今は見当たらない。
ディーナ「本当に、ほとんど何もいない場所ね。」
イルネ「死の大地とでも言えるのかしら。」
「こんな所、長居はしたくないよな。」
イルネ「もう、数日の辛抱よ。」
ディーナ「こんな場所ならば、ハノガナの迷宮の方がいいわね。」
イルネ「そうね。あそこなら、まだ命を感じられるわ。ここには、それが希薄よ。」
丘を降りると、皆で野営の準備をする。
テントを幾つか張り、その周囲をポイを中心に結界を築く。
仕上げに、その上に幻術も掛ける。
キオウ「本当に大丈夫なのか? これで?」
ポイ「信用出来ないなら、キオウがずっと起きて見張っててよ。」
「まあ、交代で見張るから。」
カディン「それに、うちの子にも警戒させるから大丈夫よ。」
何重にも、対策を施していれば、まずは安心だろう。
ここの怪異に、それで対処が出来ればの話なのだが。
特に、今まで何が起きた訳でもない。
だが、ハノガナの迷宮などの経験を考えれば、何かが起きる可能性はあるとは思う。
ここが、ただ空の色が違い、強力な魔獣がうろつくだけの土地にも思えないのだ。
空の明るさは、少しづつ消えて行った。
体感では夜に入った時間だと思うが、空はまだ薄暗く、周囲も先程まではいかないが見渡せる。
この暗さが、ここの夜のようだ。
少しばかり暗くなったが、相変わらず聞こえるのは風の音だけだ。
何かが動く音も、鳴き声も全く聞こえない。
他に聞こえるのは、自分達や繋がれた馬らが出す音だけなのだ。
「静かだな、ここは。」
冒険者稼業、200話に到達しました。
物語は、まだ続くかと思います。
そして、別件ですが、昨日から「ミンチにされてからの異人生再スタート」の連載も開始しました。
あちらは、ストックがほとんど無いので、不定期更新になるかと思いますが、本作共々よろしくお願いします。