第2話「冒険者生活の始まり」
ここで、簡単にこの地方の話をしよう。
オルタナの町を含むアルデード地方はラッカムラン王国の西の外れにある。
王都から距離があり、どちらかと言えば田舎である。
人口もさほどに多い訳でなく、オルタナの町には約1000人が住んでいる。
これでも、自分の故郷であるニナサの村の200人よりは多い。
気候は穏やかで、冬に雪が降る事も数日はあるが、積る程ではない。
産業の主体は農業だが、林業や村々を移動する行商人らもいる。
冒険者の仕事は、依頼者の手伝いや出没する魔獣の討伐が多い。
簡単な仕事では、薬草などの採取などがある。
魔獣は、この辺りではそれ程に大きく危険な物はいないようだ。
「お久しぶりです、サダさん。」
冒険者ギルドに入ると、ヤスタ家の仕事を紹介された時以来の再会だが、受付の女性は自分の事を覚えていてくれた。
これも、ギルド受付の仕事には、必要な事なのかもしれない。
彼女はマサキと言い、以前に魔法を教えて貰った事があったが、剣も相応に使えるらしい。
20代中頃の人間族の女性で、丸顔の短い暗めの茶髪である。
まずは、冒険者の登録を行い1ゴールドを払った。
「冒険者にも特有の職業がありますので、能力適正により選んでください。職業は幾つも持つ事も可能ですが、まずは1つの職業に就き腕を磨くのが基本です。」
そう言うと、例のボードを差し出して来たので再び右手を乗せてみる。
「農夫Lv.5」
「水魔法Lv.3」
「土魔法Lv.1」
「腕力+3」
「土質鑑定+3」
「植物鑑定+3」
「植物育成+2」
農作業の影響なのか、全体的にレベルが上がったようであった。
「あら、水属性以外に、土属性の魔法が使えるようになっていますね。魔術師の素質もあると思いますが、腕力が高いので、戦士の職業はどうでしょうか?」
確かに、今の状態では仲間もいないのだから、戦士を選ぶのが無難かもしれない。
魔法も使えるが、まだ数える程しか使った事もない。
魔法の方は、追々学んで行けば良いだろう。
「では、職業は戦士で、お願いします。」
「はい、承ります。ギルマス、お願いします。」
彼女の横で無言で自分達のやり取りを見ていた男性が、何か金属片に彫り込んでいた。
「サダ君、これが君の冒険者ギルドのタグだよ。これは身分証明にもなる上に、万が一の時には遺品にもなる。常に身に付けておいてくれ。」
タグには鎖が通してあり、首から下げておくようだ。
タグへ様々な記録を魔法で書いて行くようだが、詳しい事は解らない。
オルタナの町の冒険者ギルドのマスター、彼の名はタージハン、今後いろいろと世話になる人物でもある。
がっしりした体格は、彼自身がかつては冒険者をやっていたのだろうか?
穏やかな表情を浮かべているが、どこか厳しさも感じさせる。
歳は、40代前半くらいか?
銀髪に、やや肌が日焼けした男性だ。
冒険者としての登録は終ったが、仕事を引き受ける前に装備を整えなければならない。
ギルドのタグを見せると、初心者には割引して貰えるらしい。
マサキに教えられ、武器屋で武器、防具屋で防具、道具屋で冒険に必要な様々な物を買いに行く事に。
それぞれの店は冒険者ギルド近くにあり、迷う事無くたどり着ける。
まずは、武器屋に向かう事にした。
「いらっしゃい、今日は何をお求めだい?」
武器やの主人は、大柄な筋肉質のオヤジだった。
普段は自ら武器を鍛錬するのだろうが、今日は店先で接客しているようだ。
自分が初心者の冒険者であり、初めて武器を買う事を告げると、職業や技能の事を聞かれた。
「農夫で腕力が優れているならば、こんな所でどうだい?」
武器屋の主人タッサムは、数ある武器の中で手斧を出して来た。
「斧?」
剣でも勧められるかと思っていたが、片手で扱える片刃の斧を示された。
確かに、今まで剣を含めた武器を振るった事は無い。
斧ならば、薪割りや伐採でも何度も使った事がある。
ただ、その手斧は武器屋に並べてあるからには作業道具ではなく、充分な攻撃力があるのだろう。
手にして振り回してみると、軽く扱えるが重さと刃の鍛え方が、単なる道具のそれとは違うようだ。
「おお、手に馴染むな。」
「だろ、兄ちゃんには、斧が合うよ。他の武器が欲しけりゃ、その時に考えてもいいさ。」
「そうだな。これを貰うよ。」
最初の武器として、その手斧を買う事にした。
その他に、作業にも使えるナイフも買う。
これも補助的な武器にも使える、やや大型のナイフで、刃の長さが20cmはある。
手斧が60シルバー、ナイフが15シルバーとの事だが、ギルドタグを見せると総額で60シルバーに負けてくれた。
「じゃあ、またなオヤジ。」
「おう、また来い。それと、刃が痛んだら、ここで砥いでやるから持って来いよ。」
タッサムに別れを告げ、次の店に向かう。
「いらっしゃい、おお、初めて見る顔だね。何をお求めかな?」
タッサムより年上の男性が、穏やかな笑顔で出迎えた。
彼は、防具屋の主人ナガルである。
武器屋と同じような説明をすると、ナガルが防具というよりも服のような物を取り出してきた。
「これは、冒険者の初期装備である、その名も冒険者の防着だよ。」
「防具としての防御力は余り無いが、軽く動き易いのと値段が安い。まずは、これで活動しながら資金を貯めて、上位の物と交換して行くと良いよ。部分的な防具ならば、この上に重ね着できる物もあるよ。」
「それと、これも揃えるのがお勧めだよ。」
防着以外にも、革製の兜と小型の円形盾も見せてくれた。
「防具に最初は金を余り掛けられないだろうが、頭はしっかり守った方が良い。それに片手に武器を持つならば、反対側で盾も持てる。」
革製の兜は頭を覆う程度だが、中に金属板も入れてあるらしく防御力も高めのようだ。
盾も金属と革で出来ていて、手斧を振り回しながらも使い勝手が良いだろう。
防着が25シルバー、兜が30シルバー、円形盾が30シルバー、合計して65シルバーに負けて貰った。
装備でやや予算を越えるが、充分な貯えがあったので問題は無い。
「毎度あり。また貯えができたら。防具の強化も忘れるなよ。武器ばかりに使うのではなく。」
「ありがとう。また世話になるよ。」
「こんにちは。今日は何をお探しで?」
道具屋の女主人ジュニスが、明るく迎えてくれた。
やや歳を取っているが、今でも充分に奇麗な女性である。
彼女が勧めてくれたのは、様々なアイテムを収納する背嚢と、腰回りに着ける小型な収納袋や水筒、その他に回復薬や火打石などであった。
どれも必要な物だが、最低限の買い物をする。
背嚢などが15シルバー、回復薬などの消耗品も20シルバー分を購入する事に。
それらは割引で、25シルバーで足りた。
装備を整えたところで、まだ昼過ぎであったので軽く食べ物屋で食事を済ませると、再び冒険者ギルドに顔を出してみた。
何か今日中に可能な仕事は無いか聞いてみると、最も簡単な依頼として薬草採取があるようだ。
薬草の束を10個、道具屋の依頼で採取すると、10シルバーの報酬だという。
10個以上を越えたら、2束毎に1シルバーの追加報酬も付くそうだ。
薬草の採取の依頼だけではないのだが、追加報酬の方が得られる金額は態と低く設定されている。
それで、薬草や魔獣の乱獲を防ぐ意味もあるのだ。
薬草探しならば、農作業で鍛えた技術を活かせるかもしれない。
早速、町の郊外にある薬草の自生しているという森の近くまで出掛ける。
初めての冒険者の仕事に、気は逸る。
町の外森の近くまで来た。
森の中には、まだ手に負えない魔獣もいるかもしれないので、そこへ入らずに周辺を探してみる。
(おお、生えている)
回復薬などの材料となる薬草が、自生している。
流石に、1ヶ所に10束生えている訳ではないので、移動しながら探す。
多めに採取して、追加報酬も欲しいところだ。
探していると、薬草の生えそうな場所が解って来る。
どうやら日当りが良く、土質の良い所に生えるようだ。
農業系技能のお陰で、そんな判断もつくのであろう。
気が付けば、依頼を大幅に越えて30束程収穫する事ができた。
初めての依頼としては、上出来であろう。
(よし、初日にしては充分か)
魔獣とも出くわさない内に、町に戻るのが正解だ。
ギルドに戻ると、追加報酬を含めて20シルバーを受け取る。
それと、今までは住み込みでヤスタ宅にいたが、これからは自力で宿を確保する必要がある。
マサキの紹介で教えて貰った宿屋のフクロウ亭に向かう。
宿代は1泊で2食付き、1等部屋で60シルバー、2等部屋で30シルバーとの事。
2等部屋を選ぶが、今日の依頼報酬以上の出費である。
(疲れはしないが、報酬が少なかったな。)
(まあ、明日、頑張ろう)